クライミング④
田中は束ねたロープをほどき始めた。ロープの末端を探し、ほどきやすそうなほうを選んだ。ロープのキンクやよじれを確認しながら、肩に両振り分けにして、慎重にロープを巻き取っていった。
「今日はかなりのチャレンジになりそうだな。」田中は自分に言い聞かせるように呟いた。
ルートマップを確認しながら、これから登る岸壁のルートファインディングをした。基部は約20メートルほどの草付き部分で、そこからスラブを登り、バンドに到達する。バンドからは二つのルートがあり、一つはチムニールート、もう一つはオーバーハング帯を通るルートだった。どちらも40メートル上のテラスへ到達できる。
「どちらにしようかな…。」田中は迷いながらも、フェースを登るルートを選んだ。「もろいフレーク地帯を左に回避して、フェースを登ることにしよう。15メートルほど登ったところでリッジに出るはずだ。」
切り立ったカンテを登り、クラックを通り抜け、最後はなだらかな20メートルほどのリッジを通り抜けピナクルへ到達する計画だ。下降はピナクルからテラスまでの40メートルの懸垂下降、テラスから草付きまでの20メートルの懸垂下降で一気に下山できる。
「最高難度地点はフレーク帯を外せばクラック部分の4プラスか。まあ、何とかなるだろう。」田中は自信を持って言った。
彼は登り始める前に、残地支点を確認した。誰かが昔この岸壁を登攀したのだろう。二本のうちの一本はボルトのチップが見えるほど浅く、軽く荷重をかける程度にしか利用できそうにない。もう一本は深く打ち込まれていたが、カラビナを通してこねると簡単に空回りした。穴が深く、ボルトが効いていないことがわかった。
「これは使えないな…。」田中は呟きながら、新しいプロテクションを設置することにした。
ボルトにかけたカラビナの方向をうっかり間違えてしまった。解放部分が岸壁側になった。カラビナは完全な楕円形ではなく、ゆがんだ形になっている。一方がふくらみ、一方がしぼんだ形だ。ふくらんだほうがボルト側でしぼんだ方がスリング側だが、その向きにも正誤がある。リングの長軸側が岸壁にくる。それを反対にすると、カラビナが壁面に立ち上がり、スリングにテンションがかかるとカラビナがてことなり、ボルトを引き抜く力が働いてしまう。また、岸壁側にゲートがくる形となるので、ゲートが開く危険性も出てくる。
「やっぱり注意が必要だな。」田中は自分に言い聞かせるようにしながら、慎重にカラビナの向きを直した。
田中は30センチ前後のスリングの両端にカラビナを取り付けたものをぬんちゃくと呼ばれる道具を使い、ロープをクリップするときにも注意を払った。遡航する方向にロープが流れていくが、その方向にゲートがあると転落時にロープが外れてしまう危険性がある。
「すべてがうまく運んでいないな…。スリングの長さ調節が適切でないせいで、ロープが大きく蛇行している。」田中は上から見下ろして、ロープの状態を確認しながら不満を漏らした。「こうなると、ロープがスムーズに流れにくく、予想外の抵抗がかかるんだ。」
極めて困難なルートであるため、田中は5メートルおきにプロテクションを作っていった。ハーケンを打ち、スリングをクリップし、メインロープを通していく。しかし、彼は不運だった。滑落したことも不運だったが、丁寧にプロテクションをしていったにもかかわらず、一カ所だけクリッピングを誤った。ロープはカラビナのゲートの上側を抜ける必要があったのだが、誤って下側を通してしまったのだ。
「しまった…。」田中は滑落しながらそのミスに気づいたが、もう遅かった。
田中は痛みをこらえながら、地面にたどり着いた。幸いにも大きな怪我はなかったが、彼のプライドは傷ついた。「今回の教訓を忘れないようにしないと。」彼は心に誓いながら、道具を片付け始めた。
「次回はもっと注意深く、慎重に登るんだ。」田中は自分に言い聞かせるように呟きながら、再び登山の挑戦に向けて準備を進めていった。




