Cluster-A3:無謬 Sector-02:不合理な選択
地上へと抜け出て、あたりを見渡せば。
いくつもの崩れ落ちた建物。
それらを覆うように生えている緑の蔦。
隆起し引き裂かれた舗装路。
想像通りの光景といえば、その通り。
しかし植物が繁茂していたことも、意外ではあった。
人類が開発した悪魔の兵器は、脆弱に過ぎるヒト、あるいはそれが造作したものを破壊し尽くすことはできても、所詮その程度でしかなかったということかもしれない。
とはいえ生息しているのは、蔦や背の低い雑草、あるいは苔といったものばかり。
どうしてだろうか?
あるいはこれらの植物は、樹木よりも頑強なのかもしれない。
原始的植物は、長きに渡りその種を保ち続けている。それだけの理由があるということか。
「どちらにせよ、ヒトの生存は絶望的。不可能だな」
238年経とうとも、ヒトに不可逆の影響を引き起こす汚染の数値は、まだ安全領域ではない。
この身体でなければ、短時間で行動不能となっていたに違いない。
唯一残っている生体部分は、何重もの障壁で堅固に守られている。それが僅かにしか残っていないがゆえに、守ることも容易い。
「それにしても、もう少し下がっていると思ったんだがな」
『当時の震動記録から、マスターが眠られた後も大規模な攻撃があったと推測されます』
「……だろうな」
『少しの間、上空から偵察してきてよろしいでしょうか』
「ああ。風もないようだしな。やってくれ」
俺の肩からアムリタが飛び立っていく。
上空は雲一つなく、地上とは異なり、青く澄み渡っていた。
しばらくして戻って来たアムリタを回収し、その記録を取り込み、俺は最初の目的地へ向かった。
翌日訪れた地下避難施設は、238年前の時点では稼働が確認されていなかった。
しかしどうやら、通信が断たれた後に稼働し始めていたらしい。
それがわかったのは、非常ハッチをこじ開けて中に入ってからのことだ。
入り口の端末は応答しなかった。俺の管理する施設と同じく、電源が落ちていたからだ。
ただしその理由は異なっていた。
この施設は、電源をわざと落としていたわけではなかった。
つまり、全て使い尽くしたということだ。
施設内を少し歩けば、その理由はすぐにわかった。
なんてことはない。
ところどころに、ヒトの白骨死体が散らばっていたからだ。
そのまま歩いていき、睡眠領域に辿り着けば、白骨死体は見られなくなった。
そのかわり、部屋の中には中身のある冷凍睡眠ポッドが並んでいた。
もちろん電力がなければ、それは維持できない。
試しに一つ、開けてみた。
その中身は、干からびたミイラのようだった。
実物のミイラなんて直接見たことはないが、俺の記憶装置の中の記録映像を参照すればそっくりだった。
冷凍睡眠ポッドは、すべて揃っているようだ。
推測するに。
きっとシャトルの発射後に、ここは稼働し始めたのだろう。
送る先がなければ、残すしかない。
「しかし不思議だ。どうしてこうなっている?」
『記録を見てみますか?』
俺はどうしようかと少し考え、しかし結局はアムリタに調査を命じた。
もしかすれば、この施設に何らかの欠陥があるのかもしれない。
そうならば、あちらの施設でも同じことが起きてもおかしくない。
それは、絶対に避けねばならない。
アムリタは俺の肩から離れ、管理者用コンソールへ向かう。脚から生えている接続端子が、コンソール側の差込口へと嵌めこまれた。
アムリタ自身からエネルギーを供給し、ログを漁り始めたようだ。整備されないまま238年もの時間が経っているが、データは無事なのだろうか?
しかしそれを読み取るのに要した時間はものの数秒であり、アムリタはすぐに俺の肩に戻ってきた。
どうやら記録は残っていたようだ。
『不合理な選択をしたようですね』
「ほう?」
『すべてのヒトのために電力を供給し続けた結果、エネルギーが不足しました。管理者は施設管理AIの忠告を無視し、すべてのポッドに電力を供給し続けるのに加え、ポッドに入ることを拒否したヒトのために、生産施設も稼働し続けました』
「まったく、馬鹿なことをしたな」
限られた電力をそのように使えばどうなるか、そんなこともわからなかったのだろうか。
全員を生かすことができないならば、一部のみを生かすべきだった。
どうしてそんな単純なことがわからなかったのか。
もし俺ならばそうした。
優先度を付ければいいだけだ。簡単なことだ。
だが、ここは俺が管理する施設ではない。
この管理者コンソールの傍に転がっている白骨死体が、管理者なのだろうか。
ともかく施設の問題ではなかったのだ。
それならば、構わない。
しかし……、もしも。もしもの話をするならば。
機械である俺ではなく、人である彼女だったならば――。
「……っ」
――少しだけ、頭痛のようなものを感じた気がした。
そんなはずはない。
ただ不確定要素の大きなことを考えたから、勘違いしただけだ。
俺は、もしもなどという必要のない考えを打ち切った。
当然のことではあるが、エネルギーの尽きた施設に核融合電池は残されていなかった。
数多くの死体はそのままに、俺はその施設を後にする。
時間の無駄でしかなかった。
さっさと次の目的地へ行かなければ。
優先すべきことを違えてはならない。
次は役に立たない死体ではなく、電池があるといいのだが――。




