第85話「ドキドキの偶然はだいたい仕組まれている④」
ユウヒは満面の笑みを浮かべながら、すっとヤヤの隣へ並んだ。
「でもよかったぁ~。ヤヤ君が無事で♪」
「ぶ、無事って……一緒にいたのはレインだろ?」
ヤヤが不思議そうに首をかしげる。
ユウヒはゆっくりとレインへ視線を向け、にこりと微笑んだ。
「危うくヤヤ君が、この未成年誘拐の性犯罪者に襲われるところだったもんね~」
「ぶっ!?」
レインが盛大に吹き出す。
「だ、誰が性犯罪者よ!!」
「え?」
ユウヒは本気で不思議そうに目をぱちぱちさせた。
「違うの?」
「違うわよっ!!」
「そっかぁ~。本当だったらニュース速報だったよね♪」
ユウヒはわざとらしく咳払いを一つすると、アナウンサー口調で読み上げる。
「『高校生男子を一日中連れ回し、ホテルへ連れ込もうとした疑いで、自称ディズニープロの女性を――』」
「やめなさーーいっ!!」
レインが真っ赤な顔で飛びかかる。
しかしユウヒは、ひらりと身をかわした。
「ふふっ♪」
「もぉぉぉぉ!!」
レインは悔しそうに地団駄を踏む。
そのまま辺りを見回し、ある人物がいないことに気づいた。
「っていうか……カイトはどこよ!?あいつがバラしたのよね!?」
その言葉にヤヤも反応する。
「そういや見当たらないな。一緒に来たんじゃないのか?」
「ん?……ああ」
ユウヒは思い出したように頷く。
「カイト君?」
「そうよ!あいつこの状況で何してるのよ!」
「ん~」
ユウヒはいつもと変わらない笑顔で言った。
「私が殺したよ」
「……」
「……」
一瞬、本当に時間が止まった。
「……マ、マジなのか?」
ヤヤが恐る恐る尋ねる。
「冗談だよぉ♪」
ユウヒは肩を揺らして笑う。
「ちゃんと生きてる、生きてる」
「そ、そうか……さすがに冗談だよな」
ヤヤが少しほっとする一方、
ユウヒは顎に指を当て、小首をかしげた。
「うーん……まぁ」
少しだけ考える素振りを見せる。
「精神的には瀕死かな♡」
「「えっ?」」
ヤヤとレインの声が揃う。
ユウヒはそんな二人を見てクスっと微笑む。
「あとでゆっくりお話ししようねって約束したから」
「それだけであいつの寿命十年くらい縮んでるかも……」
レインは遠い目をした。
カイトの青ざめた顔が、ありありと脳裏に浮かんだからだ。
「まぁ、とにかく」
ユウヒは何事もなかったかのように微笑んだ。
「さっきも言ったけど、午後は私も一緒に回るね~♪」
「却下!!」
レインが食い気味に叫ぶ。
「今日はダメ!絶対にダメ!」
「えぇ~?」
ユウヒは困ったように笑う。
「なんで?」
「なんでも!」
「理由になってないよ?」
「と、とにかくダメなの!」
ユウヒは小さく肩をすくめると、ヤヤの方へ顔を向けた。
「ヤヤ君はどう思う?」
突然話を振られ、ヤヤは少し考える。
「……別に、一緒に回ればいいんじゃないか?」
「えっ?」
レインが固まる。
「俺達を探しに遠くから来てくれたんだろ?それにバイトもないみたいだし」
「……」
レインの心に、何かが音を立てて砕け散った。
(私の二人きりデート計画がぁぁぁぁ!!)
心の中だけで絶叫する。
対するユウヒは、小さくガッツポーズ。
(よしっ♪)
もちろん表情には一切出さない。
「ほら、ヤヤ君もこう言ってるし♡」
「ぐぬぬぬぬ……!」
レインは悔しそうに唇を噛む。
完全敗北だった。
「じゃあ決まりだね♪」
ユウヒは機嫌よく歩き始める。
「午後もいっぱい遊ぼう!」
「……うぅ」
レインは肩を落としたまま、その後ろをとぼとぼ歩く。
(カイト……あんた後で覚えときなさいよ……)
怒りの矛先だけは、しっかり共犯者へ向いていた。
***
三人はセンター・オブ・ジ・アースの列へ並ぶ。
待ち時間は五十分。
「結構並んでんな」
ヤヤが前を見ながら呟く。
「人気だからね~♪」
ユウヒはそう言うと、ごく自然にヤヤの隣へ並んだ。
「……っ!」
レインも負けじと反対側へ。
気づけば、
ヤヤを真ん中に挟む形になる。
(……な、なんだ?この空気)
ヤヤは少しだけ居心地の悪さを感じた。
そんなことなど気にも留めず、ユウヒはヤヤの袖を軽くつまむ。
「ねぇ、ヤヤ君」
「ん?」
「ほら」
ユウヒが指さした先には、二人で撮るタイプの記念写真。
「あとであれ、一緒に撮ろ?」
「え?」
「思い出になるし♪」
距離が近い。
笑顔も近い。
ほんのり甘いシャンプーの香りまで漂ってくる。
「……ま、まぁいいけど」
ヤヤは少し頬を赤らめ、思わず目を逸らした。
その反応を見たユウヒは、
(かわいい~♡相変わらずツンデレさんだな~)
心の中だけで微笑む。
一方、その様子を見たレインは、思わず拳を握りしめる。
(ち、近い近い近い!!)
(なんでそんな自然に顔を近付けられるのよ!?)
(しかもヤヤ君、ちょっと照れてるじゃない!!)
レインは勢いよく二人の間へ顔を突っ込んだ。
「ちょっとユウヒ!」
「なぁに?」
「近すぎ!」
「そうかなぁ~?」
「そうよ!」
「でもヤヤ君、嫌がってないよ?」
「っ!」
レインはヤヤを見る。
「や、ヤヤ君!」
「ん?」
「近い……よね?」
突然話を振られたヤヤは困ったように頭をかく。
「……その質問は……困る」
答えに詰まる。
正直、少し緊張はしていた。
だからといって「離れてほしい」と言うほどでもない。
その微妙な反応が、かえってレインには致命傷だった。
(ユウヒめぇぇぇっ!!)
レインの胸の中で警報が鳴り響く。
一方、ユウヒは勝ち誇るでもなく、ふわりと微笑んだ。
「ほらね♪」
その笑顔が、レインの対抗心にさらに火をつけた。
「じゃ、じゃあ私だって!」
勢いのままヤヤの腕へ手を伸ばす。
しかし――
「……」
触れる寸前で、ぴたりと止まる。
(む、無理ぃぃぃ!!)
急に恥ずかしくなった。
顔が熱い。
耳まで熱い。
結局、手は宙をさまよった末に、自分の胸の前へ戻ってしまう。
ユウヒはその様子を見て、小さく笑みをこぼした。
「レインちゃんって、意外とウブだよね♪」
「う、うるさいっ!!」
ちょうどその時、列がゆっくりと前へ動き始めた。
三人は肩を並べたまま、一歩ずつアトラクションの入口へ近づいていく。
***
センター・オブ・ジ・アースを楽しんだ三人は、ミステリアスアイランドを後にし、アクアトピアへとやって来ていた。
水路の上を縦横無尽に走り回るライドを見て、レインは目を輝かせる。
「これこれ!すっごく面白いのよ!」
「ボートみたいだな。」
ヤヤが水面を眺めながら呟く。
「甘いわね!」
レインは得意げに人差し指を立てた。
「これ、どこへ進むか分からないの! 急に回ったり、水が飛んできたり!」
「へぇ」
「油断するとびしょ濡れだから!」
「そうなの~?」
ユウヒがくすっと笑う。
「じゃあレインちゃんが一番危ないね♪」
「なによそれ!」
三人は笑いながらライドへ乗り込んだ。
ゆっくりと動き出す。
最初は穏やかだった。
「意外と普通――」
ヤヤがそう言いかけた、その瞬間。
ギュンッ!
ライドが突然九十度回転する。
「きゃっ!」
レインが思わずヤヤの腕を掴んだ。
「おっと。」
ヤヤも少し体勢を崩す。
すると今度は、水路の脇から大きな水しぶきが舞い上がった。
ザバーッ!!
「きゃあああっ!」
見事にレインだけが真正面から水を浴びる。
「ぷはっ……!」
髪の先から雫がぽたぽたと落ちる。
服もすっかり濡れてしまった。
「なんで私だけなのよ~!」
レインは頬を膨らませる。
その姿がおかしくて、ユウヒは思わず吹き出した。
「あははっ!」
「笑わないでよぉ!」
ライドを降りても、レインの髪からはまだ水滴が落ちていた。
その様子を見たヤヤは、自分のポケットを探る。
「レイン」
「え?」
「ほら、これ」
差し出されたのは、一枚のハンカチだった。
「髪くらいなら拭けるだろ?」
「……」
レインは一瞬きょとんとしたあと、小さく目を見開く。
「……貸してくれるの?」
「ああ」
ヤヤは照れくさそうに視線を逸らした。
「風邪ひいたら大変だし」
その何気ない一言に、レインの胸がどきりと鳴る。
「……あ、ありがと」
ハンカチを受け取る指先まで、少し熱くなっていた。
そのやり取りを、ユウヒは黙って見つめていた。
「……」
笑顔はそのまま。
けれど、ほんの少しだけ唇が尖る。
「ヤヤ君」
「ん?」
「私にもハンカチ貸して?」
「……いや」
ヤヤは首をかしげる。
「ユウヒ、濡れてないだろ」
「そっかぁ」
ユウヒは残念そうに肩を落とした。
「レインちゃんにだけ優しくするんだぁ~」
「な、なんだよ……」
ヤヤは慌てて否定する。
「困ってたから貸しただけで……」
「ふふっ。」
ユウヒはいたずらっぽく笑う。
「冗談だよ♪」
そう言いながらも、その瞳はほんの少しだけ悔しそうだった。
一方レインはハンカチを大事そうに握りしめる。
(なんだかんだ優しいんだから……ヤヤ君)
そんなことを考えている自分に気づき、さらに顔が熱くなった。
「よーし!」
レインは気持ちを切り替えるように両手を叩く。
「次のアトラクション行くわよ!」
「うん♪」
「……ああ」
三人は再び笑いながら、人で賑わうパークの中へ歩き出した。
***
午後五時過ぎ。
夕暮れの光が、ディズニーシーの街並みを琥珀色に染めていた。
昼間の喧騒は少しだけ落ち着き、人々の笑い声もどこか柔らかい。
メディテレーニアンハーバー近くのベンチ。
ケイとシルファは並んで腰掛けていた。
「疲れてないか?」
ケイが隣を見ながら尋ねる。
「ふふっ……大丈夫ですよ」
シルファは微笑んだ。
「とても楽しいです」
「そりゃよかった」
ケイも小さく笑う。
その時だった。
――ブルルルル。
ポケットのスマホが震える。
画面に表示された名前を見て、ケイは眉をひそめた。
「ん?カイトから電話だ」
「何かあったのでしょうか?」
こんな時間に珍しい。
ケイは通話ボタンを押した。
「もしもし。カイトか?」
『よかった……つながって』
いつものカイトの声だった。
だが、どこか違う。
妙に低い。
妙に真面目だ。
『ケイさん、今どこにいますか?!』
「シルファとディズニーシーにいるが」
『っ?!……ほ、本当ですか?!もしかしてヤヤ達と一緒ですか?』
「ヤヤ達か?さっき偶然会って昼飯を一緒に食べたぜ? まぁ、今は別行動中だがな」
『そうですか……』
一拍。
妙な沈黙が入る。
ケイの表情が少しだけ険しくなる。
「それより急な電話だな。何かあったのか?」
『俺も詳しくは分からないのですが』
カイトの声が低くなる。
『でも、ちょっと嫌な話を聞いたんです』
「嫌な話?」
『さっき』
雑踏の音が電話越しに混じる。
『たまたま公安の連中が誰かと電話してるの聞いちまったんですよ』
「公安?」
ケイの目が細くなる。
隣のシルファも空気の変化を察したらしい。
静かに表情を引き締めた。
『最初は盗み聞きするつもりなんかなかったんですが、聞こえた名前が気になって』
ケイの胸騒ぎが強くなる。
「名前?」
カイトは数秒黙った。
そして。
『五年前のホテル爆破事件』
その瞬間。
ケイの表情が変わった。
「……!」
『覚えてますよね?』
当然だ。
忘れられるはずがない。
五年前。
都内高級ホテルで発生した爆破事件。
死者多数。
負傷者数百名。
最悪級とも呼ばれた大量殺人事件。
そして犯人は――
事件直後に消息を絶った。
『俺達ジャスティスがずっと追ってたシリアルキラーの二人組』
カイトが続ける。
『行方不明になってたはずの奴らが今、このディズニーシーにいる可能性があるらしいです』
空気が変わった。
夕暮れの穏やかな景色が、一瞬で色を失ったように感じる。
「情報の確度は?」
『正直、分からないです……』
カイトは即答した。
『だから俺も半信半疑なんです』
『だが公安が動いて、しかもかなり慌ただしかった』
『ただの噂じゃないと思います』
ケイは立ち上がった。
その動きに迷いはない。
隣のシルファも同時に立ち上がる。
「あなた……」
「ああ」
ケイは短く頷いた。
「最悪のケースを考える」
そしてスマホを握り直す。
「とりあえずヤヤ達と合流する。何あったら連絡する」
『助かります』
カイトの声も真剣だった。
『俺も手の空いている何人かをつれて、今からディズニーシーに向かいます!』
「頼む」
通話が切れる。
夕暮れの風が吹き抜けた。
さっきまで心地よかった潮風が、今は妙に冷たい。
シルファが静かに口を開く。
「……本当に、その二人なのでしょうか。」
「分からない。だが本当のことなら一大事だ」
ケイは前を見据える。
パークは変わらず平和だった。
子供達は笑い、
カップルは写真を撮り、
音楽は楽しげに流れている。
だが。
もしカイトの話が事実なら。
この平和は、あまりにも脆い。
「行くぞ、シルファ」
ケイの声は低かった。
「嫌な予感がする」
シルファが頷く。
二人は足早に歩き出す。
沈み始めた夕陽が、長い影を石畳へ落としていた。
まるで。
これから訪れる何かを予兆するかのように。




