君に恋の罠を仕掛けました
※『恋の罠を仕掛けたい』の委員長の話です。
――ようやく、舞台が整った。
あの雨の日、コンビニで買い物をしていた僕は、店の前で争う声を聞いた。
『他人の傘を勝手に借りるくらいなら、ずぶ濡れになったほうがマシよ!!』
そう言って、雨の中を走っていった君。
残されたあいつは、僕の傘を手にしていた。
『それ、僕の傘だけど』
そう声を掛けると、あいつは言った。
『ラッキー!途中まで入れてってくれよ』
初対面の人間に対して、なんて馴れ馴れくて図々しいやつなんだと思った。顔はまあまあ整っていたが、ただそれだけ。その印象は、今でも変わらない。
『店の前で、言い争う声がしてたけど……彼女とけんかでもしたの?』
僕は喧嘩の原因も知っているが、あえてそう聞いてみる。
『ちょっとした冗談だったのに、いつも俺の言うこと真面目に取り過ぎなんだよ。あいつは』
……ほう、『冗談』か。まあ、傘の窃盗未遂を持ち主本人の前でバラすほどアホではないようだ。
『彼女と、けんかするほど仲がいいんだね』
腹いせにそうからかってやると、彼は顔を真っ赤にして否定した。
『あいつはただの幼なじみ!口うるさいしブスだしトロいし、彼女なんかじゃない!!』
……言っていることが典型的な「好きな子をいじめちゃう男子」だった。
こいつは、「彼女のことが好きだけど、素直じゃないから言えなくて、悪口とか言っちゃって嫌われて、将来苦労するだろうな。可哀相に」と思ったことでようやく溜飲が下がった。
十分ほどたった頃。
『あ、うちここ!助かった!じゃあな!』
『……ああ』
唐突に彼は去って行った。……礼も無しとは、なかなかいい根性をしている。それとも、あれで彼の中では礼を言ったつもりなのだろうか。だったら、言葉が不自由すぎる。
『……彼女に嫌われてしまえ』
雨の中を駆けていった真面目な彼女のおかげで、僕の手元に残った傘。
それをくるくる回しながら、僕は呪いのような言葉をアイツに吐いた。
……呪いは効かなかったようだ。
彼から情報を聞きだして、自分と同じ学校だとわかっていた。様子を見に行くと、あいつは彼女といちゃいちゃしていた。
『人から物を借りたらすぐに返すこと!!貸してくれた子が困るでしょ!』
『じゃあお前の宿題写させてくれ』
『自分でやりなさい!』
『ブスはうるさい』
『なっ、なによ!』
女の子は涙目になりながらも、彼に意見していた。外見は十人並みだが、目が印象的な子だった。少しつり目の、気が強そうに見える子。
――猫みたいだな。
黒い毛並みの、簡単には人に懐かない野性の猫。
そんな彼女とアホの様子は、僕にとって不愉快なことに、険悪さはほとんどなく、痴話喧嘩にしか見えなかった。
――僕の傘を守ってくれた、あの子。……あいつには、渡したくないな。
子供じみた意地悪や、きつい言葉を受けて悲しむなんて、彼女が可哀相だ。
僕は彼女の、泣き顔よりも笑顔が見たい。
――それから、僕の計画が始まった。
曲がったことが嫌いな彼女にふさわしくなるよう、品行方正、学業優秀を心がけ、面倒なクラス委員まで毎年引き受けるようになった。
彼女が嫌いなタイプは、いいかげんで、だらしがなくて、嘘吐きで、不真面目な人間だった。
幼なじみの彼にも、当てはまっているように見えるが……彼女の目は、相変わらずあいつを追い掛けていた。
学年が上がり、彼女と僕は同じクラスになった。
あいつと彼女の関係は、少しも進展していかなかったので安心していた。
これから彼女と親密になれるよう、信用を得つつ関係を深めていこうと思っていた。
そんな時
通り掛かった放課後の教室で、聞きたくない話を聞くはめになった。
『お前らって付き合ってんのか』
『誰が、あんなブスと』
『マジで!あの子、お前のこと好きだろ。かっわいそー』
『じゃあさ、お前なんで彼女作んねーの?』
『あいつが邪魔で女が寄ってこねーんだよ』
『邪魔!?じゃあさ、俺、あの子貰っていいか。ああいう気の強い子を泣かせたいよな』
『……つまんねえよ、そんなの』
『お前って、本当素直じゃないよなー』
笑い声がその部屋に沸き起こった。
僕は、自分が忍耐強い方だと思っていたが、もう我慢の限界だと感じた。
仕掛けるなら、早いほうがいい。
これに関しては、もう、待つことはできない。
真面目な彼女に、あいつが嫌われるように、周到な罠を用意しなければならない。
僕の人脈と周囲にいる人を利用して、僕には絶対に繋がらないような、小さな小さな罠をたくさんをしかけて、二度と元の場所に這い上がれないように。
……アリジゴクは獲物がかかるまで巣の中でじっと待つ。
巣が完成したら、あとは落ちてくるのを待つだけだ。
「絶対に、逃がさない」
あいつには、彼女は渡さない。僕がずっと大事にしてあげる。
「自分の物には、執着するタイプなんだよね」
だから、
「僕のモノに早くしないとね」
………………………………
さあ、うまく彼は罠に掛かってくれたようだ。
「君が好きだ」
真面目な僕が直球で言った言葉は、君の気持ちを揺さ振るだろう。きっと君は、真摯に僕と向き合ってくれるはずだ。
「待ってるから」
さあ、君を捕らえるための、すべての罠は仕掛け終わった。
あとは……僕は、君が落ちてくるのを待っているだけでいい。
「僕のことを、考えて欲しい」
……そして、あいつのことなんか、忘れてしまえ。
※ウスバカゲロウは肉食です。三週間は生きる、夜行性の虫です。(はかないカゲロウとは別物)
次は「幼なじみ」の話。