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13.お引越し

「信じられないことが起こった!」

 満が大慌てでバタバタと走ってきた。

 下校時間に昇降口へと現れて、「おはよう」なんて平然と挨拶してくる満がこんな姿を見せることは滅多にない。ただならぬ様子に三毛たちは黙って次の言葉を待った。


「うんこが流れた」

「流れなかったって方が信じたくない」

 ハードルの遥か地下を行く報告に対し、セレスティナが冷ややかに一蹴する。

 クソみたいな話だな、とリッキーが呟いているが、みたいな話ではなくクソそのものだ。


 しかし満は白け切った空気に納得がいかない。

「大事なのはうんこじゃねーよ! 今トイレ行ってわかったんだけど、この建物は水と電気使えるっぽい」

 流れなかったらどうするつもりだったのか。などという野暮なことは誰も言わない。生活インフラが継続して利用できるというのはとても大きい。生徒たちの顔が目に見えて明るくなった。

 トイレはもちろん、飲み水にも困らないし、夜になっても明るい室内で過ごすことができるわけだ。インターネットには繋がらないがスマートフォンを充電することだってできる。


「あー。生活スペースどうしようね」

 快適に寝泊まりできそうなことはわかった。雪祭が大雑把な表現で次に考えなくてはいけないことを切り出す。おそらく同じことを考えていたのだろう、竜星が補足するように提案を行った。

「2階は予備フロアとして今は空けておいて、3階をプライベート用として使うのがいいと思う。あとは靴も2階までは外靴、3階はサンダルってわければ汚れも持ち込まないで済む」

「タキ賢い! さすが学級委員長!」

「名前にドラゴンがふたつ入ってる男は違うな!」

 三毛と満に持ち上げられて竜星もまんざらでもなさそうだ。

「ふふ、下半身にも3匹目のドラゴンがいるぜ」

 ドラゴンテイマーと呼んでくれ。そう付け加えるのも忘れない。

「まじでそういうくだらない下ネタやめて」

 セレスティナの顔がまた冷ややかなものに戻っているが、ドラゴンテイマーは一歩も引かない。

「おいおい、俺から下ネタ取ったら何が残るんだよ」


「ただいま! 神様ですよー」


「俺から下ネタ取ると神になるのか……!」

 衝撃を受ける竜星。そして割り込むように帰ってきたゼニスも。

「竜星さん、神だったんですか?!」

「こんにちは、神です。ドラゴンを3匹従える程度の若輩者ですが」

「ややこしくなるからやめろ」

 セレスティナが足裏を見せて竜星のドラゴンにチャレンジする。神と名乗る男は低い声と共にその場へ崩れ落ちてしまった。

「サッカーじゃなくてもレッドカードじゃ済まないな……」

 リッキーの言葉には三毛たちも無言で頷いた。



 ゼニスに話を戻すと、全員分の布団を買ってきたということらしい。

 教室に置いたというので竜星の回復を待ってから向かってみると

「布団……?」

 一同は絶句した。


「日本人じゃないオレでもわかる。これは布団じゃない」

 オリバーがそう断言する。

「えっ?!」

「えっ?!」

 戸惑うゼニスに戸惑う生徒たち。

「信じられないことが起こった!」

 満がここぞとばかりに畳みかけてくる。

 ゼニスが腑に落ちない顔を続けるので、竜星が教室に積まれている俵型の袋を一つ取り上げた。


(やるぞ……)

(絶対やるな……)

 股間に構えて「俺の! ドラゴン!!」と叫びだすのは必至。


「先生……これは布団じゃない」

「さっき聞きました」

(やらないのかよ……)

(情けねー……)

 ゼニスに隠れて密かに罵倒する男子たち。セレスティナも「そこはやれよ」と口惜しそうにしている。

 当の竜星は極々普通に

「寝袋ってやつだよ」

 などとゼニスに教えている。彼から下ネタを取ったら何が残るのかという疑問の解は、何でもない男になる、だった。

「一体どこに買い物行ってたんだか」

「学校で寝るのにちょうどいい物が欲しいって店員さんに聞いてから買ったんですよ」

「その聞き方だったら、確かに寝袋を案内されそうだなぁ……」

 袋から中身を取り出してみるとマミー型だった。

「おもしろい形!」

 麗央や三毛が能天気に寝袋を見つめるのとは対照的に、出資者のセレスティナは微妙な目つきをしている。それでも、キャンプみたいで楽しそうだと盛り上がり始めたので半ば諦める形で受け入れた。



 各自は寝袋や自分の荷物を持って3階へと移動を始める。

 階段の踊り場を靴の履き替え場所として、上履きと外履きの境界線とすることも決めた。


 次に決めるのは部屋割りだ。

 部屋割りといっても実際に選択肢はなかった。他に誰もいないのだからどこでも好きに使えるが、寝袋で眠ることを考えると茶道部の和室とカーペットの敷かれたコンピュータ室の二部屋しか適した部屋がない。男女の人数差を考慮すれば数の多い男子は自動的に広いコンピュータ室が割り当てられるわけだ。


「コンピュータ室かー……」

 広いからと単純には喜べない。

 和室は何もないからいいものの、コンピュータ室はパソコンデスクが部屋いっぱいに並んでいる。まずはこれをなんとかしなければならない。

「邪魔だから全部端に寄せたいけど……」

「見ただけでもう疲れてきた」

 重そうなデスクにはデスクトップPCが2台ずつ置かれていて、それらを移動させるだけでも単純に重労働だろう。電源ケーブルやLANケーブルといった配線類が余計に面倒くささをワンランク上げている。男子たちは皆例外なくめんどくさそうな視線で室内を見渡した。


 見かねたゼニスが救いの手を差し伸べる。

「無限コンテナに移動しましょうか? あとから必要なときは戻せますよ」

 その名の通り無限の広さを持つコンテナらしい。無限サイズのコンテナとは? という素朴な疑問には「コンテナというのは概念で、実際にコンテナがあるわけじゃないですよ」と無限にわからない答えが返った。

 問題は頭で理解できるかどうかより、見た目で理解できるかだ。

「部屋の中全部綺麗にしちゃって」

 三毛が代表してゼニスに依頼し、ゼニスはその依頼を忠実に実行した。

 この世界に転移してきた時と同じように部屋の中いっぱいに青白い光が沸き立つ。それからすぐに光は一斉に消え去り、コンピュータ室は何もない空間となる。

 一足早く部屋の中に入り込んでいたオリバーも消えていた。


 オリバーは概念となった。


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