フレイム&トランス 10
「君は、先天性の〈多角大量変換〉を……」
その言葉に巡は微笑を浮かべる。
〈多角大量変換〉は一般的に努力で身に付けるもの。同時に能力を練り上げられるその数は平均して3つだ。しかし先天性〈多角大量変換〉は違う。稀故に平均値も弾き出せず、得体のしれない大量変換であると言われている。例えば巡はこの戦いが始まってから火球を防ぐために大量の属素を詰め込んだ強力な能力を準備していたとしたら? 当然男の火球を消し去ることも不可能ではない。さらに男は序盤から〈多角大量変換〉は何度か目にしていた、3つという平均値などとうに超過しているのではないか。
「一体いくつの能力を作り上げているというのだ……」
最初に攻撃を食らったのも、限定的な空間支配を行って防戦一方になったのも、さらに言えば最初に見せた〈多角大量変換〉も全て時間稼ぎでしかない。それらはいま巡の中に眠るいくつもの強力な能力を完成させる為のもの。
「どうでしょうね。先天性の〈多角大量変換〉をご存知なら、それなりに覚悟はしておいてもいいかもしれません」
「馬鹿な……今までどれだけ食す者について研究してきたと思っているんだ。それでも先天性の〈多角大量変換〉は雀の涙ほどしか確認できず、どれもランクはC程度で実力を測ることも叶わなかった。それが今になって――君は、何なのだ……」
初撃から巡に血を流させ、一方的に攻め続けた男が後ずさる。それは恐怖からか、それとも巡に対する関心がある域を超えてしまったからか、巡には理解できることではないし、しようとも思わない。
「食す者の研究、ね……ロクな人物じゃないんでしょう貴方も」
脳内に浮かぶは、片山隼人の手を血に染めさせた阿木李護甲という人物。
「頃合いですね」
眠らせていた能力を呼び起こす、白い毛先が凍結し刺々しく変化する。手のひらを男の方へ向け放とうとした時、ドアがゆっくりと開いてあの少女が顔を出した。
「……護甲さん、戦況が芳しくないのですか。手筈通りユリも」
「ユリ――ダメだ、部屋に戻っていなさい」
声に目ざとく反応した男は直ぐにそういった。本来なら男は少女の力も併せ持って巡を撃退するつもりだったのだ。とはいえデータ上ユリの力を借りずとも巡くらいは一人でどうとでもなるはず、故にユリは待機させることにしたのだが……それらの想定は片っ端から外れていき、今となっては……二人がかりでも勝てるビジョンが沸かない。
「いいえ……護甲さんの声音はとても怯えています、私にも何かできませんか」
「……わ、わかった。ではそっちの部屋の用事を頼もう」
「…?」
男はユリに近づくとそっと耳打ちをする。それを聞いたユリがふと不思議そうな表情をみせ、こくんと頷いて部屋へと戻っていった。護甲と呼ばれた男はほっと息をつく。
「…ユリに危害を加えなかったこと、感謝するよ」
「―――――」
そう言われた彼の瞳は大きく見開かれ、信じられないものを目にしたかのような顔をしていた。
「あんた……今、ゴコウって呼ばれたのか……」
血にまみれた片山隼人の姿が再びフラッシュバックする。毎日遅くに帰宅する片山隼人の死にとり憑かれたかのように生気を失った顔が、血の匂いが、何もかもが脳内で再生される。
「それが、どうかしたのかね。確かに今まで名乗っていなかったか。私は阿木李護甲、これでも食す者開発者のひと――」
能力の引き金は無意識に引いていた。護甲の体が紙切れのように吹き飛ばされる。何が起きたかは巡にしかわからない。仰向けに打ち付けられた男の腹部から赤い液体がじわりと染み出してくる。
「空間支配」
閃光。そう錯覚してしまう程の白い霧が護甲の熱気を封殺し空間を凍てつかせる。
「あぎり、ごこう」
その憎しみに満ちた声は果たして男の耳には届いたのか。立ち上がることも出来ずにいる護甲の足元は、例に見たことのない事象、すなわち食す者に直接関与する能力により徐々に凍結されていくのが確認された。
「馬鹿、な……」
相手の属素を圧倒するほどの能力は、護甲によって謳われてきた常識を容易く覆した。
(あぁ、ユリを部屋に返して正解だった……)
膝まで凍った自分の身体を見ながら男は安堵した。氷の使い手による空間支配、それも護甲には手に負えない規模の中での反撃は無意味。このまま全身凍らされるのを待つことが、唯一男にできることであった。
【NEXT】10-1 07:00




