バタフライ・イーター
――なんて、タイミングの悪い。
浩仁は思わず舌打ちした。隣にいる宮前はどうしたらいいのかわからないといった様子だ。
メグルと水瀬のいない1時限目が終了し、二人のことについて相談しようと浩仁を尋ねた宮前は、職員室で出来る限り二人の追跡を試みた浩仁と僅かな情報だけを握り学校を飛び出したのだが、なんの罰かそれと同時にあの電子音を耳にしてしまった。最近では都心のほうで聴いた危険を知らせるサイレンを。
『食われるモノの反応を確認しました。一般人は速やかに食われるモノから遠ざけた室内へと避難してください』
第一段階のアナウンス。
「なんつータイミングだクソッタレが」
「お父さん、どうしたら……」
ふた手に分かれるか。浩仁なら本部と連携をとって巡たちを追跡することも可能かもしれない。それならこの場は娘に任せるべきだ。しかしその選択は浩仁自身が許さなかった。とはいえ宮前一人で二人の行く先を推測するにも手がかりが何一つとない。
「二人で、さくっと終わらせるのが一番いいみたいだなァ…」
「うん、そうだよね……」
二人で校庭に浮遊する黒点へと駆け出す。幸い校庭での授業は行われておらず非難誘導に急ぐ必要もなかった。校内では他の教員が生徒を体育館などに集合させる為に動き出しているだろう。宮前と浩仁のやることは単純、この食われるモノを瞬殺する。
『レベル3の食われるモノを確認しました。ランクB以下の食す者は速やかに避難してください。またランクAが1人以下の場合も交戦を避けてください』
レベル3――
「我が娘よ、中にはいってろ」
立ち止まった浩仁は静かに、校内を指さした。
滅多に発見されないレベル3。浩仁は過去に僅かではあるがレベル3食われるモノのエネルギー化に成功している。が、それはいずれも複数の共存委員会と協力して得た結果だ。
「そんな、私も一緒に戦うよ」
だからその申し出は、正直に心強い。宮前が力になるというのは親バカ故の評価などではなく、真面目な浩仁の考えだった。
(だが、ソレを決めるのはコイツの形態を見てからだ)
以前自宅近所の公園で出現したレベル2のような近接・攻撃速度に特化された食われるモノであった場合、絶対に娘を一緒に戦わせるわけにはいかない。
「オレの後ろにいろ、"来るぞ"」
浩仁はついに蠢き始めた黒点を鋭く睨みつけた。咄嗟に背中に隠れた宮前は巨大な背中を支えるようにして手を置く、羽化の"アレ"が来る前に。
新緑喫茶の時はとにかく強い衝撃だった。加えて強烈な金切り声を持つ食われるモノは総じて強力であったと言える。
「あ……ぁ……」
数秒後、宮前は膝から崩れ落ちていた。
どのように表現したらいいのか。まず目の前がめちゃくちゃに揺れた。足の裏から衝撃を受けているわけではないので大地は揺れてない、空気が、空間が、がむしゃらに揺さぶられてぐちゃぐちゃにされた。そうしたのは音だった、どんな音か、説明できない。低い音だとは思う、恐ろしく低い音。爆音、というのとも違う気がする。でも大音量の重低音を垂れ流した自分より何十倍も大きいスピーカーに身体を貼り付けられたような感覚かも知れない。どっちなのか考えられない、そんな余裕はない。宮前は浩仁の膝に抱きつくようにしてひたすらに耐えた。耳を塞ごうとその手を話したら自分の身体が振動によってばらばらになるか、あるいは耐えられず地面に這ってしまいそのまま振動によって細かく分解され地に埋まってしまうような常識的にありえない想像が働いてしまい抱きついた腕を解けなかった。しかしやはり莫大な音量であったのかもしれない、直後宮前は浩仁の股に頭を突っ込み両腕で両足を抱えるようにして彼の内股で耳を塞いだ。変な格好だとかどうとか、それどころではなかった。浩仁もなんとか踏ん張っていたようだが耳だけは塞いでいた。身体が、血液が、胃が、腸が、腎臓が、膵臓が、内蔵全般が揺れている。頭のなかまで揺れているかもしれない。
【NEXT】10-10 07:00




