第76話「新担任はまさかの……!」
――朝。青山学園高校。
ガラッ。
「……ふぁぁあ~~……」
浜中ユウヒが、ゆるゆると教室に入ってきた。
あくびの大きさだけは一流。小動物みたいに目をこすりながら、ふらふらとヤヤの隣へ着席する。
ヤヤがちらっと見る。
「……ユウヒ、顔が死人みたいだぞ」
「いやぁ……昨日さぁ、日直で掃除して……そのあと花屋のバイト行って……気づいたら朝……」
「あの後バイトもあったのか。それは大変だな。……まぁあんま無理すんなよ」
「は~い……」
ユウヒは突っ伏し、机にほぼ融合する。
そのとき、後ろの女子たちがワチャワチャと盛り上がり始めた。
「ねぇねぇ聞いた? 天草先生、家庭の事情で辞めちゃったって!」
「ええええええーーーーっ!?!?
天草先生推しだったのに!!無理!!つら!!」
「じゃあ担任どうなるの? 代わりの先生ってどんな人?」
「今日から来るんだって! しかも男の人!」
「え、イケメンの先生!?」
ざわざわ…ざわざわ…と女子のノリの混乱が広がる中、ヤヤはユウヒに小声でつぶやく。
「……ボスが亡くなったこと、やっぱり伏せられたままか」
ユウヒも静かにうなずく。
「うん……“家庭の事情”って便利だよね……」
チャイムが鳴る。
――キーンコーンカーンコーン。
全員が前を向いた瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
ガラァッ!!
「……っ!?」
教室中が固まった。
入ってきたのは、金髪・ピアス・ゆるゆるネクタイの男。
ワイシャツはボタンがまともに留まっておらず、ポケットには謎のシルバーアクセorタバコケース。
まったく隠す気のない夜職のオーラ。
クラス全員がざわめく。
「えっ……こわ……」
「新手のホスト??」
「なんで金髪……?」
「ピアス光ってるんだけど……?」
その男は、まったく気にせず黒板の前に立ち、“やる気90%欠損”みたいな声で話し始めた。
「……今日からお前らの担任になった東城カイトだ。教科は数学。趣味はパチンコと競馬」
(えええええーーッ!!)
全員の心の悲鳴が教室にこだまする。
カイトは続けて、まるで寝起きのようなテンションで言った。
「天草先生の代わりだから。……以上。プリント配るわ。誰か手伝って」
静寂。
ヤヤとユウヒはポカンと口を開けっぱなし。
(なんで……なんでカイトが……!?)
(えっ、ヤヤくん、これ夢じゃなくて? バグじゃなくて?)
そんな中クラスメイトの一人が勇気を出して手を挙げる。
ツインテールで眼鏡、制服の着こなしも完璧。
このクラスの 学級委員長・桐島ミサキ だ。
ミサキは椅子からスッと立ち、凛とした声でカイトに向き合う。
「質問があります!」
カイトはプリントを机に置き、気だるげに顔を上げる。
「なんだよ」
ミサキはぴしっと姿勢を伸ばし、勢いよく言った。
「あなた……本当に“先生”なんですか!?
だってどう見てもホストじゃないですか!!」
クラス中が
(言ったーーー!)
とザワついたのに、当のカイトは欠伸を噛み殺し、ひとこと。
「ああ。元ホストだよ?」
「え゛えええーーッ!!?」
教室が悲鳴に包まれる中、ミサキは青ざめ、さらに声を張り上げる。
「ほ、本当に!? 本当に元ホストなんですか!?
そんな人が……このクラスの担任なんて……無理です!!」
「……何が?」
ミサキは机を叩き、まるで校長みたいに言い放った。
「うちの学校の偏差値、知ってますか!?
名門中の名門ですよ!?
そんな人が数学なんて教えられるはずありません!!」
カイトは面倒くさそうに頭を掻きながら、ミサキを見た。
「じゃあ……なんか数学の問題出してみろよ」
「……へ?」
「答えられたら文句ないな?」
やる気ゼロの声。しかしその余裕満々の態度に、教室はざわっとなる。
ミサキは動揺しつつも、負けん気で胸を張る。
「い、いいでしょう! そこまで言うなら証明してください!!」
彼女はロッカーから分厚い数学の参考書を取り出し、
「ここから……東大レベルの問題を……!」
と呟きながら、黒板へ歩いていく。
そしてチョークを持ち、キュッ…キュッ…と黒板に数式を書き始める。
黒板に大きく書かれた数式。
∫(0→π/2) ln(sin x) dx = ?
ミサキはチョークを置き、胸を張って振り返る。
「これを解けるなら……認めて“あげても”いいです!」
クラス中が固唾をのんで東城を見る。
カイトは黒板をじっと見て、ため息ひとつ。
「こんな簡単な問題でいいのか?」
「は?」
「答え、-(π/2) ln2だろ?」
ミサキは一瞬固まった後、ワタワタと参考書を開き、解答ページを確認する。
「え、えっと……答えは……え……あっ、本当に……本当にそのまんま……!」
カイトはチョークを持ち直し、黒板にすらすらと手順を書き殴る。
「sinの積分は対称性利用して微分方程式に落として……はい終了」
教室の女子たちが悲鳴に近いざわめきを上げる。
ミサキは震える声で言う。
「な、なんでそんな……暗算で……」
カイトは肩をすくめる。
「夜の店ってさ、客の計算全部瞬時にやらなきゃいけねぇんだよ。
割り勘、延長、指名料、税率、サービス料……
数学できないとホストなんて務まんねぇって」
妙に説得力のある業界トークに、教室が静まり返る。
ミサキは唇を噛みしめ、負けを認めるしかなかった。
カイトはその態度を見て、ふっと口角を上げた。
「これで満足だろ?」
そして時計をちらっと見て、淡々と言い放つ。
「一時間目、英語だったな?
──準備しとけよ」
そう言い残し、教室を去っていった。
教室は静寂に包まれ――
次の瞬間、女子たちが一斉に叫ぶ。
「なんなのあの人ーーー!?!?」
ヤヤとユウヒは顔を見合わせて、同時にため息。
「……また面倒なことになりそうだ」
「だよねぇ……!」




