「……おなじじゃ、ないの?」
エルシアの反応に、リリアも後ろを振り返った。
「えっ? お姉ちゃん……?」
お姉ちゃんと呼ばれた女性は、上げていた腕を下ろす。
リリアに支えられているエルシアを見たあと、表情を少し緩めた。
「ずいぶん久しぶりね。元気にしてた?」
エルシアはむっと口を尖らせる。
「見たら分かるよね……? ボロボロだよね……」
「ふふっ、冗談。後は任せて」
猿が木箱へぶつかった音で、慌てて男が振り返る。
「な、なんだ?! お前は……っ!」
ミルティアは杖を、男の方へ向ける。
「やっと見つけた。 裏でコソコソして……早く解放しなさい」
「チッ、邪魔ばかりしやがって……!」
崩れた木箱から猿が飛び出す。
リリアが叫ぶ。
「ミルティアさん! わたしはあの男の元へ向かいます!」
ミルティアはリリアを見て頷き、そのまま猿へ視線を向ける。
「また、痛い目見る?」
猿はミルティアを睨みつけ、表情が険しくなる。
地面を拳で叩いて、近くにあった崩れた木箱を掴んだ。
そのあと連続で投げつける。
ミルティアが杖を前に向けると、風が渦を巻いた。
浮かせた木箱をまとめて横へ吹き飛ばす。
そのあと杖を目の前に構え、集中する。
杖先に付いている宝石が、緑の魔力で強く光った。
すると、ミルティアの周囲に剣の形をした風が生成される。
圧縮した細い風の刃が複数、猿に向かって走った。
身体や腕を数ヶ所浅く切り裂き、灰銀色の毛がぱらぱらと散る。
猿が奇声をあげ、一心不乱にこちらに向かってきた。
勢いをつけ、長い腕をミルティアに伸ばす。
黒い拳が届く直前、横からエルシアが小盾で受け止める。
その隙にミルティアが風を起こし、牽制された猿が一歩下がる。
「ありがとう。でも、もう動けるの?」
エルシアは目元を和らげ、静かにうなずいた。
「問題ないよ。…… 治癒魔法を、少しかけたから」
ミルティアは少し口角を上げて、いたずらっぽく笑う。
「さすが、エルは相変わらず丈夫ね」
「あっ!」
エルシアはむっと眉を寄せた。
「ふふっ。話は後でね」
ミルティアは再び猿へ視線を向ける。
「うん!」
エルシアの表情が少しだけ柔らかくなる。
そのあと、小盾を構え直した。
商人の装いをした男に、リリアが後ろから声をかけた。
「……ネムに、何をしているんですか?」
捕獲網を持った男が振り返る。
「こいつは、お前の飼い猫か?」
「違います」
リリアはネムへ一度だけ視線を向けた。
「ネムは、わたしの契約獣です」
男は捕獲網を横へ投げ捨てる。
「同じようなもんだろ」
リリアが目をつむる。
「……同じではありません」
リリアの淡い琥珀と、ネムの蒼い光が互いに重なった。
ネムは男の足元を素早くすり抜け、リリアの方へ走る。
「さて、反撃しますよ。ネム」
リリアが両手剣を正面に構えると、ネムも男へ向き直る。
「にゃ」
男は腰に携えていた細いレイピアを取り出した。
重心を前に、腕を上げて手首を返すと細身の剣を前に構えた。
「チッ、同調か……」
そう言うと、男が先にすぐ動いた。
踏み込むと同時に、レイピアがリリアの顔めがけて突き出される。
リリアは両手剣の刃先を下にさげ、左肩を引いてそれを躱す。
左足に重心をかけ、右足を男の腹に向けて思いきり前に突き出した。
「ぐふっ!」
男は吹き飛ばず、後ろに数歩よろめいた。
すかさずもう一度レイピアを構え直そうとしたその前に――
リリアが両手剣で、細い刀身を横から切り払った。
キィン。
レイピアの刃先が折れ、宙を舞う。
「クソッ!」
男の視線が一瞬だけ刃先を追っている。
リリアが瞬時に間合いを詰めた。
視線を戻した頃には、懐へとリリアは潜り込んでいる。
左拳に魔力を込め、金色の粒子に淡い蒼が重なる。
顎めがけて、リリアは拳を振り上げた。
ゴンッ。
鈍い音と同時に男の身体が少し浮き、どさりと倒れ込む。
そのまま、起き上がってこなかった。
ネムは倒れた男をじっと見る。
それから、前にいるリリアの後ろ姿を見つめる。
『……おなじ、ひと?』
リリアは剣を鞘へ納め、背負い直した。
「ネム」
ネムがゆっくり近づいてくる。
リリアはしゃがむと、身体を一度だけ撫でた。
「怪我はない?」
ネムは少しだけ目を伏せ小さく鳴いた。
リリアは目元を和らげ、静かにうなずいた。
「次からは、どこかへ行く前に教えてね」
ネムの耳が、少しだけ横に寝た。
『……うん』
エルシア達の戦闘も終わったらしく、こちらに向かってきていた。
「その男が倒れたあと、猿は退いていったわ」
リリアは立ち上がってエルシアに向き直り、頭を下げる。
「エルシア、ありがとう。ネムを守ってくれて」
エルシアは胸の前で両手を小さく振り、目元を和らげた。
「いいよ全然。でも……」
そのあと緊張が解けたように肩の力が抜ける。
「あんな大きな手で首を掴まれたときは、死ぬんじゃないかと思っちゃった……」
「すごい力でしたね……。とにかく、無事でよかったです」
リリアたちが安堵していると、崩れた木箱の近くで鳥の鳴く声が聞こえる。
すると、木箱の陰から男の子が出てきた。
「ごめんなさい!僕のせいで、こんなことに……」
エルシアがぱちぱちと目を瞬く。
「あっ! 路地で男と会話していたよね?……知り合いなの?」
男の子は首を左右に振ったあと、目を伏せる。
「仲良くはないよ……。いつも動物を保護してるって聞いて。でも、この場所はしらなかったんだ」
ミルティアはしゃがんで目線を合わせると、男の子に優しく微笑む。
「知らなかったのね。 教えてくれてありがとう」
エルシアが辺りを見回す。
「……保護、なのかな」
リリアも檻の中へ目を向ける。
「少なくとも、そうは見えません」
「うん。保護なんかじゃない」
静かに倒れている男を少し見て、ミルティアは続ける。
「珍しい動物や、契約獣になれそうな子を集めて、売ってたみたい」
「……檻から出してあげる?」
エルシアの言葉にミルティアは少し考えたあと、首を横に振った。
「どこから連れてこられたのか分からないし、今はそのままの方がいいかな」
「そっか……」
まだ少しだけ赤いエルシアの首元に、ミルティアの視線がいく。
「エル、首は大丈夫? まだ無理しちゃだめよ」
「大丈夫だよ、痛くはないから」
「あとで診てもらいましょう! 擦り傷もあるので」
リリアが真面目に言うと、エルシアは少し困ったように笑った。
「うん……そうするね」
二人のやり取りを見て、ミルティアは目元を和らげる。
「リリアちゃん、妹をお願いね」
「はい。任せてください」
リリアがしっかりとうなずくと、ミルティアも小さくうなずいた。
「……私は町の人に声をかけてくる。この男の事は、警備に任せるわ」
男の子がミルティアの方へと近づく。
「僕も、この子たちのこと手伝いたい!」
「じゃあ、一緒に来てくれる?」
「うん!」
梟が男の子の肩からふわりと飛ぶと、ネムの前に着地した。
ネムは梟をじっと見る。
『……おこられた』
前足を上げて、梟の頭に乗せた。
ぽんっ。
梟がクルッと首を傾げると、そのままスルッと前足が落ちた。
そのあと男の子が梟を持ち上げ、ミルティアについて行った。
「……ところで、リリア」
エルシアがリリアを見る。
「はい?」
「今回はどこいってたの?」
リリアは顎に指を添え、少し考え込んだ。
「それがですね……」
――少し前。
リリアはネムを追って、路地へ来ていた。
ところが……。
「あれ? エルシア……?」
振り返ると、リリアは一人になっていた。
「こんな迷路の中、わたしを置いて先に行くなんて……もう」
仕方ないので進むことにした。
空の木箱や飼料袋が散らかっていて、木の柵や鳥カゴも転がっている。
似たような細い道が続くばかりだった。
リリアは自分の左手を見る。
「よし」
リリアは迷いのない足取りで、路地を進んでいった。
やがて路地を抜けると、そこは賑やかな広場だった。
中央には見覚えのある噴水。
そこで立ち止まると、リリアは吹き上がる水を見つめる。
朝見たときよりも、勢いが強くなっている気がした。
「…………」
ふいに風が吹き、水しぶきが頬にかかった。
「冷たっ」
飛んできた水を拭っていると、近くのベンチに座っていた女性と目が合った。
「……え?」
リリアは目を見開き、一歩後ずさった。
目の前の女性は、エルシアによく似ていた。
「いや、なんであなたが驚いているの……」
「仲間に似ていたので……」
「私に……?」
女性は不思議そうに首を傾げた。
「……それで、あなたは何をしているの?」
「あっ、猫を探していました」
「猫?」
「はい。急に、路地へと走っていったので……」
女性は、リリアの背後の路地へと目を向ける。
「それで、途中で分からなくなってここに?」
リリアの表情が、ぱっと明るくなる。
「そうなんです!」
女性は一瞬だけ眉を寄せ考えると、再びリリアを見る。
「少し心当たりがあるから、一緒に行きましょう」
「いいんですか? 助かります!」
女性はベンチから立ち上がると、路地へ向かおうとする。
しかし、途中でリリアが止めた。
「待ってください、あっちの路地です。 わたしはそこの路地から出てきたので」
そして正面ではなく、ベンチから右側の路地に向かってリリアと女性が歩いていった。
――現在。
リリアが真面目に説明を終える。
「ということがありました」
エルシアが首をかしげる。
「なんで困ったときに左手なの?」
リリアは身体の左側を、壁がある方向に向けて手のひらを伸ばしてみせる。
「こうして、左手を壁に沿わせながら進むんです」
そしてエルシアに向きなおって、左手を挙げる。
「〝左手の法則〟という方法ですよ」
エルシアの目が細くなる。
「……へぇ。その方法で、噴水広場に帰ったんだ?」
エルシアにじっと見られ、リリアが顔をそらす。
「おかしいですね。あっ、でも帰る方法としては合ってた……?」
真面目に考え始めたリリアを前に、エルシアが肩を落とした。




