12:商業ギルドでピーラーを試してみた
グランフェルト帝国帝都アークは、十六区画に分かれている。
一区から四区は帝国城の敷地内にあたり、城の他、貴族のタウンハウスや魔法研究棟、司法に関する建物が建っていた。平民が生活するのは基本、九区から十六区画内。五区・六区は図書館は学院、美術館、誰もが自由に利用できる帝国自然公園や温室などもある。七区・八区は貴族向けのブティックやレストラン、劇場など、娯楽施設が充実している。
そんな中ドニーの鍛冶屋は十区にあり、商業ギルドを含むギルド街もまた、十区並びに九区に固まっていた。大昔に戦争で街が更地になった際に区画整理したらしい。
「まあ、どこの区画にも危ない場所っつーのはあるが、大通りに近ければ近いほど治安はいい」
皇帝陛下のお渡り道として正門から帝国城に続く大きな通りを大通り、正式名称アーク通りと云う。
京都の碁盤のような街並みなので、慣れれば知らない場所もすぐにわかるとのことだ。
「こういうところに、今ここがどこかわかるように示されているから、自分が今どこにいるのかもわかる」
民家だが「10ー13ー2」と書かれた看板がある。これは十区十三番通りの二番地ということのようだ。パトリシアはドニーの説明に関心を示しながら、初めて見る景色を楽しんだ。
「お、まぁまぁ賑わってんな」
商業ギルドは九区と十区の境目にあった。前世の役所のような建物でとても大きい。中に入ると、想像していた以上に人がいてパトリシアは驚いた。
「あら、ドニーさん。珍しいですね。どうかされました?」
「おうよ。ちっとばかり相談があってな」
ボブカットの茶髪にメガネをかけた女性に声をかけられる。窓口にいる他の業員たちと同じ制服を着ているのでギルド員らしい。年齢はドニーより少し年下か同じぐらいだろうか。微笑むと目尻の皺が深くなり、より優しそうな顔になる。彼女を見ていたドニーはちらりとパトリシアに視線を寄越した。
「彼女の付き添いだ」
「あら、かわいらしいお嬢さんね。ご親戚?」
「ちがうちがう。ダリオんところで働いてるんだってさ」
「あら、ダリオさん。懐かしい名前」
ダリオは彼女とも既知のようだ。彼もなかなか顔が広い。
「はじめまして、ローラよ」
「はじめまして、リアと申します。よろしくお願いします」
会釈すれば、ローラに目を丸くされた。
「ねえ、本当にダリオさんの部下なの? こんな礼儀正しい子がいるの?」
「そこんところ、あいつは意外と厳しいと思うぜ。で、悪いんだが、部屋借りれるか?」
「えぇ、いいわよ。話し相手はわたしでいいかしら?」
「げぇ。なんでこんな時に出てくるんだよ」
「わたしの勘よ」
ローラがにっこり笑う。そしてパトリシアを見て綺麗にウインクを決めた。
「では、聞かせてもらいましょうか。リアさん」
うきうき気分のローラにドニーがげんなりする。ローラは商業ギルド帝都支店の副ギルド長で、実質的なボスらしい。書類は細かく、審査も厳しい。ドニーは「無理かもしれん……」とぼそっと弱音を吐いた。
「で、お話しってなにかしら」
別室に移動しお茶を出された後、ローラは音声遮断の魔法をかけて口を開いた。
魔法はテーブルの横に備わっていたスイッチひとつで簡単にオンオフができるらしい。すごい便利だ!とパトリシアが感動していると、ドニーが真面目な顔で両膝の上で拳を作る。
「特許の申請をしたい。ーーこれだ」
ドニーは鞄の中から自作のピーラーを取り出した。その製作図も一緒に。ローラはまず不思議な形を見て眉を顰め、書類を眺めながら皺を深めた。
「見てもらった方が早いんじゃないでしょうか」
「そうだな」
ドニーは鞄の中からじゃがいもとにんじんを取り出した。そして、もうひとつ同じ形のピーラーを取り出してパトリシアに渡す。パトリシアはそれを受け取ると、大袈裟に表情をキリリとさせた。
「この道具に熟練の技は要りません。昨日入ったばかりの下働きでも、一国の料理長と同じ厚さで、かつ数倍の速さで皮が剥けます。実際ドニーさんにも使っていただきましたが、簡単に芋の皮を剥くことができました。しかも、可食部は多く残して」
パトリシアは流れるような手つきでにんじんの皮を剥き始めた。隣でドニーも芋の皮を剥き始める。机が汚れてしまうが、二人は必死だった。
(ぐうたらするにはそれなりにお金がいるからね!)
特許料など微々たるものだが、それもチリツモ。十年貯めれば一年ぐらい働かずに遊べるだろうか。脳内でむふむふしながら、手元のにんじんはすでに丸裸である。
「これがあれば、子どもでも野菜の皮を剥くことができます。料理が苦手な冒険者も外で気軽に野菜の皮が剥けるでしょう」
「冒険者は外で野菜を食べないと思うわ」
「でも食べたい人だっているはずです。ーーたとえば、騎士の人たちとか料理番があるはずですよね?」
ローラ「そうね」と口角を上げる。
「それに冒険者も大きなパーティーやクランがあれば料理人はいるかと」
「たしかに」
ここでジャガイモの皮を剥き、芽まできちんとくり抜いた芋を机に置いたドニーが理由を説明した。
「これは、刃の角度やこの隙間によって、皮の厚さを調整することができる。謂わばここがミソだ」
「ええ。角度が浅いと薄く、深いと厚く剥けるのね」
「おう。ただ、それを理解せずにつくっちまうとせっかく便利な道具なのにまったく役に立たない。むしろ可食部や余計に小さくなるし、指や手を切っちまう」
「ドニーは安全に配慮されてかつ適切な道具を広めるために特許を取得したいと言うの?」
「あぁ。ーーもちろん、金儲けをしたいという気持ちもあるが、嬢ちゃんのおかげでうちの奴が楽しそうなんだ」
「あぁ、ノーラさん。彼女の料理、結構個性的だから」
「今んところは喜んで使っているし、これならいくら機嫌を損ねても俺が皮を剥いてやれる」
ドニーの切実な事情にローラは苦笑する。
これがおふざけではなく、至極真面目な話だから面白い。
「わたしも試していいかしら?」
「おお、いいぞ。芋もにんじんも持ってきた」
「他になにがあるの?」
「カブもあるぞ」
ローラは白いカブを手にして刃の接着部を見ながら手をスライドさせる。するんと剥けた皮はペタッという音と共に机の上に落ちた。ローラは瞠目し、二度三度手首を滑らせる。
「ねえ、ちょっと! 誰かいる?!」
ローラは音声遮断の魔法を解除した後、突然扉の向こうに声をかけた。すると、扉のノックと共にひとりの女性が顔を出す。
「お呼びでしょうか?」
「料理出来なさそうな人を四、五人呼んできて。性別は問わないわ。あと、料理用のナイフもお願い。用途は野菜の皮を剥き」
「承知しました」
ローラはその間にジャガイモとにんじんも試していた。ジャガイモは芽をくり抜くのも楽しげだ。
「ーー副ギルド長、失礼します」
「あぁ、待っていたの。入って」
よくわからないまま集められた男性三人、女性二人。
女性は比較的若いが、男性二人はドニーと同じ年頃で、もう一人はパトリシアと変わらないぐらいだ。
「野菜の皮を剥いてほしいの。そのナイフで」
疑問符を浮かべた男性のひとりは手元のナイフを見て顔を顰めた。
「ローラさん。俺は料理は」
「いいから。誰でもいいわ」
「では、わたしが」
この中で一番若い男性が、おずおずと手を挙げてそのナイフを受け取った。ドニーが鞄の中からジャガイモを取り出す。
彼は危なっかしい手つきでナイフを動かした。見ていたパトリシアも彼の指先から赤い雫が流れないかハラハラと見守る。
「ありがとう。いいわ。ーー次にこれを使って剥いてくれない?」
「……これは?」
「簡単に皮を剥く道具よ」
パトリシアは手元にあったピーラーを彼に渡す。その時に使い方を簡単に教えた。
彼は不安そうにしていたが、一度手を動かすと目を輝かせ、その後癖になったようにジャガイモの皮を剥く。
「は? そんなに簡単に剥けるのか?」
「ええ、すごく楽しいですし楽です!」
「しかも、食べられるところが結構残っているわ」
「ええ。いつも小さくなってもったいないと思っていたの……」
女性二人は恥ずかしそうに笑い合う。彼は「どなたか試しますか?」と一緒にいた他の面々に尋ねてみた。ドニーは鞄からにんじんを出す。
「こっちも使っていいわ。みんな試してほしいの」
「ナイフを使う理由は?」
「どれだけ手間取るか、効率的ば部分も知りたかったのよ」
ローラが肩を竦める。だが、彼らは自分たちの恥を曝け出すだけになるのでナイフでの皮剥きは控えたいと言った。ローラはそれを了承する。突然呼び出された彼らは困惑していたものの、ピーラーを持ち始めると子どものようにはしゃぎ、笑顔で仕事に戻った。




