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アンノウン・ブレイブ  作者: 染井Ichica
4章 境界の王と赤き翼の守り人
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 彼はにっこりと笑う。

「真名解放で今は平気だがもうお前の体は限界だし、何より静の魔力は尽きる寸前だ。ユーティスフィア、聡いお前ならどうすればいいかわかるな?」

 有無を言わせない威圧感。ユーヤは唇を噛みしめていたが、すぐにシズカの元に戻った。そして待機していた救護班に声をかけ、シズカを運んでいく。フィールドには剣士とミコト、もう一人の使い魔、そして無様にのたうちまわっていた魔法使いだけが残された。観客がざわついている。

「……あんたの勝ちだ」

 剣士が淡々と魔法使いに告げる。虚ろな表情をしていた魔法使いがその言葉に反応する。

「……勝ち?ユーティスフィアに?」

「ユーティスフィアは棄権したからな。おめでとう」

 思わず私は言葉を失う。ミコトも唖然としていた。

 圧倒的だったユーヤではなく、脅迫等数えきれないほどに卑怯な手を使った相手が勝った。こんなのあんまりすぎる。

 魔法使いは呆けていたが、やがて歪んだ表情を浮かべた。

「つまり、俺が……最強……!?」

 だが、それは勘違いだったとすぐに気付く。彼を見下ろす剣士の目が笑っていなかったからだ。目以外は笑顔のまま発せられた殺気はあまりに強大だった。

「確かに手段を選ばないのは潔い。でもな、お前は最強の器じゃない。最強を名乗るつもりなら、この俺、そう《青の勇者》の使い魔こと《三千世界の英雄》マウリッツ・ランドールに勝ってからにしやがれ、この小悪党が!」

 最強の使い魔を持つと名高い《青の勇者》。あぁ、だから彼の正体に気付いた観客が驚いていたのか。ユフとは長い間連絡を取っていなかったから面識が無かったけれども。

「鎮目、オリジナルが世話になったな。此処は俺が始末していいか?」

〈では私は先にこの男を使い魔保護法違反及び脅迫罪で告訴してきます〉

 魔法使いの使い魔も何か企んでいる様子でフィールドから立ち去る。最強の使い魔は鞘を元の場所に戻しながら魔法使いにゆっくりと歩み寄る。魔法使いは震えあがるだけで逃げることすら出来ないようだ。ミコトはもう試合自体は終わっているので巻き添えになるのを避けるためか、いつの間にか客席に避難してきていた。要領がいいやつ。

「……親が子供の喧嘩に口を出すのは野暮だが、こういう本人が与り知らぬ形で危害を加えられたらきっちり制裁するのは道理にかなってるよな」

 金の瞳が見覚えのある横暴な緑に光り始める。

「おいてめぇ、うちのせがれによくもまぁやりたい放題してくれたな?」

 倅、つまりは息子。今までの色んなことに合点した瞬間だった。



 赤い赤い死の世界。

 僕の血から愚かなる人の手によって作られた化け物が放った炎のブレスは建物をも融解し、味方のはずの逃亡した僕を追ってきた《赤羽根》達を一瞬で白骨へと変えていた。そして残骸は消えない炎の中で今も燃えている。

「誰も、生きてない……?」

 その時だった。

 微かな呻き声と物音。僕は思わず走っていた。

 そこには一人の《赤羽根》が倒れていた。煤にまみれているが怪我自体は信じられないほどに軽い。この状況下でそれは明らかに異常だった。

「まさか」

 軟禁されていた時に一度だけ感じた《黄泉帰り》の気配。《黄泉帰り》ならちょっとやそっとじゃ死なない。

「生きてた……!」

 彼の瞼が微かに揺れた。生きている証拠に涙が零れてくる。僕はその目じりを伝う雫を指先につけ、剥き出しになっている頬に魔方陣を刻んだ。僕の体から流れていくなけなしの魔力と逆に流れ込んでくる彼の記憶。間違いない。あの時の生を嫌った幼子だ。

 この状況下で彼を生かすためには。

 精霊の王が一柱である僕の《真名》を譲り渡そう。

「僕の名前は境界精霊《 トミテ・ランドール 》。ユーティスフィア、僕の祝福の子、またいつの日か巡り逢おう」

 そして再会は一年後。それは想像していたよりもずっと早く、平凡で。

 初めて彼から手が伸ばされる。

「初めまして」

 ああ、君は僕を知っているのに知らないふりをするのか。だから僕も初対面を装う。それでも抑えきれない歓喜に手が震える。

「初めまして、僕がシズカだ」



 幸せな夢を見ていた。魔力切れ寸前の霞んだ思考回路はぼんやりと景色が変わっていたのを認識する。

 僕の傍らには長らく待ち望んだ赤い翼の守り人がいた。

「……ずっと待ってたよ」

 二度と離すものか。君を守るためにわざと気付かないふりをして遠ざけたのに、それでも君が最初に求めたのだからもう躊躇などしない。一生、否、その死後でさえもこの手の中で永遠に惜しみなく愛で続けよう。そしてずっと共にあり続けるなんてなんて素敵な終焉だろうか。

 僕は今までで一番幸せな気持ちだった。

「おかえり、ユティス」


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