第77話 千世がやってみたいこと
「うわぁ!」
「か、風が凄いよ。いつもよりも、強風。うっ」
「さ、流石にヤバいかも……とぉ!」
千世と師走はお昼ご飯を食べるため、いつも通り屋上へとやって来た。
しかし今日はいつも以上に強い風が吹いている。
天候は凄く良い晴れ。
だけど二人以外には誰も居なくて、壁を背にしながら、何とか風から身を守った。
「千世、こっちなら安全だよ」
師走がパンパンと床を叩いて案内する。
千世も風を避けつつ側面に回り込むと、隣に座った。
「それじゃあ食べよっか」
「うん」
千世と師走はお弁当を広げる。
とは言え師走の場合は今日も買って来たパンばかりで、千世だけがお弁当を広げた。
「「いただきます」」
二人は手を合わせた。
師走がパンに齧り付く最中、千世は箸を持ちゆっくりとご飯を摘む。
「あむっ」
千世は口の中にご飯を運んだ。
しっかり噛んで飲み込む。
今日も美味しく炊けていたので満足した千世だが、やはり師走は違和感を覚える。
「千世、やっぱり大丈夫?」
「何が?」
「朝から変だよ? やっぱりダンジョンのこと引き攣ってるよね?」
「そう見える?」
「本当に大丈夫? 無理とかしてない?」
「うん、大丈夫だよ。でもね」
千世は歯切れ悪く言葉を閉ざした。
師走の言葉を完全にシャットアウトすると、少し空を見上げる。今日は綺麗な空が広がる。
「今日は綺麗な空だよね」
「う、うん。如何したのー? 詩人?」
師走は少し引き攣る。
しかしながら、さっきまでの千世の表情の余裕の無さが、空を見上げた瞬間、少し違う色を見せる。
何やら今朝見せた疲労感とは違う、不思議なオーラを纏っていた。
「千世?」
何故そんなにスッとしているのか分からない。
何にも前置きがない中、突然表情にゆとりが生まれる。
それもそのはず、今朝方の出来事だった。
千世の自身が、そのことに違和感を覚えており、それでいて胸がスッとする。
「師走、この間私とダンジョンに行きたいって言ってくれたよね?」
「うん。言ったけどー?」
「それなんだけどね、私はやっぱりダンジョンって怖い所だと思うんだ。人なんて、簡単に飲み込んじゃう、恐ろしくて未知ばかりが集まってる、不思議な所」
「私からしたら、今の千世の方が不思議だけどねー」
師走は上手く千世の言うことに被せる。
そんな飄々たした態度に笑みを浮かべつつ、千世は繋げた。
「だからね、正直危険なことはしたくないんだ」
「まあ、そうだよねー。分かったたけどさー」
師走も分かっていた。千世ならそう言う。
確率的にほぼ百パーセント。
だからこそ、誘ったのだけど、その定評は変わらない。かと思って肩を落とした瞬間、千世の口から飛び出した。
「でもね、今回で分かったよ。私はダンジョンは怖いけど、行けないわけじゃないんだって」
「ん?」
何を言い出すのか。一瞬思考放棄する。
しかし千世の口から確かに出た。
それは何を意味しているのか、よく考えてみるがまだ未知数だ。
「だからね、私にもできることがあるんじゃないかなって思ったんだ」
「ほう?」
話が飛躍しすぎてきた。
しかし師走はちゃんと着いてきてくれる。
これは千世の心の声を外に出すための行為だ。
「もちろん怖いし行きたくない。それは誰よりも強いし、安全安心第一だよ」
「まあ千世らしいよね」
「そうだよね」
包み隠したりはしない。
オープンになって、心の声を吐き出す。
「今回は人が死んじゃったけど、ダンジョンはそう言うものなんだよね。怖いし危険だし、でも、私は行ける。選ばれたとか、使命感だとか、楽しそうだからとかじゃくて、まだ漠然としかないけど、私、もっと色んなダンジョンに行って、自分の心を強くしたい。そう思ったんだ」
千世は自分で何を言っているのか、理解はしていない。ただ心の赴くままを、言葉として風に飛ばす。
それだけのことなのに、如何してか心がスッとする。
こんな何をするかも分かっていない、漠然とした自分が気持ち良かった。風が千世のことを包み込む。
「ふーん、いいんじゃない?」
「いいのかな?」
「いいよいいよ。どんな理由であれ、いまの千世は最高に輝いてる。もう、もう眩しくて見えないくらいだよ!」
師走は上手く千世を煽てる。
しかしそんなの必要なかった。
「ありがとう、師走」
「親友でしょ? 良いってそんなの」
二人はにこやかに笑みを浮かべた。
互いの気持ちを理解し合っている? そんな風には見えないけど、何かを伝えたった感はある。
それは他人には分からない。心の距離感だった。
「ってことは、これからもダンジョンに行ってくれるんだよね?」
「そのつもりだよ。危険はごめんだけどね」
「そっかー。そっか、そっか! 何だか楽しくなってきたね! このまま配信も動画も頑張って行きたいなー!」
「あっ、それは別に何だけど……」
千世と師走の方針は全然違う。
千世は覚悟に近いものが見え隠れして、師走は楽しさが爆発していた。
それでもやることは変わらない。
前へと、ただひたすらに前へと突き進む。
そんな漠然とした形のないものだけど、それが二人を形作る。
これからも頑張っていこうと言う気持ちが、風を伝い、空へと運ばれるのだった。
「なるほど、面白いな」
ふと二人は風に乗って運ばれた声に耳を奪われる。
キョロキョロと見回すが、他には誰もいない。
「師走、何か言った?」
「えっ、何にも言ってないけどー?」
千世と師走は顔を見合わせる。
しかしお互いに言葉を交わしてはいない。
不思議な体験。不思議な風。
柔らかく千世達のことを称賛するようで、不思議と嫌な気持ちにはなれず、風見原は今日も風の神様が見守っているようでした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
カクヨム版も踏まえ、現状ここまでです。
今後エピソードを追加するかは未定ですが、本当にありがとうございました。




