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王妃教育も社交界も、全部うんざりです  作者: 小林翼


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第23話

 謁見の後、王家は、急ぎしつらえた晩餐会の席を設けた。


 表向きの名目は「辺境伯とその婚約者への歓迎の宴」。だが実のところ、それは王妃が綿密に準備した、決定的な一幕のための、舞台装置だった。


 晩餐会の席には、国王、王妃、王太子、ミレーヌ、そしてアンジェリカとディルクハルト、ローゼンベルク侯爵、主要な大臣たち——国の中枢が、ほぼ全員顔を揃えていた。


 豪華な料理が、次々と運ばれてきた。


 だが、誰一人、料理の味を楽しんではいなかった。


 場の空気は、葬儀の席より、重かった。



 ミレーヌは、アンジェリカの向かいに座らされていた。


 彼女は、謁見の間での醜態の後、必死で自分を取り繕っていた。可憐な笑みを浮かべ、か弱い娘のように振る舞い、ユリウスに甘えかかろうとしていた。


 だが、ユリウスは、もう彼女を見ようともしなかった。


 彼は、ずっと、アンジェリカを見つめていた。


 その視線が、ミレーヌの癇に障った。



「あの」


 ミレーヌは、甘ったるい声で、アンジェリカに話しかけた。


「アンジェリカお姉様、久しぶりですわね。お変わりなく——いえ、ご立派になられて」


「ありがとうございます」


「辺境の暮らしは、大変でしょう? 田舎で薬草を摘むなんて、とても私には、できませんわ」


 ちくりと、棘のある言葉だった。


 アンジェリカは、柔らかく微笑んだ。


「ええ、殿下のような方には、大変でございましょうね」



 ミレーヌの笑みが、一瞬、引きつった。


 彼女は、急いで笑みを作り直し、給仕に合図した。


「お姉様、わたくし、今日は、特別にお姉様のお好きだったお茶を用意させましたの。北方産の、珍しい薬草茶ですわ。辺境の方には、お懐かしいでしょう?」


 給仕が、銀の盆に茶のカップを運んできた。


 既に、湯気が立っている状態だった。ミレーヌの席で用意されたものだと、誰の目にも明らかだった。


 給仕が、アンジェリカの前にカップを置いた。



 広間の空気が、わずかに、張り詰めた。


 王妃の視線が、鋭くなった。


 ディルクハルトの手が、テーブルの下で、微かに動いた。


 アンジェリカは、カップを手に取り、鼻先に近づけた。


 そして——優雅に、カップを、テーブルに戻した。


「ミレーヌ様」


「はい?」


「わたくしに、何か、恨みでもおありですの?」



 ミレーヌの顔色が、さっと、変わった。


「な、何を……」


「このお茶、銀糸草に混ぜて、毒人参の粉が入っておりますわ」


 広間に、稲妻のような動揺が走った。


 アンジェリカは、静かに、続けた。


「毒人参は、香りが甘く、素人には銀糸草と見分けがつきにくうございます。ですが、わたくしはこの半年、毎日のように両方を扱ってまいりました。匂いだけで、判別できますの」


 ミレーヌは、震える手で、杯を取り落とした。



「あら、どうなさって?」


 アンジェリカは、わざとらしく首を傾げた。


「毒を盛られたのは、わたくしの方ですのに、なぜ、あなたが青くなっておいでなの?」


「わ、わたくしじゃ、ございません! 給仕が——」


「給仕殿」


 アンジェリカは、静かに、給仕を見た。


「このお茶は、どなたのご指示で、淹れられましたの?」


 給仕の青年は、青ざめた顔で、床に膝をついた。


「……ミ、ミレーヌ様の、ご指示で……粉薬を、後から加えるようにと……」


 ミレーヌが、甲高い悲鳴を上げた。



「違います! 違いますわ! わたくしは——」


「黙れ」


 国王が、重々しく、遮った。


「ミレーヌ・ファルケ嬢。王家の客人に、毒を盛るとは——」


「い、いいえ! 陛下、誤解ですわ! このお茶は、お姉様のために、特別に用意したもので——」


 彼女は、錯乱していた。もはや、可憐な仮面を保つ余裕もなかった。


 アンジェリカは、哀しげに、彼女を見つめた。


「ミレーヌ様。一度、毒の嫌疑から、逃げきれたとお思いだったかもしれませんが——」


「何のこと……」



「半年前、王立学園の卒業パーティーの夜、わたくしのグラスに毒を入れようとなさいましたのは、ミレーヌ様ではなくて?」


 広間が、凍りついた。


 それは、半年前の、婚約破棄の夜の、裏話だった。


「わたくし、あの夜、殿下のお話を聞くふりをしながら、ずっと、ミレーヌ様の動きを、見ておりましたのよ」


 アンジェリカは、静かに、しかしはっきりと、続けた。


「あなたが、わたくしのワインに、小瓶から何かを注がれるのを——見ておりましたわ」



 ミレーヌの顔から、血の気が引いていった。


 その場にいた者たちは、皆、息を呑んだ。


 それは、半年間、誰も知らなかった真実だった。アンジェリカは、それを、静かに胸に秘めていた。婚約破棄されるなら、何も言う必要はない。自分はもう、関わらないのだから——そう、思って。


 だが、ミレーヌは、再び毒を持ち出した。


 そして、今度こそ、逃げ道はなかった。


「わ、わたくし、そんなこと——!」


「殿下を、王家を、騙しておいでだったのですね」


 アンジェリカの声は、静かだったが、刃のように鋭かった。



 広間の隅で、国の宰相が、静かに手を挙げた。


「陛下。この件、国家の安全に関わる重大事にございます。ミレーヌ嬢の身柄を、即刻、拘束すべきかと」


「——そうだな」


 国王は、頷いた。


「衛兵、ミレーヌ・ファルケを、牢へ」


 衛兵たちが、素早く動いた。


 ミレーヌは、金切り声を上げて抵抗したが、屈強な衛兵の腕に引きずられ、広間から連れ出されていった。その姿は、もはや、可憐な令嬢の面影もなかった。



 ユリウスは、呆然と、それを見ていた。


 自分が溺れるほど愛した女が、毒殺未遂の罪で牢に送られていく。その光景を、彼は、一言も、止めることができなかった。


 アンジェリカは、そんなユリウスを、静かに見つめた。


 哀しみも、怒りも、もう、なかった。


 ただ、ひとつの幕が、静かに、閉じていった。


「——殿下」


 彼女は、もう一度、彼に声をかけた。


「どうか、今度こそ、真実を見極めてくださいませ」


 ユリウスは、顔を覆って、その場に崩れ落ちた。


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― 新着の感想 ―
ミレーヌはなぜアンジェリカをお姉様と呼ぶんですか? 姉妹設定でしたっけ。 上位貴族令嬢をお姉様と呼ぶ習慣ですか?
お話は面白いのですが、ちょこちょこおかしな方が敬語(単語の前に「お」がつく丁寧表現)が気になります
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