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 酒を飲んでいるのに、毛玉さんは我々と違ってその意識を一層はっきりとさせているようだった。


『さて、それで我についての話だったな』


 会話を続けられる程度の補給が済んだのか、ただ酒に満足したのかは分からないが毛玉さんは定位置のクッションに戻り話を再開した。


『我はこの地とは次元を異にする世から辿り着いた。弱っていたため安全にこの身を休ませられる場が必要ではあったが、いつも通りの世渡りが叶わなかった』

「世渡り?」

『異なる次元を繋ぎ別の世へ渡るのだ。しかし懇意の世へ渡る力も此度は残っておらなんだ』


 弱っている時に【世渡り】を行って安全に休める世界に行くという事は、毛玉さんはよくその身を危険に晒されているようだ。なぜこの愛らしい毛玉さんが頻繁に危険な目に遭わなくてはいけないのか。数日を共に過ごし情は湧いている。この姿もあってつい毛玉さん寄りな見方をし攻撃する何者かに憤りを覚えたが、本来正義と悪は立ち位置で変わるものだ。偏った思考にとらわれないように注意するべきである。もしかしたら毛玉さんがその世界にとっては悪なのかもしれないし。


「馴染みの世界があるけど、今回はそこに渡る力がなかったのね。ここに来られたのはなぜ?馴染みの世界よりも近いとか?」


 私は自分が思考したことも踏まえて、毛玉さんの世界についてよく知らないのに、自分の価値観で同情や気遣いの言葉を掛けるのはよした。例えば私が別の世界に転移したとして、そこがどこかを理不尽に侵略する側かもしれない。正義はこちらにあるなんて言葉を鵜呑みにすれば、知らずに侵略者になってしまう危険がある。そうならないためにも普段から中立を意識しておくのは大切だと思う。


 私は転移者が現れても動じないが、転移する側になった場合にも備えてそういった物の考え方を心掛けている。昨今の異世界では魔王を討伐に行った勇者が魔王と友情を育んだり、聖女と魔王が添い遂げたりなんて話も多い。悪とは、正義とはと常に考える癖を持っていなくては、罪の無い者を傷てけてしまいかねないのだ。


『いや、むしろここは本来繋げるのは不可能な世だ。この地はどの世からも常に繋がりを求められておる。我も来られるものなら毎度こうしてここに繋げたい。そう思う程、この世は素晴らしい。だがそうだな、階層が違うと言うか、余りにも遠く高い場所にあるという感じだと言えば伝わるだろうか』


 私は質問に答えてくれた毛玉さんの言葉を理解しようと思考を試みた。余りにも遠く高いって、我々が月や火星に焦がれて何とかそこに到達しようとしているようなものだろうか。行けなくは無いんだろうけど、非常に困難な場所。解釈が合っているか分からないが、とりあえず頷いて話の先を促した。


『此度も時空の狭間に身を投じたがそれが精一杯で、何処にも繋げられず狭間を彷徨いこのまま消えるものと覚悟した時、一筋の光の道が通る場があったのだ。もう閉ざされてしまいそうな道であったが一か八か乗ってみた。我の知らぬ世とこの地を繋ぐ道のようであったが、幸運にもこの世側へと流れつけた。ここにいる事が実はまだ信じられぬのだよ』


 光の道、もしかしたらリオンが通った道が残っていたのだったりして。それが偶然にも毛玉さんを救ったのかもと思うと少し嬉しかった。ここには加護があるとか前に毛玉さんが言っていたけど、リオンの世界の神様がリオンのために施したものが残ってでもいるのかもしれない。確かめる術はないがそうだと思うのは自由だろうし、そう言う事にしておこう。


「そう、この世界が気に入って貰えたのなら良かったわ。いつも渡る世界はどんな世界なの?」


 ここや、毛玉さんの世界以外の世界のことも興味があって私は聞いてみた。


『水の性質の強い世界だ。水は我の力と良く馴染み増幅させる。そこは何も存在しないゆえ、不浄もなく身を清めるのにも最適な処よ』


 水は全ての命の故郷だと思うのだが、何も生み出さない水の世界もあるなんて不思議だし信じられない。何もいないそこに身を置くのは自分にはとても恐い事に思えた。そんな私の気持ちを毛玉さんは見透かして聞く。


『恐いと思っておるのか』

「うん。その世界が毛玉さんには居心地が良いのかもしれないけど、私には寂しくて恐い場所に思える。何も居ないなら、私の存在を知る者も居ない。では、私が存在しない?じゃあ、私って何?みたいな」


 自分が抱いた恐怖心を言葉で表現するのが難しい。言っていて自分でも混乱してしまう。


『その複雑な思考や想いがこの地を常に高めよる。本に羨ましい。複雑に物事を捉え、これほどまでに物を生み出す。それでいて、その目が捉えぬ存在も認識し敬い、時に恐怖する。なんと愛おしいことか』


 自分が褒められていると錯覚しそうになるが、物があるのはクリエイターのお陰だ。科学を解明し発見する研究者や学者がいて、それを私なんかでも使えるようにしてくれている技術者あってこそだ。後半は神様を祀る事を言っているのだろうが、それだって人である私たちの心が安らぎを求めてという側面もある。褒められることじゃ無い気がするのだが。


「毛玉さんの世界にも人とか、命を持つ者は居ないの?」


 私の思考した事を快く感じている毛玉さんの様子に、そういう存在が毛玉さんの世界には存在しないのか気になって私は質問した。


『おるよ。だがこの地の者に比べてしまうと余りにも幼い。未熟でどうしようもない』


 突き放すような言葉だがその顔は穏やかで、親が子に向けるそれのように優しかった。





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