12.帰ってきたユーイン
「みなさん! 靴を持ってきました!」
突然頭上から声がする。生徒たちが声の方向を見上げると、2階からゼニスが身を乗り出すように立っていた。
「ゼニスさまーーっ」
飼い主を見つけたペットのように、ターコイズが吹き抜け部分をぽよぽよ飛んでいく。ゼニスが手繰り寄せるようにして両手で受け止め、ターコイズのこめかみあたりを優しくなぞってやった。
「靴は教室のベランダに並べておきましたよ」
ターコイズの触感を楽しみながらゼニスが言う。麗央が感心したように口を大きく開いた。
「よく下駄箱わかったねー。今日は休日だったから皆いつもと違うところに靴入れてたのに」
そのせいか。ゼニスが恨めしそうな目で言葉を返す。
「だから時間かかったんですよ……」
「でもゼニスさま、この間に冒険者登録をしたんですよーー」
「そうなの? すごい! さすがです!」
今度は尊敬の目で麗央を、それから他の生徒たちを順に見回した。
「ま、とんだ荒くれ者でいつ死人が出てもおかしくない状況だったけどな」
満が遠い目をしている。
「ゼニスさま、今のは嘘ですよ」
「でしょうね」
ゼニスが階段を降りるとセレスティナが待ち構えるように立っていた。
「先生、私たちってここで寝泊まり?」
「はい! 宿代もかかりませんし」
本当は考えていなかった。セレスティナはなかなか良い質問の仕方をしてくれた。
「いい子ちゃんポイントですね!」
「じゃ、布団買ってきて」
「え?」
いい子ちゃんポイントは神様を使いっ走りにする権利ではないのだが。ゼニスが何か反論しようとする前に
「あ、支払いはこれ使っていいから」
セレスティナが財布から取り出したカードを差し出した。
「使用人用ブラックカード……」
あまり神が手にすることはなさそうなカードだった。「使用人……」とゼニスは言葉を繰り返す。口に出すと余計に悲しみが募る。
「全員分な。よろしく」
「そんなー! 今戻ってきたばっかりですよー」
「床で寝たら体痛めて球技大会勝てないだろ」
「そんなー! 今戻ってきたばっかりですよー」
「ゴー!」
「鬼ー!」
泣きながら姿を消した。
ゼニスが買い物に行ってから数分後。
連絡通路のドア、というか実質的には玄関のドアのほうから足音が聞こえてきた。誰か入ってきたようだ。
「もう戻ったのかな」
烈火が近付いてみると
「あれ、ユンユンおかえり」
ギルドに入ってきたのはユーインだった。
「え? ユンユン?」
「まさかもう登録証無くしたの?」
「いや俺たちに会いたくなったんだろ。みんなでハグしてやろう」
オリバーに皆が賛成し、我先にとユーインを抱きしめていく。
6人くらいから抱きつかれた状態になったあと、ユーインはようやく声をあげだした。
「違う! そうじゃなくて!」
だいぶ強めの否定。
リッキーが第六感を働かせる。
「この世界はハグじゃないんだろ」
「確かに。祝福のダンスで親愛を表現するのかもしれない」
三毛が気味の悪い動きで踊り始めるので
「それも違う」
ユーインは耐え切れず短い言葉で否定した。
「登録証を受け取ってうっかり帰っちゃったけど、それじゃ意味ないんだよ」
一瞬空気が落ち着いた隙にユーインが言葉を滑り込ませると、琥太郎が顔を真っ青にする。
「粗品はないよ?」
変に突っ込むと長くなるかもしれない。そう思ったユーインだったが、それも不正解だったのかもしれない。
「寄せ書きしてあげよう!」
三毛が色紙を取り出した。
広がる歓声。
ユーインは胸の中で舌打ちしてから本題を切り出した。
「チッ! 依頼だよ! っと間違った」
「えー? こわーい?」
雪祭は大して怖がってもいない表情だ。気を取り直してユーインがゆっくりと話を再開させた。
「冒険者になったんだから、次は依頼を受けたいんだよ」
そこまで聞いて、ようやく三毛たちが納得の表情に変わり始める。ターコイズが長机の書類から目当てのものをすぐに見つけ出した。
「依頼書リストがこちらにありますよーー」
さっそく閲覧しようと胸を高鳴らせるユーインを追い越し、三毛と琥太郎が依頼書を吟味し始める。
「何がいいんだろねー」
三毛がパラパラと依頼書をめくっているが、真剣に検討している様子は微塵もない。
「俺が自分で探すんじゃ?」
「そんな! お客様なんですから座って待っててください」
口うるさい客は半ば強引に椅子へ座らされてしまった。
「私たちに全てお任せください」
琥太郎がすまし顔で言う。客の希望なんか聞かん。という信念だけはセリフから伝わった。
「これかな。バーニングドラゴン討伐」
「まあドラゴンならどこに出しても恥ずかしくないか」
三毛たちのやり取りをぼんやりと聞きながら、どこか他人事のように感じているユーイン。だってドラゴンだし。
「ではこちらで進めますね」
「おっとっとー!」
気を抜いてはいけないと改めて自戒し、ユーインは慌てて軌道修正を図る。
「まだ成りたてなんで! できたら最初は害獣駆除とか、そういうのが助かるなあ」
琥太郎が渋々「さっきあったかも」と依頼書を遡っていった。それからほどなくして「おっ」と小さく声を上げる。
「ジャイアントスパイダー駆除」
それだ! ユーインが瞳を輝かせたが、三毛の表情が沈んでいる。
「クモは獣じゃないから違うね」
「いえ、それですね」
闘わなければいけない。クモの前にまず三毛と。
「えっクモは獣なの?」
「いえ、そこではなく。とりあえず、その依頼でお願いします」
意識して事務的に。
琥太郎が「いいんじゃない?」と同意してくれたおかげで、三毛が依頼書をさらに詳しく読み進めていった。
「10匹単位で鋏角を回収してくればいいんだって。回収って、ここに持ち込むの?」
「クモかー。苦手だな」
敵はまだ潜んでいた。
言葉の主はリッキーで、ユーインは「嘘だろ?」と言いたげだ。
「では違う依頼にしましょう」
「?!」
三毛は無慈悲なまでにこの件を終了してしまった。外顎を抱えてくるはずだったユーインは頭を抱えている。
次に目ぼしい依頼を見つけたのは三毛。
「エボニーウルフの駆除。これは獣!」
当たりくじを引いたみたいに喜び、それから姿勢を整え直す。
「こちらの依頼はいかがでしょう」
「拒否できないよね?」
ユーインがそう答えるのと一緒に
「回収物は?」
リッキーの声が重なる。
「俺に聞いたんじゃないのかよ……!」
客を置き去りにしたまま三毛は依頼内容の確認に余念がない。
「回収物はねー。魔核だって。これって怖い系?」
今度の質問は自分に向けてのもので間違いなさそうだ。目が合っているし。ユーインは深くため息をついた。
「ほんとにギルド職員かよ……。魔核ってのは、ん-。鉱石みたいなもんだな」
回答を受けて三毛がリッキーに視線を移す。
「許可します」
◇
意気揚々とギルドの外に飛び出していくユーインの後ろ姿を、三毛たちは穏やかな表情で見送った。
ふと思い出したように三毛が手元の依頼書に視線を落とす。
「Eランク向けって書いてある」
「ユンユンて何ランクだっけ?」
「ユーインだからUランクじゃない?」
「めっちゃ下じゃん」
「あはははは」
笑いあう仲間たち。既知のギャグだというのに倫子は涙目だ。
ユーインもこのあと涙目になっていた。




