共存部 6
「とうちゃ~く!」
結局自宅に着くまで巡は手を引っ張られ続けていた。「まだ真っ直ぐ」やら「そこ右」やら「行き過ぎ」「そこの小道はいって」「手が痛い」「5階押して」などなどひたすら指示と文句を口にしていた新鮮な下校だった。
「はやくっ、はやくガギあっけってっ」
「はいはい」
もう流されるままに家のドアを開け、即座にお邪魔しますと飛び込んでいく水瀬の後にゆっくり続いて自分も家にあがる。右にバスルームへと続く脱衣所のドア、手洗いのドア、左にはキッチン、正面のドアの奥にはワンルームあるだけの自宅。部屋に入ると水瀬が巡のベッドに豪快にダイブしていた。
「清々しいほど遠慮がないな」
「メグルに遠慮なんていらないっしょ~!」
「いや別にいいんだけどさ……あと薗、制服着崩れてるぞ」
ベッドは部屋に入って左に寄せて設置してあり、枕は奥にあるのでベッドに飛び込んだ水瀬は当然こちらに足を向けていることになる。
「ちょっ、まさか」
バっとスカートを押さえる水瀬だが、めくれていないことに気づいたようだ。
「冗談だよ、だけどそうなりそうだから先に言っておく」
「気をつけるよぉ……」
「よろしい。それじゃ時間もないし始めようか」
「はーい」
巡は一旦キッチンに引っ込むとコップを3つ取り出し部屋の中央に置いてある食事用のテーブルに並べた。次にラップを持ってきて部屋の右奥にある机の書類などに適当にかぶせていく。ベッドは乾かせばいいが書類はそうもいかない。それだけ処置をするとコップの2つにお茶を注ぎ、最後に大きいボウルを用意した。
「いったい何がはじまるんです?」
ベッドから立ち上がった水瀬はテーブルの前で何も入っていないボウルを覗きこんでいる。
「まずこの巨大なボウルに薗の能力を使って水をはる」
「ふむふむ」
「次にその水を操ってこのあいたコップに水を移す」
「ふむふむ」
「お茶は好きに飲む」
「なるほどね」
至ってシンプルな特訓方法だ。もちろん他にもやることを考えてはいたが巡が考えるにおそらく水瀬は直ぐに…
「じゃあ早速始めていい?」
「いいよ、濡れてまずいものは全部どかすなりなんなりしたから遠慮しないで」
「ありがとね、それじゃあ行っくよ~」
水瀬の周りの空気が変わる、藍色の髪が勘違いでなければ胸元で揺れる毛先がほんの少しだけ明るい青に染まったかもしれない。水瀬は右手で人差し指だけ立てた形をつくった、そしてその先をボウルの底に向けて垂らすように傾ける……じきに見えてきたのは指先から少し離れて形成された5センチくらいの水球、そこから蛇のように2センチほどの太さの水がボウルの中へ這って行くように注がれていった。このボウルにはおおよそ4リットルの液体が入るからこの規模なら早々に溢れる心配はないなと巡が確信した矢先、指先の水球が消滅したのを目で確認すると同時に大きく水瀬の体が傾いた。意図的なのか彼女の右隣にいた巡の方に倒れてきてくれたので、肩を抱きとめてそのままベッドの方に寝かせてやれた。
「案の定だが本当に属素が少ないんだな……こんなんでよくバイト中に能力を使おうと思ったもんだ」
あの時食われるモノが出てこなかったら客が大勢いる店内でビターンしてたのかと思うと……
(いや少し面白いかもしれない)
疲弊は激しい気だるさに襲われるが安心感の得られるベッドなどで横になれればそこまで辛いものではないと思いたい。現に静かな寝息を立てる水瀬の胸は規則正しく上下しているし、巡はただお茶を飲んで待つだけだ。
「……およよ」
「おはよう、気分はどう?」
「ん、問題ないよ~。何分くらい寝てた?」
「20分も経ってないよ」
「うそーっ、本当にこんなんで復活できちゃうんだ~。今まで気にしたことなかったからビックリなのですっ」
「そか、じゃあビックリがてらもういっちょいこうや」
「はいはーい」
それから何度か繰り返していくうちにボウルは水で満たされた。ベッドで今は寝てはいないもののぐったりとした水瀬の姿がある。巡はボウルを洗面所まで持って行き水を全て流すと再びテーブルに置いて水瀬の近くに座った。
「きついか?」
「うぅん、ただ寝るの飽きたかも」
「おいおい」
「ねぇ、メグル」
ふと、仰向けの水瀬が顔だけ傾けて巡の目を見た、疲弊のせいかその瞳には若干潤んでいる。
「どうしたんだよ」
「寝つけないのです」
「おう」
「時にメグルは撫でるのが上手かったな~なんて思ってるのです」
「……まるで妹みたいだな」
「お兄ちゃんって呼ぶ?」
「やめてくれ……ほら」
回りくどくも分かりやすいお願いに巡は応える、水瀬の頭を優しく撫でると「ふにゅう……」と小動物のような声をあげじきに寝息を立て始めた。次に水瀬が起きたのは約60分後で、ばばっと飛び起きるとその場で鼻を引くつかせた。
「いい匂いがする~」
「起きたか」
水瀬は声のする方、ベッドから顔を出してドアからキッチンの方を覗いてみるとそこには腰エプロンをまいた巡がフライパンを器用に振るっている姿があった。
「うぉ~メグルは家事できる系男子だったか~」
「そこまでではないよ。…うん、できた」
並べていた2つの平皿にチャーハンが盛られスプーンと一緒にテーブルまで運ばれてくる、水瀬がボウルなどを部屋の隅にどかすとテーブルは食事の並んだ本来の食卓へと変わった。




