フレイム&トランス 6
恐らく都内、タクシーで一時間と少し、かなり手前で降りるようにしているらしく下車してから30分は歩いた。地元の山のような薄暗さはないが、都心からは離れた感じが否めない。住宅街をつっきり、徐々に建物が少なくなってきて歩道の横に好き放題育った草木が並ぶようになってきた。人気もない、というよりここに人が住んでいる想像がまずできないし、通りかかる理由もきっとない。そんな道をゆっくりと歩いていく男とうなだれたままの水瀬、巡はなんとかその後ろをついて行っていた。
やがて辿り着いたのは古びた一軒家。ひと目みて誰も住んでいないと確信してしまえるような見た目の家。男はそこに水瀬を連れ込んでいった。巡も慎重にドアの前までやってきて行き詰まる。
(フェイクか、この家の容姿は)
そう思ったのは、このようなボロボロの家にもかかわらずドアが最新式のオートロック仕様であり、複雑なパスワードを数種類入力するか、登録された人物の生体的情報がなければ開けることはできないのが分かったからだ。巡は家の周りをくるっと歩き侵入経路を探した。あくまで人気のない家を装いたいらしく監視カメラの類は見つからなかった。もしかすると小型のものが忍び込んでいるかもしれないが、この暗さではもう見つけることすらできない。巡は半ば開き直りながらぐるぐると回り、そして見つけた。
正確には見つけたわけではなく、見透かされたと言ったほうがいいか。巡が目に止めたのは結局最初の、厳しいロックが掛かったドアの前だった。最初に見た時は完全に施錠されていたのに、今は解除されドアが半開きになっている。どうやら巡はからかわれていたらしい。
(入れるならいいけどさ)
今更そーっとドアを開閉させることもせず、巡は堂々と上がり込んだ。
「長旅ご苦労様でした」
「ちょっ」
堂々と上がり込んだとはいえ、目の前に少女が待ち構えているなど予想できただろうか。白衣を着た男に突如友達を連れ去られ、尾行してその場所まで辿り着き乗り込んだ経緯から、玄関先で少女に出迎えられるだなんて。
白髪の少女は、透き通るような白い瞳を上目遣いにして言った。
「あの、何を驚かれているのでしょうか……」
「いやその」
(なんて返せばいいんだ。ていうかそもそも……敵、なのか?)
巡を上目遣いした少女は、しかし水瀬よりも身長はありそうだった。そのかわり体つきはかなり華奢なつくりをしていて肌も雪のように白く、どうにも頼りない。真新しい部屋着をみにつけたその少女は変わらず巡を見つめ続けていて、なんとか巡は言葉を紡いでみる。
「白衣の、男……の人を追……訪ねに来たんだけど」
「はい」
「……ここに、いるかな」
「はい、いますよ」
「えっと、その時藍色の髪の毛の女の子もいた、よね?」
「はい、いました」
(ってことは間違いないんだよな。……うん、なんだろうこの罪悪感というかまさに不法侵入してる感じ。いや実際そうなんだけど)
「ご案内、しましょうか?」
上目遣いのまま言葉に合わせて首を傾げて少女は言った。巡はとにかく調子を狂わされ眉間を押さえる、この女の子は誰なのか? 男とは髪の色が似ているし、娘だろうか。
(……今はそんなこと気にしている場合じゃないし)
「なあ」
巡は気持ちを仕切りなおして尋ねた。
「はい、なんでしょう」
「さっき、長旅ご苦労様でしたって言ったよな。それは俺が来るの知ってたってことでいいのか」
「いいえ?」
「はい、恐らく住宅街あたりから、歩いて来られたと思いましたので」
(そういう決まりでもあるのか)
「だったら君は、俺が来ることを知らなかったわけか」
「はい、知りませんでした」
「……そ、じゃあさっき言った二人のところに案内してもらってもいいかな」
「はい、こちらです」
(マジでしてくれるのかよ)
ますますわけがわからない巡であったが、もうこちらにとって都合が良ければそれでいいことにした。他のことは考えない、今は水瀬を連れ戻すことだけを考えたい。
少女が踵を返して歩き出したので巡も靴を脱いで玄関から上がる。律儀に靴まで脱いだことに変な後悔をしてしまいながらゆったり歩いて行く少女のあとにつく。この家は本当に外見だけ古いらしい、ドアのオートロックをはじめ、内装は今どきの高級物件と変わらない造りだった。それでも、外見をあそこまでカモフラージュをするということは、やはりただの住居ではないということだ。そして巡は目にする、廊下の角をまがった少女が進んだ先が異様にまで長い地下階段であったことを。罠かもしれない、ふと最後まで見えない地下への道をにそんな不安が過ぎった、しかしこの先に水瀬が囚われていたら。そう思うことで巡の足は先に進むことを選んだ。ただの家には絶対にありえない長さの地下への階段を少女のペースに合わせて降りていく、階段はしっかりとライトで照らされていて暗くはない、足に触れる床の素材は何ら変わりのないフローリング、人工的に作られた木目のある壁、それらと見事にミスマッチする距離の階段、その最後の一段を歩み終えるとことで、まるで病院のような一面しろい床、壁、天井。しかし病院とは決して言えない広さ、30メートル四方、高さも10メートルはある真っ白な空間にたどり着いた。
思わず立ち止まった巡に少女が半分振り向いて言う。
「歩かせてしまってすいません、あの扉の先にお二人はいるかと思います」




