第一章『将軍の成敗(武術)× 三ツ星の救済(料理)』
退職金は最高神のブラックカード
目を覚ますと、そこは鬱蒼と生い茂る見知らぬ森の中だった。
「……なるほど。これが巷で噂の異世界転生ってやつか」
俺、青田優也は、自分の格好を見下ろした。
着慣れたパーカーにジーパン、そして履き慣れたスニーカー。
右のポケットには愛飲しているタバコ『Lark12ミリ』と金のオイルライター、左のポケットにはたっぷりのコーヒーキャンディが入っている。ここまでは死ぬ直前と同じだ。
ただ一つ、俺の左手には、見覚えのない白鞘の刀が握られていた。
いや、見覚えがないわけではない。これは、幼い頃から俺に『天極流』というハイブリッド武術を叩き込んだ、あの破天荒な祖父が愛用していた名刀だ。
周囲の状況を冷静に分析していると、背後の茂みから「ペチッ、ペチッ」という気の抜けた足音が近づいてきた。
「あわわ……! い、異世界人さんですか?」
振り返ると、そこには目を丸くした小柄な少女が立っていた。
光の粒子を纏うような美しい銀髪に、天使のように愛らしい容姿。
だが、その服装は目を疑うものだった。胸にデカデカと『若葉マーク』が刺繍された桃色の芋ジャージに、足元は健康サンダル。
「私、リリスと言います! 貴方の担当の女神になりましたので~」
「……担当の女神。ジャージ姿でか?」
「はい! 天界の正装です! あ、その刀ですか?」
俺の視線に気づいたのか、リリスは白鞘の刀を指差して言った。
「亡くなった武信さんが、孫が来たら渡してくれって言われて。中々の名刀らしいですよ、『白雪』っていう」
「じいちゃんの奴、死んでまで俺に将軍をやらせる気か……」
呆れ半分、懐かしさ半分でため息をつく。
まあいい、三ツ星レストランの厨房に比べれば、武器があるだけマシだ。
カチン、と金のオイルライターを開き、Larkに火を点ける。
紫煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「それで? 担当の女神様が、なんでまたそんな泣きそうな顔をしてるんだ?」
俺が問いかけると、リリスはビクッと肩を揺らし、ジャージのポケットから一枚の紙切れを取り出した。
そこにはデカデカと『懲戒解雇通知書』と書かれている。
「えっと、えっと……それで、それで……」
リリスは分厚いマニュアルのようなカンペを涙目で開きながら、たどたどしく話し始めた。
「ルチアナ先輩が私に、チョウカイカイコって紙を渡されて……『人件費削減?』とかよく分からない事を言われて……」
「リストラか。世知辛いな、神の世界も」
「『異世界の人について行って養って貰え』って……『お菓子やお団子が一杯食べられる』って、ルチアナ先輩が……えっと、えっと……」
大粒の涙をポロポロとこぼしながら、健康サンダルでペチペチと足踏みをする女神。
なるほど、状況は完全に理解した。要するに、ブラック企業(天界)を理不尽に解雇された挙句、俺に丸投げされたわけだ。
俺は短くなったLarkを携帯灰皿にしまい、頭を掻いた。
「……分かった。まあ、一人旅よりはマシだろう」
「えっ……?」
「三ツ星の副料理長をやってたんだ。お前の一人や二人、腹いっぱい美味いもんを食わせてやるくらい訳はない。ついてこい」
その言葉を聞いた瞬間、リリスの顔がパァァッと明るくなった。
「あ、ありがとうございますぅ! 優しい人にあたって良かったです~!」
リリスはペチペチと駆け寄ってくると、ジャージの奥からゴツい耐衝撃ケースに入った、スマートフォンによく似た板を取り出した。
「あ、良かったらこれ、ルチアナ先輩から借りパクした退職金のスキルです~」
「……借りパク?」
「はい! 予備の『エンジェルすまーとふぉん』です!」
俺はそれを受け取り、画面をスワイプしてみた。
見慣れた地球のネット通販サイトのアイコンが並んでいる。
だが、決済画面を見て、俺は日商簿記1級の資格を持つ自らの目を疑った。
紐付けられているクレジットカードの名義は『LUCIANA』。
そして、利用可能限度額の欄には、『∞(無限)』というふざけた記号が輝いていたのだ。
地球のあらゆる食材、調味料、果ては近代的なキャンプ用品や重機まで。
このスマホを使えば、最高神の金で、いつでもどこでも地球の物資をノータイムでお取り寄せできるということだ。
「……原価率ゼロ、か」
俺は思わず、口元にニヤリと悪い笑みを浮かべてしまった。
祖父から叩き込まれた『天極流』の武力と、三ツ星の料理技術。
そして、この『無限の資金力』。
「よし、行くぞリリス。とりあえず、このふざけた世界の美味い食材を探しに行く」
「はいっ! お供しますぅ~!」
令和の世に降り立った、しがない料理人(将軍)の、神々の財布を握った異世界世直し劇が、今ここから始まろうとしていた。




