バタフライ・イーター 2
時間にして1分もなかったのか、恐ろしく長い時間に感じたが……ともあれ耐え切った。
「ぁ……ぅ、ぁ…」
ころりと横たわった宮前の瞳からは光が失われ小さなうめき声だけが聴こえる。一時的な麻痺のようなものなのか、この有り様からはとてもそう思えず深刻な状態に見えた。
(ま、オレの身体に異常がねェってことは特殊な毒や効果がある可能性はゼロだ)
浩仁は宮前の前にかがみ死んだ様な瞳にかかる前髪をかきあげた。そして右手の中指と親指で輪をつくり、中指で思い切りおでこを弾く、デコピンというやつだ。
「ったぃ!!」
バキバキムキムキの筋肉を使った、最高級のデコピンをもらった宮前は驚き声を上げて飛び起きた。飛び起きて何がおきたのかさっぱりわからずあたりを見回そうとして、ふらっと眩んだ所を浩仁に抱きとめられる。
「目ェ覚めたか」
「ぅ……そっか、ありがとお父さん。ふらふらするけど大丈夫だよ」
時間が経過するにつれ立ち眩みの症状は引いていった。宮前も直ぐに立ち上がり浩仁の横に並ぶ。これだけ強烈な羽化の衝撃だ、室内に逃げたところで得体のしれない今の音から免れる事が出来たのかはわからない。生徒はまだ非難の途中であるはずだし、もしかすると多大な被害また混乱が起こっているかもしれない。
だから次の被害が出る前に手を打ちたい。二人は羽化を終えた羽ばたく食われるモノを見据えた。全身は例外なく黒に染まる胴体から、蝶そのものを表す羽が4枚生えている。
「予想はしてたが、でけェよな毎回よォ…」
胴体だけで5メートル、羽を含むと8メートル以上はある。加えて地上6メートルあたりを飛ぶ食われるモノは見上げるが故か、威圧感が尋常ではない。黒く活発な四枚の羽と、同色の細長い胴体……そこには本来昆虫には必ず確認される6本の足が無かった。おおよその食われるモノには既存の生物にみられる特徴を身に宿して出現する場合が多く、しかしカマキリの食われるモノには鎌が6つみられたように、既存の形から食われるモノオリジナルの変異を遂げることも多々確認されている。この蝶の食われるモノは脚が無いというのが変異の形として現れた。
いや、一瞬遅れて二人の目にかかることになる。本来脚の生える位置、胴体の両端三箇所ずつから、細長く軟体な管らしきものがにゅにゅにゅにゅにゅと激しくうねり出て、どこまでもどこまでも伸びていた。
「うわ……気持ち悪い」
巨大なスケールの蝶に合わせた6本の触手は異形そのものであり宮前の精神上にもとてもよろしくなかった。そもそも黒いのが良くない。黒い上に細かく動くほそ長い脚だとか、触覚だとか、そんな台所によくいるアレを連想させてしまう。脳みそが6つあるのだろうか、どうしてあの触手をそれぞれあそこまで気持ち悪く別々に動かせるのだろうか、気持ち悪いったらありゃしない。あんなものは台所でみるだけでもお腹いっぱいなのにどうしてこんなところでもお目にかからなくてはいけないのか。気持ち悪い、あぁ気持ち悪い。
といった個人的な感想はあくまで心の内でほんの数秒間に述べられたもので、もちろん油断などはしていない。攻撃がくれば避けただろうし、余裕があれば反撃もした。
だが一本の触手がおもむろに教室の窓へと突っ込み、あろうことかそこから男子生徒をさらって外に引きずりそうとは、予想出来ても防止できないことだった。
食われるモノは宙6メートルほどを飛んでいる、あの高さから落とされては……到底ただの怪我じゃ済まない。
【NEXT】10-13 07:00




