13:特許と換金
「書類作成はギルドで代行できるの。銀貨五枚かかるけどどうします?」
「任せるよ」
パトリシアはドニーと顔を見合わせて頷いた。それで言いたいことが伝わったらしい。
「リアさんは、商業ギルドに登録も必要ね。身分証はあるかしら?」
「……王城のバッジならあります」
「ギルドにも登録しましょう。そうすれば特許料や売上もギルドの口座で受け取れるわ」
「口座があるんですか?」
「ええ、そうよ。リアさんはどちらの方?」
「帝国なんですが、山の方で」
「ペリドランとの境目だそうだ」
「あら、遠くから来たのね。あの辺のだとなかなかヨークまで来ないし知らないことの方が多いわよね」
「はい。街を歩くと新鮮で楽しいです」
「そう、よかったわ」
ローラが微笑む。
「わたしから、いくつか商会に声をかけましょうか?」
「いや。まずは王城に。ダリオから依頼がきている」
「あら、いきなり大口じゃないの」
「どんだけ注文をくれるかわからんがな。あとは、ノーラの友人か」
「女性のネットワークの方が速くてすごいのよ」
ローラはくすくす笑う。
「売価は小銀貨五枚で考えている。材料費は小銀貨三枚前後。今後どこから材料を仕入れるか考えるべきだが、なるべく質のいいもので作りたい」
小銀貨とはパトリシアの感覚で一枚千円だ。つまりピーラーがひとつ五千円である。
ただし、材料費も意外と高かった。それでも利益は二千円近くもある。
(え、まって。それぼったくりじゃない?)
パトリシアは横槍を入れそうになって、口を閉じた。ドニーに睨まれたのだ。
「心配するな。この辺に住んでいる奴は比較的余裕がある。商会には小銀貨四枚で卸すつもりだ」
「そうね。それが妥当かしら」
「特許料はどんなもんだ?」
「だいたい五パーセントってところかしら?」
「嬢ちゃんはそれでいいか?」
「あ、はい」
ひとつ売れると二百五十円がチャリーンと入ってくる。数十円単位だと思っていたが意外と高かった。
(材料費が高いから仕方ないけど……!)
数百円の感覚だったので、まさかそれほどの値段になるとは思わなかった。もちろんこの世界にない道具なので、最初の特権というわけだ。
色々と決まったところで支払いに移る。ドニーが登録料も含めて諸々出してくれた。
恐縮しきりのパトリシアにドニーが意地悪く笑う。
「いいって。そん代わり、またなにか思いついたら教えてくれ」
要は儲けさせてくれ、とのことらしい。
パトリシアはドニーの心遣いに感謝しながら素直にその厚意を受け入れた。
「で、どうしてわざわざ戻ってきたの?」
ドニーとはギルドの前で別れた。やっと市場に行けるとうはうはするぺぺに謝って、パトリシアは再び商業ギルドの中に入る。すると、ちょうど席に戻ったローラとばっちり目が合って、他のギルド員に尋ねるまでもなく、彼女が出てきたのだ。
「実は換金したいものがありまして」
「換金? 宝石類かしら」
「はい。ただ、信用できるお店を知らないので教えていただければと」
当初はペリドラン王国貨幣を両替するつもりだった。しかし、パトリシアのクローゼットにはマリエッタほどではないが、宝石はある。どれも小ぶりだが一級品だ。ローラには店を教えてほしいと伝えたが、きっとギルド内で買取をしているだろうと予測していた。そして案の定、ローラはその言葉を口にする。
「商業ギルドでも買取しているわ」
「あ、よかったです」
「たくさんあるの?」
「いえ。ふたつです。それほど大きくもないです」
ローラはなんだかがっかりしたように肩を落とす。そして買取カウンターの場所を教えてくれた。
「鑑定魔法の使えるギルド員がいるの。もしかすると思っていた以上に買取額が低くなるかもしれないわ。それでも平気かしら」
「はい」
とりあえず、給料が入るまで凌げればいい。
王城にずっと籠っていればお金はかからないが、せっかくなので市場で珍しい食材を買って料理をしたい。
(ぺぺ様のご機嫌も取っておかないとね)
そういうパトリシアも和食が恋しい。昼間に食べたお好み焼きもどきは、ちゃんとお好み焼きにしてソースとマヨネーズをたっぷりかけて食べたかった。鰹節や昆布があれば出汁を取りたいし、そうすればお味噌汁も作ることができる。
考えただけで涎が溢れてきそうだ。
案内されたカウンターに行くと、神経質そうな男性ギルド員とのほほんとしたおじいちゃんギルド員が椅子に座っていた。ローラが彼らに声をかけて、パトリシアは鞄から小さな小箱を出した。その中には、ダイヤの指輪がひとつとサファイアのブローチが入っている。
「まぁ、綺麗ね」
「はい」
「思っていた以上に質がいいわ」
「ローラさんも鑑定ができるんですか?」
「いいえ。長年の経験からよ」
指輪はプラチナリングのダイヤモンド、ブローチは金縁でサファイアが嵌っている。
ブローチのサファイアは前世の感覚で言うと大きいが、この世界では小さい方。母には「もっと大きいものにしたら?」と言われたが、パトリシアの中ではこれでも随分と譲歩したのだ。
「では鑑定させていただきます」
「はい、お願いします」
(本当はダイヤモンドだけでよかったんだけど)
ダイヤ、プラチナ、金、サファイア。それぞれの相場を知りたくてパトリシアは敢えてばらばらのジュエリーを出した。今後他の店で換金するも、ある程度参考になるはず。
「ほとんど不純物がないですね。サフィアに小さな傷がありますが、磨けば問題ありません。大きく値段が落ちることもありませんな」
「指輪も同じですね。ほとんど不純物がなく、多少石に傷はありますが許容範囲です。デザインから少し古い、もしくは他国のものかと思われますが、オーソドックスのタイプなのですぐに売り手が見つかるでしょう」
それぞれの鑑定書には、似たような言葉が綴られた。そして、査定額が弾き出される。
「ブローチは金貨六枚」
「指輪は金貨十五枚です」
「じゅ、十五枚?!」
「ええ。これなら、金貨二十五枚でも買い手が付きます」
「おいおい、馬鹿正直に言うでない」
「すみません」
ブローチは宝石を囲う金の装飾がもう少し多ければ、もっと値段が上がったようだ。どちらかといえば、サファイアを全面的に押し出すデザインなので宝石の価格が大きく反映されたらしい。
ダイヤモンドは小ぶりでも複数あり、また中央の石は少し大きめでカットにも問題がない。プラチナは純度が高く、使用感もあまりないためこの金額だそう。
(指輪はたしか、金貨十二枚だったはず……)
今から五年ほど前にこの指輪を購入した。購入したというより購入させられたという方が正しい。
まさか当時より高く買い取ってもらえるとは思っていなかったのでどういう顔をすればいいかわからなかった。国力の差を痛感し、表情が繕えない。
「こちらすべてお売りいただけますか?」
改めて確認されて、パトリシアは少し迷って頷いた。ひとつでも十分だが、貴金属の価値は時代によって左右される。今後ペリドラン王国に戻るつもりもないので、換金していつでも引き出せるようにしておくのもいいだろう。
手持ちに金貨一枚だけを残してあとはすべて作ったばかりの口座に入れた。ローラの計らいで、市場で使いやすいように銀貨や小銀貨、銅貨も混ぜてもらう。
「やっとやで、やっと」
「はいはい。遅くなりました」
「ほんまに。腹と背中くっつくかと思ったわ」
商業ギルドを出て、しばらくしたところで目の前に顰めっ面のうさぎが現れた。彼はパトリシアの肩に降り立つと、不満をぶつけるように顔をぐりぐりと頬に擦り付けにくる。パトリシアは笑いながら彼を両手の上に乗せた。
「はいはい。その代わり食べたいもの買ってあげるから」
「買う?」
「作ります」
ドスの効いた声にくすくす笑いながら言い直す。かまちょなうさぎに全面降伏しつつ市場を目指した。
ーーそこには、懐かしい食材や知らない食材が山ほどあり。
(ぺぺ! マグロがある! 鮭も! あ、エビ!エビ! 海鮮丼! 天ぷらっ)
(パティ、こっちに昆布あるで)
(え、どこーー?!)
パトリシアの手持ちはあっという間になくなった。




