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第75話「天然たらしと暴走ピンク、町田のスーパーに挑む」



夏の終わりの町田は、夕方になってもどこか熱を残した風が吹いていた。

駅前の雑踏の向こう、沈みかけの太陽が街を金色に染めている。

学校帰りのヤヤは、少し重くなった肩を回しながら改札を抜けた。


「ユウヒは今日、日直の仕事だっけ……それにしても腹、減ったな」


つぶやきながらスーパーへ向かおうとした、その瞬間――

視界の端を、ひらりと桃色がかすめた。


「えっ!ヤヤ君?」


振り返ると、桃色のふわふわロングヘアが夕陽を受けて輝いていた。

レインだ。髪がいつもより整っていて、ツヤが増している。

その姿を見た瞬間、周囲の雑踏の音が不思議と遠のいた。


「レイン……なんで町田に?」


「え?なに、そんな意外そうな顔する? 髪切りに来ただけよ」


レインはくるりと髪を指先で持ち上げて見せる。

夕陽に透けて、桃色が柔らかく輝いた。


「へぇ……レインの美容室、町田だったんだな。

似合ってるよ」


「っ……!」


レインの耳が、見る見るうちに赤くなる。


(な、なにそれ……そんな自然に言わないでよ……!心臓止まりかけたじゃん……!)


気づかれないように深呼吸しながら、レインはわざと明るい声を出した。


「ヤヤ君、町田住みよね?今からどこ行くの?」


「スーパー。飯、買わないと」


「……そっか。じゃあ、さ。ついでに手伝ってあげよっか?」


「えっ!……ま、まぁ助かるけど……」


「“ありがとう”でしょそこは!!」


レインが頬をふくらませる。

ヤヤは小さくため息をつき、肩をすくめた。


「……ありがとう。助かる」


「うん、素直でよろしい!」


二人はスーパーへ向かった。


--

スーパーの自動ドアが開くと、冷房のひんやりした空気が迎えてくれた。ヤヤはカゴを手に取り、レインの横に並ぶ。


「今日、なに作るのよ?」


「ん?適当だよ。冷蔵庫、ほぼ空だし」


「もうっ! そういうのダメだってば。ほら、野菜買うわよ!」


「お、おい……」


レインは勢いよく野菜コーナーへ引っ張っていく。

その腕を掴むヤヤの手の感触に、レインは一瞬だけ固まった。


(い、意外と……手、大きいのね……)


顔が赤くなるのを必死にこらえながら、玉ねぎを一つ手に取る。


「野菜たっぷりのカレーとかどう?栄養満点よ!」


「カレーか。わるくないな。そういえばレインは、普段料理するのか?」


「ほぼ毎日するわよ」


「ふーん、そっか」


ヤヤは淡々と玉ねぎ、人参、じゃがいも、鶏肉、カレールー等をカゴに入れ、値段を確認していた。


「ねぇヤヤ君、一応聞くけど一番好きな料理は何なの?」


「……一番」


ヤヤはその質問を聞いて一瞬沈黙する。

それから「あっ……」と、頭にあるものが思い浮かぶ。


「そーだな。そうめんとカップ焼きそばかな」


「い、一ミリたりともキュンともしないんだけど……そもそもカップ焼きそばって……」


レインはため息をつき、やれやれと言った表情で呟く。

ヤヤは呆れた様子のレインを見て動揺を示す。


「そ、そんなのにキュンを求めるなよ」


「不健康よ、もうっ……普段からちゃんと自分で作りなさい」


「わ、わかったよ」


本気で心配したのか、レインは小声になりながらトマトもカゴへ。

それから二人は店内を歩く。

惣菜コーナーに近づいたとき、ヤヤが足を止めた。


「……おっ!半額か。ラッキー」


ヤヤが手に取ったのは、総菜の唐揚げ。

レインは目を丸くした。


「……ちょ、ちょっと待ってヤヤ君。さっきカレー作るって言ってたよね?」


「ああ。言ったな……明日つくるよ。今日はこれでっ……」


流されそうになったヤヤを引き留める。


「ダ、ダメよ!明日やろうはバカヤロウよ!」


「んだよ……旨そうなのに」


ヤヤは手に持った唐揚げをもとに戻す。

ちょっと寂しげな表情をするヤヤを見て、

レインはドキッとする。


(す、拗ねてる……か、可愛い……なんでこんなに可愛いのよ……)


心の中で転げまわっていると、ヤヤがふとレインの目を見つめた。


「な、何っ?」


「いや、そういえば自分の飯のことで心配されたのって……」


ヤヤはレインににこっと優しくほほえむ。


「……レインが初めてかも」


普段はクールでポーカーフェイス、何を考えてるかわからない鉄仮面男のヤヤが自分にだけ向ける優しい表情。そのほほえみは一瞬でレインの心臓の鼓動を速める。


「っっ!!!/////」


動揺のあまり、慌ててヤヤから少し距離をとる。

その時レインの左耳からポロリとイヤリングが床に落ちそうになる。


「おっと」


床に落ちる前にヤヤはとっさにキャッチ。

それからレインに近づき、その左耳へと手を持っていき、つけ直す。


「ほらよ、大事なものなんだろ?」


「……ふぇ、あ、あ、あ、ありがと」


――この人は天然の女たらしだ。

ヤヤが指先をそっと離すと、レインは顔を真っ赤にしたまま固まっていた。

夕方のスーパーの出入口から漏れる蛍光灯の光が、彼女の桃色の髪をふわりと照らしている。


「……大丈夫か?」


「だっ、大丈夫じゃないし!!」


「え、なんでキレ気味なんだよ……」


「キ、キレてない!!むしろご褒美……」


レインは胸を押さえたまま、背中を小刻みに震わせている。

理性と感情が真っ向から喧嘩しているのが丸分かりだった。


(き、綺麗すぎるのよ!あんたの顔……そ、それに耳に触られた……!しかもあの距離で“ほらよ”って……!乙女ゲームの攻略キャラか!?)


脳内のレインは地面をバンバン叩いて転げまわっているが、外側はどうにか平静を保とうと必死だ。


「……?」


ヤヤは本気でわからない、という顔。

レインはそのあまりの天然具合に頭を抱えた。


(なんでわかんないの!? いまの流れで気づかないの!?普通気づくでしょ!!)


自分でも訳わからなくなりそうだったので、レインは咳払いをし慌てて話題を変える。


「こほん!レ、レジ行くわよ!早く帰らないと晩御飯遅くなっちゃうわ!」


「そうだな。今日は頑張ってレインの言う通り、カレーでも作ってみるよ」


会計を済ませ、二人は店の外へ歩き出す。

レインはその背中を見つめ、深呼吸してから隣に並ぶ。

夕暮れの町田の街は、オレンジから群青へと移り変わり、街灯がひとつ、またひとつと灯りはじめていた。

アスファルトには細かい影が落ち、夏の終わり独特の湿った風がふたりの間を撫でる。

そんな中ヤヤはレインに今日の礼を言う。


「今日はありがとな。レイン。付き合ってくれて」


ヤヤが軽く袋を持ち直しながら言うと、

レインは胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。


「どういたしまして。ヤヤ君ひとりだとカップ麺とお惣菜しか買わなそうだし、逆によかったわ」


「そんなことねぇよ。たまには自炊だって――」


「焼きそばとそうめんは自炊とは言わない!」


「ぐっ……」


反論できず黙ったヤヤに、レインは小さくクスッと笑う。

オレンジ色から群青へ溶け込む空の下、町田の雑踏を歩くふたりの影が並んで伸びていく。


(なんか……いいわね、この時間。

 夕方の空気の中でヤヤ君と歩くの……こんなに、心が落ち着くんだ……)


レインは歩きながら、思わず横顔を盗み見る。

無表情に見えて、どこか優しげで、無防備で――


(……好き……)


喉元まで出かかる言葉を、レインは噛み締めて飲み込んだ。

駅前のロータリーが見えてきたところで、ヤヤが足を止めた。


「ここでいいよな?」


「……うん」


本当は、まだ一緒に歩いていたかった。

もう少しだけこの時間が続けばいいのに――そんな想いが、レインの胸をぎゅっと締めつける。


「レイン、ほんと助かったよ。後でちゃんと作った証拠、写メで送るよ」


ヤヤが素っ気なく言うが、その言葉にはちゃんとした感謝があった。

それが逆にレインにはこそばゆい。


「ふふっ……変なところで真面目なんだから!

……また買い物、手伝ってあげてもいいわよ?」


「いや、そんな頻繁に……」


「い、いいのよ!別に私は……っ!」


言葉が詰まる。

喉奥まで“作ってあげるよ、カレー”が来ているの

に、どうしても出てこない。


「……それよりレイン」


「な、なに?」


「いつか料理……俺に教えてくれよ!」


「へっ?!」


なにも悪気がない言い方。

それが余計にレインを悶絶させる。


(ほんとズルい……!なんで自然体でそんなこと言えるのよ……!)


胸の中で叫んでいると、ヤヤがふっと視線を逸らしながら尋ねる。


「ダメ……か?」


レインは一瞬息が止まった。

ヤヤが照れ隠しにそっぽを向いたまま続ける。


「料理……簡単なのしか作れねぇからさ」


「ヤヤ君……」


その言葉は、レインの胸に真っ直ぐ刺さる。

嬉しくて、泣きそうで、でも叫びたいほどドキドキする。


「しょ……しょうがないわね!私は厳しいわよ!」


「ああ!お手柔らかに頼む」


レインは一歩下がって、笑顔をつくる。

言いたいことは全部胸の中に押し込めたまま。

本当は――今日、私がカレー作ってあげる

と言いたかった。

ヤヤの横で浮かんでいた言葉。

喉まで出ているのに、勇気があと一歩足りない。


(……いつか言えるかな。

 いつか、ちゃんと。

 “私が作る”って……言える日が)


「じゃ、また」


「おう。気をつけて帰れよ。あ、そうだ。三週間ジャスティスの仕事休みなんだからゆっくり休めよな」


「ヤヤ君もね」


「俺は学校あるけどな」


そんな会話の後、ヤヤが軽く手を挙げ、レインは駅の階段を上がっていく。

背中が小さくなっていくのを、ふと振り返った。

夕暮れの風がやさしく吹き抜け、桃色の髪を揺らす。


――いつか、あの人の“帰る場所”をつくれたら。


胸に秘めた想いだけを抱いて、レインは改札の向こうへ消えていった。

実はレインのビジュアル公開してます!気になったら見てみて下さい!Xアカウントはこちら!アニメになってます。


@YAMATO870463134


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