三つの商会
ヘルメリアの通りは、昼を過ぎても熱を失わなかった。
人の流れは途切れず、呼び込みの声も止まらない。
歩くだけで、肩が触れ合うほどの密度。
「……すごいね」
レナが周囲を見渡す。
「……慣れるまで時間かかりそうだな」
ユノも同じだった。
だが、ただの賑わいじゃない。
この街には、流れがある。
金の流れ。
物の流れ。
そして――人の思惑。
「……あれ」
ティナが小さく指を差す。
通りの奥、人だかりができていた。
「……なんだ」
近づく。
声が聞こえてくる。
「それはうちの荷だと言っているだろう!」
「証明はあるのか?」
「契約書はある!」
男たちが向かい合っていた。
片方は整った服装。もう片方はやや荒っぽい格好。
ただの揉め事ではない。
「……商人同士か」
「でも、ちょっと険悪じゃない?」
レナが小さく言う。
そのとき。
「どけ!」
横から押しのけられる。
数人の男が、勢いよく前に出た。
腕章をつけている。
「……あれ、ギルドの印じゃない?」
「ああ、商業ギルドだな」
よく見ると、色が違う。
赤の腕章。
青の腕章。
そして少し離れた位置に――黒。
「……派閥か」
ユノが呟く。
三つに分かれている。
明らかだった。
「やめろ」
青の腕章の男が言う。
落ち着いた声だが、圧がある。
「ここは表通りだ。騒ぎを起こすな」
「だったらどうした」
赤の男が笑う。
「商売は戦いだろ?」
周囲の空気が一気に悪くなる。
そのとき。
「……証拠はあるのか」
低く、静かな声。
黒の腕章の男だった。
その一言で。
場が、止まる。
赤も青も、言葉を切る。
「……」
数秒の沈黙。
「……今回は引く」
赤の男が舌打ちする。
「だが、次はねえ」
そのまま背を向ける。
青の男も、何も言わずに去った。
最後に残ったのは、黒の男。
ゆっくりと視線を周囲に向ける。
その目は冷静で、どこか冷たかった。
そして――
一瞬だけ、ユノたちを見る。
「……」
何も言わない。
だが、その視線は確かに“測っていた”。
そのまま、背を向けて去っていく。
「……なんだったんだ」
ユノが小さく言う。
「……怖いね」
レナが腕をさする。
ティナは静かに呟く。
「……三つ、あった」
「ああ」
ユノがうなずく。
「関わらない方がいいやつだな」
そう言った、そのとき。
「――おい」
背後から声がかかる。
振り返る。
そこにいたのは、さっきの青の腕章の男だった。
まっすぐ、ユノたちを見ている。
「お前ら」
低い声。
「さっきの、見てただろ」
空気が変わる。
レナがわずかに身構える。
ユノは視線を外さない。
「……それがどうした」
男は一歩近づく。
「ちょっと手を貸せ」
短く言う。
「断るって言ったら?」
ユノが返す。
男は少しだけ笑った。
「断る理由は?」
間。
ほんの数秒。
そして。
「……巻き込まれたくない」
ユノが答える。
正直な言葉だった。
男は、少しだけ考えるように目を細める。
「……もう巻き込まれてる」
その一言で、空気が変わった。
「どういう意味だ」
ユノの声が低くなる。
男は周囲を一度見渡し、少しだけ声を落とした。
「さっきの揉め事」
「荷の中に、“普通じゃないもの”が混じってる」
レナが眉をひそめる。
「普通じゃないって……」
男は一瞬だけ、ティナを見た。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
「……ああいうのがな」
ティナの肩が、わずかに強張る。
ユノの目が細くなる。
「……人を、物みたいに扱う連中か」
男は答えない。
だが、それが答えだった。
「……協力しろ」
静かに言う。
「見過ごせるなら、好きにしろ」
そのまま背を向ける。
「来るなら、ついてこい」
歩き出す。
迷いのない足取りだった。
残されたユノたち。
レナが小さく言う。
「……どうする?」
ティナは何も言わない。
ただ、少しだけ俯いている。
ユノは少しだけ考える。
そして。
「……行く」
短く言った。
その一言で、決まった。




