第1話
言わずもがなですが、
「転生者カナリス提督(以下、略)」
の外伝で、1957年の夏が基本的な舞台になります。
その為に本編完結後の世界が、垣間見える話にもなります。
(尚、松江の欧州の旅路における話よりも、松江や周囲の此れまでの人生の旅路の話が多くなる予定です)
米内松江は、1957年春、東京女子医科大学入学試験に合格したことから、一念発起して、自分なりに第二次世界大戦等の戦跡を辿る欧州旅行に、一人で夏休みに赴くことにした。
尚、養母の藤子は良い顔をせず、松江を諫める事態が起きてもいた。
「本当に一人で行くの」
「ええ、一人で色々と行って考えたいの」
「でも、一人旅は危険よ」
「大丈夫、軍服を着ていくから」
「確かに軍服を着ても良いけど」
母子は、そんなやり取りをした。
松江と藤子の関係だが、血縁から言えば異母姉妹になる。
松江と藤子の実の父親は、米内洋六だが、藤子は洋六が結婚前に芸妓の小林千代に産ませた子で、松江は洋六の正妻の久子が産んだ子だからだ。
そんな異母姉妹が、養母子関係になったのは、第二次世界大戦の影響だった。
第二次世界大戦勃発に伴い、米内洋六とその妻の久子は、軍人として欧州に出征したのだ。
そして、藤子は弟妹を母代わりとして面倒を看る事態が起きた。
尚、この時の松江は1歳になったばかりで、藤子は小学5年生だったのだ。
藤子の実の母方祖父母が、幾ら藤子に協力したとはいえども、藤子としては、父にはともかく、養母の久子に遺恨を抱いても当然に近い事態だった。
その為に(松江の目からすれば)藤子は、藤子の義兄、松江の異父兄の仁に執着する事態が起きてしまったのだ。
松江の理解に依れば、父の洋六は初婚だが、久子は再婚だった。
更に言えば、洋六の兄の正一が若死にしたことから、父は正一の妻の久子と再婚したのだ。
(現実でもよくあることだが、兄が若死にしたので、弟が兄嫁を娶る事態が起きたのだ)
そして、正一と久子の間には、仁が産まれており、仁は洋六の連れ子養子になったのだ。
その結果として、仁と藤子は義兄妹になった。
更に仁と藤子は仲の良い兄妹として育ち、お互いに結婚したい、というようになったのだ。
(尚、松江からすれば、7歳年上の姉の早苗に依れば、
「藤子姉さんが小学生の頃だけど、仁兄さんは、半分は冗談のつもりで言っていた気がする。
仁兄さんにしてみれば、藤子姉さんは可愛い妹だったのよ。
でも、藤子姉さんにしてみれば、幼い頃から本気で結婚したかったようなのね」
という関係だったらしい)
ともかく、両親が欧州に出征したことは、まだ小学校に通う年齢だった藤子の仁への執着心を強めることになった。
そして、第二次世界大戦の後継戦争と、一般的には言われる第二次スペイン内戦の関係で、仁が海兵隊少尉として欧州に出征することになったことが、藤子を完全にキレさせた。
想い人の仁が戦死するかも、という心配から、未だに高等女学校2年生だった藤子は、仁に関係を求めることになり、松江の義弟の洋一を藤子は妊娠して、15歳にして未婚の母になる事態が起きたのだ。
ともかく、此処までの事態となると、仁は何らかの責任を取らざるを得ない。
藤子と欧州から帰還した仁は、正式に結婚したのだ。
そして、松江にしてみれば、藤子は実母同然の存在だった。
何しろ自分が1歳の頃に、実母の久子は欧州に出征しており、欧州から実母が帰還したのは、仁と藤子が結婚した後で、藤子が完全に育ての母だったのだ。
そうしたことから、松江は、
「私は、結婚した仁兄さんと藤子姉さんの養女になって、二人をお父さん、お母さんと呼びたい」
ということになり。
洋六や久子にしても、松江に対する引け目(結果的に、藤子が母代わりとして松江を育てたという事情)から、松江の我が儘(?)を聞いて。
仁や藤子も、松江の気持ちも最もだ、として、松江を養女にしたのだ。
そんなことから、自身が小学校に入学する頃から、松江は仁や藤子を両親として育つ事態が引き起こされていたのだ。
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