聖者リュート_21
その後はリュートの口座をつくったり、トノヴァ商会と契約書を交わしたりと、必要な手続きを行うことになった。
タニアが事前にしっかりと準備してくれていたこともあり、契約は問題なく進んでいったが、リュートが契約書の内容を読み込み、わからないことを逐一確認する様子に、トビアスが『いやはやリュート様、当商会で働く気はございませんか?』と、しきりに彼を勧誘していた。
最初は気の利いた冗談かと思っていたのだが、トビアスはどうやら本気のようだ。
ひととおりの手続きを終えたあとに、タニアが店の中を案内してくれるという。
普段は立ち入ることのない貴族向けの店内では、きらびやかな宝飾品や繊細な細工の施された食器、それに高価なお酒やワインなど、トーアだけでなく王国の内外から取り寄せた商品が品よく陳列されていた。
「噂には聞いていましたが、ものすごい品ぞろえですね」
「ええ、今の季節、トーアは冬の避寒地として王都の貴族がやってくるから、これくらいの品は揃えておかないとね」
「国外の品物もあるってことは、トノヴァ商会は王国の外とも取引しているんだな」
豪華な店構えと品物に圧倒されている私とは異なり、リュートは興味深そうに、これはどうやって作るのか? とか、どこで作られているのか? また、物流はどうなっているのか? といった技術や産地などを細かくタニアに訊ねている。
「そうね、ワインはやっぱり王都の物が有名ね。品質も良いし管理も行き届いているわ。あと、小麦はほとんどガルディア侯爵領のものよ。あそこはトーアより暖かくて穀倉地帯になっているから、王国の食糧を支えているのはガルディア領ね」
リュートの問いに答えるために、タニアが店の者に声をかけて先ほどの部屋に地図を用意させた。
その地図には各地の生産品や主な商会の名前、また、トノヴァ商会の買い付けルートや道中の日数などが書きこまれている。
もしかして、タニアは私が思っているよりトノヴァ商会で権限を持っているのではないだろうか?
「この地図、わかりやすくて良いけど商会の大事な情報が載ってるヤツじゃないのか? いいのか? オレにみせちゃって」
「ええ、かまわないわ」
タニアが何事でもないかのように言う。
「支配人に言われているのよ。リュートには、この店でできるかぎりの便宜を図るようにってね」
「随分トビアスさんに買いかぶられてる気がするけど。トノヴァ商会はそんなに簡単に得体のしれない転生者を信用して大丈夫なのか?」
「いいのよ、彼は人を見る目があるから。それにうちの支配人、今のうちにリュートに色々と貸しを作っておいて、後からしっかり取り立てるつもりみたいだから、気にしないで」
「いや、それめちゃくちゃ気にするだろ?! 商人怖えぇぇ!」
それからもリュートは地図を見ながら、この街はどうなっているとか、この道はどこへつながっているとかタニアを質問攻めにしていた。
あぁ、これは、リュートが最初にトーアの街の路地のすみずみまで自分の足で歩いていた時と同じだ。
こうなってしまったら、本人が納得するまで付き合うしかない。
私も父と旅したことのある場所について、知っていることをできるだけ伝えるようにしたが、リュートが納得する頃には、タニアも私も流石に疲れきっていた。
「二人ともごめんな。貴重な攻略マップを見るチャンスがあったからさ、つい」
「一体何を攻略するつもりなんですか……」
「リュートって、なんにも執着がないように見えて、興味があることにはとことんこだわるのねぇ」
「だから悪かったって! その代わり、サービスするから、タニアはそれで勘弁してくれって!」
そう言うと、リュートは階下の食料品を扱っているところに行き、わざと周囲の客に聞こえるようにタニアに声をかけた。
「いつものお菓子とワインをお願いできる?」
「はい、かしこまりました。リュート様」
一瞬で友人から客と店員に切り替わった二人の立ち振る舞いは、見事としか言いようがなかった。
迷いなく焼菓子と王都のワインを用意するタニア
満面の微笑みを浮かべながらそれを受け取るリュート
「いつもありがとうございます。リュート様」
タニアは上等な得意客に接するように、うやうやしく腰を折る。
まるで打ち合わせていたかのように、二人はお互いの機微を察してそれぞれの役割を演じている。
周囲の客たちは、リュートをじろじろ見るような無礼こそしなかったものの、彼が何を買ったのか、興味を隠しきれない様子だった。
「案内はここまででいいよ。また来る」
「はい、リュート様のお越しをいつでもお待ちしております」
何事もなかったかのように店を出るリュートと、それを深々としたお辞儀で見送るタニア。
私はタニアにそっと目配せをして、リュートの後を追い、トノヴァ商会を後にする。
背中では、リュートと同じお菓子とワインを求める客の声がかすかに聞こえていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<トビアス視点>
リュートと契約を交わした翌朝のこと。
トノヴァ商会が店を開けて間もなく、一人の令嬢が侍女を連れてやってきた。
「昨日、リュート様がお買いになったというお菓子はどちらかしら?」
……来たか。
私は令嬢に気づかれないよう、わずかに口元を緩めた。
「はい、こちらでございます」
そういって店員が示したのは、トーアでは珍しくもない素朴な焼菓子。
見目よく並べられた焼菓子の隣には、流麗な金文字で『リュート様ご愛用の品』と書かれた小さな黒いプレートが置いてある。
「これなの?」
令嬢は意外そうな顔をしたが、その焼菓子を一つ買い求めた。
焼菓子の隣には美しく並べられた王都のワイン。さらにその隣には小さな香水瓶。
これら二つの商品の隣にも、焼菓子と同じように『リュート様ご愛用の品』のプレートが控えめに置かれている。
そのプレートに令嬢の視線が止まった。
「……そちらのワインもいただくわ。あと、この香水を試しても?」
「もちろんでございます」
香水瓶の蓋を緩め、銀の盆に乗せて侍女に渡す。
「こちらはトーアの薔薇を使った香水でございます。リュート様からお許しを頂戴しましたので、本日よりリュート様のご愛用の品として販売いたしております」
「まぁ」
トーアの薔薇を惜しげもなく使ったその香りを確かめた令嬢は、迷うことなく香水も買い求めていった。
そこから先は、同じようなやりとりが何度も繰り返された。
昨日、店でリュートの姿を見た令嬢がやって来る。
その話を聞いた、また別の令嬢がやって来る。
本人の代わりに侍女がやって来る。
昼を待たずに焼菓子は追加。
王都のワインも倉庫から運ばせた。
そして、最も動きがよかったのは、薔薇の香水。
タニアが『転生者御用達の店』の話を持ってきた時から、リュートの名に価値があることは分かっていた。
そして昨日の『サービス』も、あの商談の後に、なんと機転の利く男だろうと思った。
だが、どうやら私は、その値打ちをまだ安く見積もっていたらしい。
「やはり、うちの商会に囲っておくべきでしたか……」
飛ぶように売れていく商品を眺めながら、自然と独り言がこぼれた。
なんとか一週間更新を続けることができました。
これも読んでいただいている皆様のおかげです。
この週末から外出が増えて、また少し更新をお待たせすることになるかもしれません。
(さすがに三年半にはならないと思いますがw)
ご容赦いただければ幸いです。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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