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44.みんなで遠足①

 昨日は一日良い天気だった。

 今日は、まだ夕暮れを迎える頃だが良い天気だった。

 ということは、明日も良い天気に違いない。


「明日どっか遊びに行こう」

 三毛の提案は理に適ったものと言えるわけだ。


 ただ、「どっか」についてはまるで考えていないので、友人たちに意見を求めた。

「はい!」

 最初に手を挙げたのはオリバー。

 こういう場合は大抵最初の案が採用されるから、挙手の時点で「じゃあそれ!」と三毛が朗らかに笑う。オリバーは素直に「やった!」とガッツポーズしてから意見を述べた。


「ウェスタン村!」


 歓声に備えるオリバーだったが、なんだか様子がおかしい。両耳にそっと触れてみてもヘッドホンを付けている感覚はない。予想に反して沈黙が漂っていた。

 オリバーが両耳に当てた手を上までずらし頭を抱えだした頃、三毛が淋しそうな目でオリバーの肩に手を置く。

「オリバー。あそこはもうやってないよ……」

「そんな……」

 茫然自失とするオリバー。電池切れのように俯いてしまった。

 倫子が心配そうに顔を寄せ、

「日光なら江戸村があるよ」

 優しく慰めてみたが、オリバーは小さく首を振って「日本に来てから最初に住んだ」と弱々しく声を吐く。倫子も第二案は持っておらず、忍者のようにそうっと引き下がった。



「……ウェスタンがだめなら……マウントジーンズ……」

 塞ぎこんでいたオリバーがぼそりと呟く。

 そして、すいっと顔を上げた。


「山! アウトドアパーティーしよう」

「おおおおっ」」

 どよめく生徒たち。


「いいねー! 山!」

「行こう! 山に!」

「山最高ー!」


 ヤーマ! ヤーマ! ヤーマ!

 山コールが巻き起こり、満場一致で山に決まった。



「あのー……。山とは……?」

 ゼニスがおそるおそる尋ねる。

「山とは、とは?」

 満がぽかんとした顔で復唱して、

「さあ……。こっちの世界の地理わかんないし」

 淡泊に返した。


 不安そうに顔を歪めだすゼニスをそのままにして、竜星はさっそくアウトドアパーティー準備委員会を立ち上げる。

「じゃあまずは早めに用意するものから。バス班と買い出し班から決めよう」

「はーい!」


 バス班てなんだよ。ゼニスはそんな目を向けていた。



  ◇



 翌朝。

 ギルドの馬車止めに大きな荷馬車がいくつも並んでいる。訪れた冒険者たちは皆不思議そうに、というより何の企みだろうかと険しい顔で見ていた。

 グリナドエルとドゥレも同様で、誰の馬車だろうかと話しながら馬車止めを通り過ぎようとする。


「おはようございまーす」

 朝らしい爽やかな笑顔で雪祭が道を塞いだ。

「はい、依頼書をどうぞ」

「依頼書?」

 流れのままにグリナドエルが受け取ってしまう。ドゥレとふたりで中身を確認すると、冒険者ギルドが依頼主として記されている。

「護衛? ゴッサムギルド主催アウトドアパーティー……」

 嫌な予感しかしない。グリナドエルは静かに紙を伏せた。

「グリナドエル、帰ろう」

 ドゥレも同じ心境なのだろう。グリナドエルの手を取って早々に引き返そうとすると、離れたところで騒いでいる集団が目に映った。


「いやだ! 家族の手伝いがあるから帰る!」

「おい逃げようとしてるぞ! 捕まえろ!」

「諦めろ! お前を頼る家族なんかいねえ!」

 泥沼の中で足を引っ張り合う冒険者たち。

 脱走は不可能だ。ふたりは即座に悟り、ドゥレはそっとグリナドエルから手を離した。


「それで……行き先が書いてなかったけど。どこ行くつもり?」

 グリナドエルが唇を悔しそうに曲げて雪祭に問いかける。

「どこって……」

 雪祭はきょとんとした顔をしてから、

「わからないから冒険者を誘ってるの。もうー、その質問何度目よ」

 可笑しそうに笑った。

「いやいや、逆に何回同じ質問されてたんだよ?!」

「えー? ドゥレこわーい?」

 可愛い顔で怖がった後、ふたりを荷馬車に押し込んだ。



 他の冒険者も続々と身柄を拘束されていく。今の馬車止めは蟻地獄で、冒険者はアリでしかない。

「うぅっ、なんで俺はこんな日に来ちまったんだ……」

「何もない日のほうが少ないっすよ……」

 緩太に引きずられるユーインとエメリの姿もあれば、採集依頼のために訪れた商人までもが無差別に拉致されている。

 もちろん皆が皆というわけではなくて、フォンファやフェンリーなど率先して取り込まれる者もいるにはいるが、ごく少数に過ぎない。そんな異端者に共通していたのは、ゴッサムギルドの経験が浅い冒険者という点だ。


 遠目から危機を察知してギルドに向かう途中で引き返そうとする者もいたが、

「バス追加ー」

 と言って突如現れたギルド行きの荷馬車に飲み込まてしまっていた。




 そんな悲鳴混じりの馬車止めの中へ、ディネリーノートが顔を見せた。この日は神官のローブではなく、ラフなチュニック姿で辺りを不思議そうに見ながら歩いている。


「ネリー! こんちゃ」

 蟻地獄側の三毛は侵入者の探知も早い。ディネリーノートを見つけるなりすぐに間合いを詰めていった。もちろん依頼書を手にして。


「どしたの? また依頼?」

「先日の黒晶バラの件でお礼にね」

 ディネリーノートはバスケットを胸の高さまで持ち上げ、三毛の視線を誘導させる。

 こういう入れ物の中身は三毛でも想像がつく。ほのかに浮かない顔で、彼にしては言葉を選んだ。

「赤ちゃんはちょっと……。好きなんだけど、チェーンソーより騒がしいものは扱いきれる自信ないんだよね」

「ベビーバスケットはもっと大きいわよ」

 だったら安心だ。三毛は胸を撫で下ろし、一応ベビーバスケットの大きさを尋ねておいた。いつお礼にベビーバスケットを差し出されてもうろたえてしまわないように。

 聞かれたディネリーノートは困惑しながらも「赤ちゃんが入るくらいの大きさ」とだけ答えておく。彼女も実際に手にしたことはなかったから、具体的な大きさはイメージできないのだ。

「赤ちゃんの大きさってどれくらいだっけ」

 やぶへびになりそうなので、ディネリーノートは少しだけ意地悪を働く。

「ベビーバスケットに入るくらいよ」

「なるほど!」

 意地悪にもならなかったようだ。三毛はすっきりした表情で、思い出したようにバスケットへ目をやった。

「お礼だったら前になんかもらった気がする」

「あの堅苦しい感謝状とは別。個人的によ。若い子ばっかりだからビスケットにしたんだけど。どう?」

「バスケット入ってるの?」

「ビスケット」

 その証拠に、ディネリーノートは1枚ビスケットを取り出して三毛の口に近づけた。爽やかな香りにくすぐられて、三毛は素早くそれを唇で挟み込む。

「んむ! おいひー!」

「ハーブビスケット焼いたの。でも多すぎたかな」

 お菓子を食べながら野菜も採れるなんて。三毛はすっかり感激してしまった。

「ネリー、向こうでみんなと一緒に食べよ」

 ごくごく自然に蟻地獄へ吸い込まれていることなど、ディネリーノートは知る由もない。



  ◇



「タキー、食料のチェック終わった」

 緩太が荷物の最終確認を終え、冒険者の積み込みも完了した。あとは出発の号令を残すのみ。竜星はギルドスタッフたちを収集し、5台の荷馬車に対面するよう一列に整列した。


 竜星が一歩前に立ち、各荷馬車に乗った面々をゆっくりと見渡していく。ほとんどの表情は暗いか、もっと暗いか、諦めているか。そんな景色だ。当然相手方の事情を考慮するはずもなく、竜星はキリッとした顔つきで出発の挨拶に取り掛かる。


「今日はぼくたちの護衛のために集まってくださり、ありがとうございます。今日一日、どうぞよろしくお願いします!」

「よろしくおねがいします!!」


 荷台の上で家畜のような目を並べる冒険者たち。例外は状況を把握できていないゴッサムギルド初心者だけだった。




 ギルドスタッフが各荷馬車に乗りこむと、麗央の1号車を先頭に出発する。2号車、3号車と続いていき、さながら出荷中の家畜といった光景が続いた。最後の5号車は荷物の運搬車両で、御者を除けば緩太と烈火、ターコイズが乗るだけ。のほほんとした顔ぶれが並んでいた。



「ああぁぁああ!」

 出発早々、麗央が大事なことを思い出す。

「忘れてた。どこ行く?」

 うっかり目を合わせてしまったグリナドエルだったが、もう遅い。

「グリー、どこか山まで案内よろしくね!!」

 嫌よ! なんて答える隙間はない。麗央は冒険者たちを避けながら荷台の後ろまで移動し、後方の4台に向かって大声で通達した。


「今回のー! ナビゲーターはー! グリナドエルだよおぉぉおお!」


 同情を込めた拍手が返ってくる。と同時に、冒険者たちは皆気が気でない。「今回の」とはどういう意味なのかと。


「もう嫌……」

 グリナドエルは珍しくドゥレに泣きついた。


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