狡猾者の戦略 2
重い頭を抱えつつ。向かうのは栫井の家。志渡寺も呼んである。議題は試験問題についてだ。高瀬はあまり実感がなかったがどうやら集団の様子を見ると用意した試験問題と同じ問題が本番で出題されたのは間違いない。
栫井の帰宅と家の準備の間、高瀬はコンビニで昼飯を三人分買い込む。志渡寺は試験問題のデータの準備を頼まれていて一度家に帰っている。高瀬は学校の近くのコンビニで買うか、栫井の家の近くのコンビニで買うか一瞬迷い、できるだけ知り合いに会わないようにと栫井の家の近くで買うことにした。買い込んだコンビニの袋を手にし栫井の家の呼び鈴を鳴らす。
「高瀬だね。すぐ開けるよ」
中から物音がし、すぐに学ラン姿の栫井が現れる。
「ちゃんと昼ごはん買ってきてくれたかい?」
「ああ」
栫井の様子が学校とは違い落ち着いてることに違和感を持つ。
「多分もう少ししたら志渡寺さんが来るから話はそれからだね」
栫井は高瀬を部屋に案内しながら口にする。
「何か冷やすものとかあるかい? 飲み物とか?」
「ああ、いやお茶ぐらいしかないから……」
「そっか、なら冷やす必要はないかな」
「今日、親は夜まで帰ってこないから……」
栫井は部屋の扉を開きながらそう言い、いたずらっぽく笑う。
「どうしたんだい高瀬? さっきから心ここにあらずって感じだけど?」
「そりゃそうだろ! 俺らの問題がそのままでてるんだぞ!」
というか、と付け加え、
「いつの間にお前は冷静になってるんだよ。休み時間は結構焦ってたじゃないか」
栫井は一息つく。
「話は瑞穂ちゃんが来てからにしようかと思ってたんだけどね。簡単に話すよ。今回のボクらの行為は恐らく罰されない。というか教師にはバレてるけどバレてない」
「どういうことだよ? ちゃんと説明してくれ!」
叫ぶような声を出す。
「つまりだね。ボクらがやったのはダミーの試験問題を準備したことだ。そしてそれがいつの間にか本物の試験問題になっていた。どうしてそうなったかはわからないけどね。でも僕らは恐らく罰されない。高瀬、キミが教師だったとしたら自分の作った問題が違うとわかるのはいつだろう?」
「採点の時か? いや、試験中に質問受けに各教室を回るからその時か?」
「そうだね。遅ければ採点の時、そして早ければ試験前の職員室だ。でも今回は全く滞りなく試験は進んでいる。恐らく採点も始まってるだろうし、当然ながら試験前に問題を見ている教師もいるだろうね。それでも問題になってない」
「どういうことだよ……」
混乱する。バレているけど問題にはならない? 栫井の言っていることがわからない。
「それはボクにもわからない。ただそれが問題にならない仕組みになってるんじゃないかとボクは思ってる。例えば試験問題は外の業者に頼んで作ってもらってるとか」
「なるほど……」
確かに教師が作っていなければそれが本物かどうかなんて教師には判別のしようがない。
「実際には学校の定期試験レベルで外部に委託するなんてことはないだろうけど、恐らくそれに準ずる何かがある」
栫井はくるっととターンして、
「つまるところ、今回の件でボクらの責任が問われる可能性は少ないってこと。こうなった以上、せっかく試験問題があるんだ。キミは殆ど見てないんだろ? どうせならそこを勉強して点数稼いだほうが得じゃないかい?」
「……お前の方がすごい悪に見えてきたぞ」
「悪じゃないよ。だってこれリスクなしで試験高得点取れるんだよ? やらない手はないじゃない」
「でもどうやってダミーの問題用紙が本物になったんだろうな」
高瀬は一番の疑問を口にする。
「さっきも言ったけど、ボクらには知りようがないよ。いくつか推理をすることはできるけど、それが真実かどうかは分からない。そんなこと考えたって仕方ないじゃないか」
「そんなもんかね……」
事態を受け入れかねている時、呼び鈴がなった。
「あ、瑞穂ちゃんかな。ちょっと行ってくるよ」
学ランをひるがえし栫井は部屋から出て行く。栫井の部屋を見渡す。そういえばここに来るのは久しぶりだな、とふと思った。
「よ、よお」
「こ、こんにちわ」
セーターにダッフルコートで身を包んだ志渡寺が部屋へあがる。三人で小さなテーブルを囲む。栫井は先程の説明を繰り返す。志渡寺は納得したのか不安そうな表情は消える。
「高瀬さん、お昼ごはんは食べましたか?」
「いや、まだだ。栫井が三人で食べようって言うから、さっきコンビニで買ってきた。そんなに量はないが」
「そうですか、それはよかったです」
そう言いつつ志渡寺はバッグから弁当箱を取り出す。
「家に余ってたのでちょっと作ってきちゃいました。おにぎりだけですけど」
可愛いというにはシンプルすぎる真四角の弁当箱の中から現れたのは、海苔の巻かれたシンプルな俵型のおにぎり。
「じゃあ先にご飯にしようか」
栫井の合図とともに、コンビニで買ってきたお茶やら弁当やらを広げる。
「いただきます」
三人は手を合わせる。
「早速瑞穂ちゃんの握ったおにぎりいただくね」
栫井は志渡寺持参のおにぎりへとかぶりつく。栫井の顔色が変わる。
「み、瑞穂ちゃん、このおにぎり何で握った? し、塩かな?」
「えっと、私酢飯が好きなので薄めた酢で握りました」
心なしか自信ありげに志渡寺が答える。酢飯って炊く時に酢をいれたり、炊き上がったのに酢を混ぜるんじゃないの? という疑問を高瀬はなんとか飲み込む。
「中までしみてますか?」
よく見たら海苔が湿ってる。できれば食べずに済ませたい。しかし、志渡寺の笑顔を無下にはできない。
「あー、俺もいただこうかなー」
おにぎりをひとつつまむ。力を入れると海苔から酢が垂れてきた。チラリと栫井の目を覗く。逃れられそうにはなかった。
「いただきます……」
高瀬は口に放り込む。海苔の弾力が強い。一瞬酢飯っぽい雰囲気を漂わせるも中は普通のご飯で肩透かし感が半端ない。まずいと言うほどまずいわけではないのでリアクションに困る。
「おいしいね、酢上げってこんな感じなのかな……」
自分でもわけのわからないことを口にする。
「ありがとうございます。味見してなかったので少し心配だったんです。お口にあって安心しました」
志渡寺は自分の作ったおにぎりへと手を伸ばす。持ち上げられたそれは志渡寺の口へとたどり着く。
「くぁ」
誰もがしたかった反応だった。
「あ、あ、ああ、すみません! わ、私、何か間違えちゃったみたいで……」
慌てて志渡寺がわたわたと手を動かす。
「だ、大丈夫だよ! 瑞穂ちゃん、高瀬はすごくおいしいって言ってるから!」
志渡寺と目が合う。伏したその目は今にも泣きそうに潤んでいる。
「あ、ああ、すごくうまいぞ。ほら、酢は体を柔らかくする! 酢っていいよね!」
フォローにならないフォローを返す。
「あ、も、もう大丈夫です。持って帰りますから……」
志渡寺の両手が弁当箱を掴む。ガタリと反対側を抑える。弁当箱の底の酢が飛び散る。
「ここのコンビニの唐揚げ油っこいんだよ。持って帰るんならそれくれ。ほら、酢って油にあうだろ。俺はそういうのが好きなんだ」
何度も言うが食べられないわけではないのだ。
「そ、そうだよ高瀬とボクが食べるからもらっていいかな?」
「で、でも……」
志渡寺は縦に首を振らない。
「そう思うなら今度何か自信があるもの作ってくれ。料理嫌いな訳じゃないんだろ」
「わー、高瀬が女の子に料理ねだってるー! これが戸真崎の番長かー!」
「だから番長じゃねー!」
栫井の冗談に乗って空気を変える。志渡寺の顔が柔らかくなる。
「わ、わかりました。今度はちゃんとしたのを作ってきますね」
志渡寺に笑顔が戻る。
「おう、楽しみにしとく」
受け取った弁当箱を見てどうやって食べていくか考える。流石に志渡寺の前で解体して食べるのは悪いだろう。味の強いのと一緒に食べるしかないか。
高瀬が四角の弁当箱と格闘する間、ふたりは買ってきたコンビニ袋に手を伸ばす。
「瑞穂ちゃんこれどうぞ」
「ボクはこれかな〜」
栫井は高瀬を尻目にコンビニのおにぎりを手にする。
「あっ」
「どうしたの栫井ちゃん?」
栫井の手にはシートを外すのを失敗し側面が白いおにぎりが。
「ち、違うんだよこれは、せ、製造過程のミスだ」
焦ってる栫井は珍しいのでそのまま放っておいて観察する。
「栫井ちゃんが不器用なんじゃないの?」
「そ、そんな訳ない、ほら」
そう言って栫井は新しいおにぎりを開く。しかしまた失敗してしまう。
「海苔半分以上持って行かれちゃってるよ」
「ち、違う。今年は海苔が不作だったんだよ」
「シートに海苔残ってるから取り出して巻こうよ」
志渡寺はシートの黒く千切れた残骸を指す。
「これは、あれだ、あー、例の黒いやつだ」
例のって何だよ、と頭の中で突っ込む。
「栫井ちゃんこれはゆっくりやればちゃんと取れますよ。私が教えてあげます」
子供に教えてあげているようで微笑ましい。
「ああっ、強く引っ張っちゃ駄目です。そうですそうです。ゆっくりするっと抜くんです」
「ほわぁー」
できたとばかりに栫井がアホな声を出す。しかしすぐさまこちらを見て咳払いをする。
「栫井ちゃんってかわいいですね」
志渡寺もこちらの方を見て言う。どうしてこっちを向くんだ。
「そうだ。栫井ちゃんこれもらってくれませんか」
志渡寺がバッグから取り出すのは缶コーヒー。
「お兄ちゃんからもらったんだけど私ブラック苦手なの」
「ブラックなら高瀬のほうが喜ぶと思うよ」
「何いってんだ。おにぎりにはお茶だろ! お茶!」
流石にこの酢飯もどきにコーヒーはきつい。
「じゃあボクがありがたくいただくね」
栫井はコーヒー缶を受け取る。
「でもさー、高瀬の集団はさ今回の試験いい得点とるんだよね。それって高瀬のおかげだよね? これって絶対高瀬の信頼すごく上がっちゃうよね? これホントに冗談じゃなく番長になっちゃうんじゃない?」
「……」
味覚が消える。考えてみればそうだった。途中まで計画がうまくいくように先導し、その後わざと失敗して失脚を狙っていた。しかし、その失敗は失敗し、失脚は信頼へと変わる。
「高瀬、もう学校での立ち位置はどうしようもないね」
「……いや、いや! すごい後輩が入ってきて一気に番長になって……」
「それはないね……妄想するのは自由だけどさ」
頭を抱える。
「まあ今回のことはもうどうしようもないから、高瀬は高瀬でやることがあると思うよ」
高瀬は顔を上げる。
いやらしい笑顔の栫井と目が合う。
「解答の暗記だよ」




