空の崩壊
修学旅行。セメル山の頂上。
それは、荷物のない者にとっては楽しいものだった。
だがアシュカルにとっては違う。
自分自身のことでさえ大変なのに、さらにジグのリュックまで背負っている。
ジグの直属である「設備係」の一人として、アシュカルには断る選択肢はない。
もし拒否すれば、グループから孤立させられるだけだ。
アシュカルは後ろを歩いていた。
前方では、レアとジグが並んで歩き、親しげに会話をしている。
二人の距離の近さは、今に始まったことではない。
ここ数週間、特別な関係だという噂はすでに耳にしていた。
だが——
ジグが手を差し出し、レアがそれを取って登る姿を目にしたことで、
それが単なる噂ではないことは明らかだった。
嫉妬する理由はない。
たとえ、自分が愛していた少女が、今は別の男の手を握っていたとしても。
アシュカルは、もはやレアにとって何者でもない。
関係を終わらせたのは、自分自身なのだから。
自分はふさわしくない。
劣等感。
嫉妬。
失望。
敗北感。
そんなものを理由にして、
自分はレアの隣にいるべき人間ではないと決めつけた。
「……それでも、やっぱり痛ぇよな。くそ……」
「アシュカル、疲れてる?」
後ろからイブが声をかける。
「リュック二つ背負って元気なやつなんていないだろ」
アシュカルは諦めたように答えた。
「がんばって」
イブは拳を握ってみせる。
「冗談だろ? もう十分がんばってるって。
できるなら今すぐ休みたい……体も、心もな」
四時間の道のり。
岩だらけで、急で、歩きにくい道。
そして——
ようやく頂上にたどり着いた。
アシュカルは足を止める。
リュックを下ろし、前かがみになって大きく息を吸う。
冷たい空気が肺に刺さる。
数秒間、ただ呼吸を整える。
周囲では小さな歓声が上がっていた。
写真を撮る者。
座り込む者。
笑いながら不満を言う者。
「……あれは何だ?」
誰かの声がした。
アシュカルは顔を上げる。
青い空に、黒い点が浮かんでいた。
小さく、動かず、ただそこにある。
「気球か?」
「ドローンじゃないか?」
軽い笑いが起こる。
しかし、その点は大きくなっていく。
近づいているわけではない。
周囲の空が暗くなっているのだ。
空気が重くなる。
風が止まる。
自然の音が消え、奇妙な静寂が広がる。
耳鳴りのような感覚。
「アシュ……あれ、おかしい」
イブが小さく呟く。
空に、細い亀裂が現れた。
雲ではない。
影でもない。
亀裂だ。
ガラスが割れるような。
一本が二本に。
二本が無数に増えていく。
青空は、巨大な鏡のようにひび割れていく。
裂け目から、紫と黒の光が滲み出る。
「なんだよ、これ!?」
誰かが叫ぶ。
恐怖が広がる。
後ずさる者、座り込む者。
レアは顔を青くして空を見上げていた。
ジグは言葉を失っている。
亀裂はさらに広がり——
そして。
空が砕けた。
強い引力のようなものが頂上を襲う。
身体が浮き上がる。
重力が乱れる。
悲鳴が重なる。
世界が回転する。
視界が暗くなる。
その瞬間、アシュカルは腕を掴まれた。
イブの手だった。
しかし——
次の瞬間、すべてが消えた。
第二章 — 異世界
目を開けると、空気が違っていた。
山の冷たさではない。
太陽の温もりでもない。
空は灰色がかった紫。
雲は逆方向に流れている。
足元の地面は黒と緑が混ざり、
まるで生きているかのように脈打っていた。
周囲では人々が次々と目を覚ます。
混乱と恐怖の表情。
「ここは……どこだ?」
「セメル山じゃない……」
「俺たち、生きてるのか!?」
アシュカルはゆっくりと起き上がる。
胸が苦しい。
皆はまだここにいる。
だが——
ここは、元の世界ではない。
***
気がつくと、アシュカルは別の場所にいた。
広い草原。
見渡す限りの草原。
「ここはどこだ……」
一人の生徒が驚いて倒れる。
「落ち着け、こんなの珍しくないだろ」
「珍しくないわけあるか!?」
すぐに言い返される。
「みんな、落ち着きなさい」
教師が声を上げる。
「まずは状況を確認する」
しかし、多くの生徒にとって、冷静でいるのは難しかった。
初めての出来事なのだから。
だが、五人だけは違った。
レア。
ジグ。
エルド。
リファ。
ドゥルガ。
彼らは落ち着いて周囲を見ていた。
ジグが歩き出す。
「ジグ、どこへ行く?」
教師が呼び止める。
「少し周りを見てくる。何か分かるかもしれない」
「危険だ。ここがどこか分からないんだぞ」
「じゃあ、ここで助けを待つだけか?」
「それが一番いい。警察に連絡を——」
「無理よ」
レアが言う。
「ここ、圏外だから」
五人はそのまま、それぞれの方向へ向かった。
しばらくして——
レアが戻ってくる。
「先生、あっちに建物があります。高い壁に囲まれていて、家のように見えました」
教師はすぐには決断できなかった。
未知の場所には危険がある。
しかし、時間は過ぎていく。
「分かった。他の者が戻ったら、そこへ向かおう」
やがてジグたちも戻ってきた。
だが——
ドゥルガがいない。
ドゥルガを追っていったショーンが戻ってくる。
様子がおかしい。
そのとき——
石が宙に浮いた。
次の瞬間、ショーンに向かって飛ぶ。
激突。
身体が押し潰され、血が弾ける。
まるで水風船のように。
誰も動けなかった。
血の匂いが広がる。
それは現実だった。
演技でも、いたずらでもない。
咆哮が響く。
空気を震わせる音。
そして——現れた。
巨大な角を持つ怪物。
鋭い視線。
ゆっくりと近づいてくる。
それは死体の上にあった石を拾い上げる。
そして——
再び投げる構えを取った。
狙いは——
全員だった。




