氷点火山 8
「今日は凄い暑いですね……」
町中に緑が増えた7月の上旬、宮前のしんどそうな声が後ろを歩く2人の耳に入った。
「いよいよ夏って感じがしてきたなァ、もうタンクトップ以外着たくねえよ」
長袖のジャージを着込んだ宮前浩仁は今にも脱ぎだしそうなほど暑苦しそうだ。
「浩仁センセーいつもそうじゃん~」
「馬鹿言うんじゃねェよ。学校ではジャージ着てるだろうが、今だってそうだろ」
「最初はスーツだったけどね」
「あんなもんやめだやめ、そもそも俺は嘘の教師だかんな、スーツなんて着なくてもいいんだよ」
「娘として恥ずかしいからやめて欲しいんだけど……って何度言っても聞かないから、多分これからは冬もジャージだと思いますよ……」
「アヤって結構苦労してるんだね、どんまい」
「痛み入ります……」
ジャージを着た大男を除いた女子生徒ふたり、宮前綾と水瀬薗も身にまとう制服は夏服のそれになっていて、水瀬は半袖のワイシャツとスカート、くるぶしまでの短いソックスで、シャツのボタンも2つ外している。夏場は谷間に汗をかくのであまり好まない水瀬だが、宮前にはその谷間は見せつけているようにしか感じず、ちらちらと視界に入っては自分の胸元のネクタイを整えた、自分は夏服でもしっかりとした服装を心がけているとアピールするかのように。決して胸に自信がないからではないという心を封殺して。
……そんな理由も確かにあるのだが、やはり手に入れる者である宮前はマナーとして長袖のワイシャツを着こみ、ネクタイも着用。スカートは水瀬と同じものだが、薄い生地のサイハイソックスを穿きしっかりと肌をカバーしていた。浩仁が耐えに耐えてジャージを脱がないのも同じ理由だろう。
「――あー、あれじゃねェか? 決勝会場ってのは」
何度目かの角を曲がったところで浩仁が一つの建物を指さす。ここは地元駅から数駅はなれた近所では一番都会っぽさのある街だ。浩仁が指した建物は巨大なドーム型となっていて、大通りから同じくらい広い道路が100メートルほどドームに向かって伸びている。道中の両側には中規模の運動施設、百貨店、スポーツショップが立ち並び、それらは大勢の人で賑わっていた。
「やっぱ区大会にもなると活気でるなあ、こんなところに同じ学校の生徒が選手として訪れるって、凄いことなのかもね~」
「確かにそうだなァ。仮教師のオレだが心なしか嬉しいぜ」
「私も、転校してきたばかりですが、嬉しく思います」
宮前はカバンからチケットを取り出しその裏面を確認する。一人は知らない高校の生徒名が載っているが、もう一つの名前――赤ノ平高校から進出した選手は『榎田陸』という名だった。
「まさかアイツがそんなにすげェやつだったとはなぁ」
宮前がチケットを見ているのに気づいた浩仁が言う。宮前は「うん…」と今でも驚きを隠せないようにうなずいた。
榎田陸。それは浩仁と宮前の知る「ノック」という少年だった。レベル3の食われるモノが赤ノ平高校の校庭に出現し、浩仁と宮前が殲滅しようとした矢先にまきこまれた彼がそうだ。
「確かに頭の回転が早いっつーか、センスのある奴だったとは思ったが。能力に関してはそんなに印象残ってねェんだよな。そのアイツが決勝ねェ……」
未だに信じがたそうな浩仁だが、宮前も同じ思いだ。失礼だとは感じながらも、彼の能力は自分がここに来て見てきたものの半分ほどでしかないと、思ってしまうのだ。
(巡さんや水瀬さんと比べるのが、いけないのかな……)
だとしたら、あの2人こそ大会にでたら大活躍するのではないだろうか。そこまで考えて宮前は考えを取り消すように首を振る。まるでノックを弱いと決めつけたかのような気がしたからだ。
「それにしてもさ~、そのノック?って人のこと、メグルは凄い嫌がってたんだよねぇ? なんでなんだろ」
「あの時は聞ける雰囲気でもなかったので……ただ、多分巡さんはノックさんの試合を観に来られるとは思いますよ。もし嫌いな人であっても、わざわざチケットを送ってきてくれた相手の気持ちを無下にはしないと思いますし」
「それに比べて、ノックって人からの招待状を前に、見たこともない表情を浮かべたメグルが気になってしょうがないからチケットを取ったあたしたちって、かなりしょーもないよね」
手で顔を仰ぎながら苦笑いする水瀬。
「まァ、暇だよな」
「あはは…」
揃って微妙な笑みを浮かべながらも、3人はドームの元までたどり着いた。自動ドアをくぐり、ロビーで生き返るような冷風を身体に浴びる。中は3人と同じような関係者で溢れかえっていたが、観戦席への案内が始まっているらしく徐々にその数は減りだしていた。




