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第72話「二つの正義が引き金に触れる夜」

波打ち際に、冷たい風が吹き抜けた。

夜の海は静かだったが、その静けさは安らぎではない。血の匂いと潮の匂いが区別なく混ざり合い、肺の奥にまで重く沈んでくる。

月明かりに照らされた砂浜には、まだ温度の残る血痕が点々と続いていた。

波が寄せるたび、それらを洗い流そうとするが、完全には消えない。まるで、この夜に起きた“選択”そのものを拒むかのように。

ヤヤは、張り裂けるような声でアキトの名を叫んだあと、一歩、前に出た。

その背後で、レインが息を呑む。止めるべきか、それとも見届けるべきか――判断がつかないまま、喉の奥がひりつく。

一方、アキトはヤヤを真正面から見据えたあと、ふと視線を逸らした。

ほんの一瞬、何かを思い出すように。


「君はこの前、日和山公園で会ったよね?

僕のことをずいぶん知っているようだったけど」


淡々とした声。

だが、その言葉を聞いた瞬間、ヤヤの胸の奥で何かが軋んだ。

――ああ、そうだ。

目の前にいるのは、確かに幼い頃の面影を残した男だ。

無邪気に笑い、肩を並べ、同じ夢を語った、たった一人の親友。

それでも――

もう、同じ場所には立てない。

ヤヤは拳を握り締めた。

震えを抑えきれず、声が掠れる。


「よく知ってるさ……お前は俺の唯一の親友だった。そしてお前は一度死んでるんだ。俺の目の前でな……」


砂浜に、言葉が落ちる。

アキトの瞳が、ほんのわずかに揺れた。だが、それは一瞬だけで、すぐに氷のような冷たさへ戻る。


「ふぅん……たしかに僕は昔の記憶がない。君の言うことも本当なのかもしれない」


興味を示す素振りすらなく、アキトは話を続ける。


「だが、それがどうした。君が知っている“遊佐アキト”が死んだだけだよ。今僕はこうして生きている。今は僕が遊佐アキトさ。」


その言葉は、刃だった。

過去を切り捨て、絆を否定するためだけに研ぎ澄まされた刃。

レインが、堪えきれず一歩踏み出す。


「っ!!あんた、ヤヤ君の気持ち考えなさいよ!!親友とこんな形で再開するのがどれだけ辛いと思ってるのよ!!」


アキトは視線だけを向けた。


「君は誰だい?」


「ヤヤ君の仲間よ!!」


レインは震えながらも、言い切る。


「正義の殺し屋、ジャスティスのねっ!!」


その言葉に、アキトは小さく笑った。

夜の海に、乾いた音が落ちる。


「正義……?君の正義は何かな?」


レインは息を呑む。

胸の奥で言葉が渦を巻くが、形にならない。


「そ、それはっ……!」


沈黙。

答えられないレインを前に、アキトは覚めた眼差しで、はっきりと言い放つ。


「話にならないな。君の正義は安いようだ。悪を倒す自分がかっこいいとでも思ってるのだろう。」


その言葉は、レインの胸を正確に撃ち抜いた。

図星だったのか、否定できない自分への怒りか――感情が一気に溢れ出す。


「……っ!!じゃあ、あんたが考える正義って何なのよっ?!」


アキトは、自信に満ちた表情で答えた。


「僕はね……戦争こそが正義だと思っている」


「なんだと?!」


思わず、ヤヤが声を荒げる。

理解できない。理解してはいけない。


アキトは二人を見渡し、淡々と、自分の思想を語り始める。


「人類は誰かを切り捨て、踏み台にする競争によって進化してきた。僕は人類の進化のため今の日本のシステムをリセットしたい。そして永遠に戦争に満ちた世界を作る。それは強者のみが生き残る世界だ。素晴らしいと思わないかい?」


再び、沈黙。

波音だけが、一定のリズムで砂浜を叩く。

その音は、まるでカウントダウンのようだった。

ヤヤはアキトを睨む。

だが、その瞳に宿っているのは怒りではない。

深く、どうしようもない悲しみだった。


「……アキト」


低く、噛みしめるように言う。


「お前は本当に思ってるのか。

誰かを踏み潰して、その先に“正義”があるって」


アキトはすぐに答えない。

月を背に、静かに言葉を選ぶ。


「思っているよ。

人類はずっとそうやって進んできたじゃないか」


手に持つ銃を、わずかに上げる。


「争い、競い、奪い合った結果だけが

文明を前に進めてきた」


ヤヤの唇が震える。


「……だから、弱い奴は死ねって言うのか」


「違う」


声が鋭くなる。


「弱い者は、淘汰される。

それが自然だ。

生き残る価値があるのは、強者だけだ」


レインが思わず前に出る。


「それは正義じゃない……ただの選別よ!」


アキトは一瞥だけ向けた。


「感情論だ」


再び、ヤヤを見る。


「世界は優しさで救われたことはない」


ヤヤは歯を食いしばり、一歩踏み出す。


「……俺は違う!弱い者、力なき者、大切な人を守ることこそ正義だ!」


声が、夜を震わせる。


「どんな命にも、代わりなんてない。

誰かを犠牲にして得る未来に、意味なんてあるか!」


アキトの瞳が細まる。


「ある」


即答だった。


「淘汰の先に残った世界は、無駄がない。

争い続けるからこそ、人は進化する」


砂を踏みしめ、言い切る。


「もう一度言おう。僕は、この世界を一度リセットする。そして、強者だけが生き残る世界を作る」


ヤヤの声は、震え、やがて叫びへ変わる。


「それは間違ってる!!」


涙が、頬を伝う。


「それは……自分の理想のために、

他人の命を使い捨てにするだけだ!!」


アキトは静かに返す。


「理想のために命を賭ける。

それの何が間違っている?」


ヤヤは拳を握り締める。


「命は“賭け金”じゃない……!」


荒い息。


「守るものだ!!

命はそんなに軽いものじゃない!アキト!」


一瞬。

アキトの指が、引き金にかかる。


「理解できないな。

君とは仲良くなれそうもないね」


冷酷な声。


「だから、迷わず進める」


ヤヤは嗚咽を堪え、振り返る。


「……レイン。一人で戦わせてくれ」


「……っ!」


レインは唇を噛み、黙って頷いた。

ヤヤは、再びアキトを見る。


「お前とは戦いたくなかった」


涙を流しながら、叫ぶ。


「でも……お前の正義が、

誰かの命を踏み潰すなら――」


闇が、右手に集う。

蜻蛉の銃が形を成し、ヤヤはそれを自らのこめかみに当てる。


「それを止めるのが、俺の正義だ」


「アウトロートリガー……君も運命に選ばれし者ということか」


アキトも、白く光輝く銃を自身のこめかみに当てる。


「あの銃、アウトロートリガー……なの?!」


背後で、レインが息を呑む。

アキトは、ヤヤだけを見つめて言う。


「なら、証明しろ」


月明かりの下、二つの正義が向かい合う。


「どちらの正義が、生き残るに値するかを」


「アキト……お前を殺す」


波音が、一瞬だけ止んだ。


「「トリガーモードっ!!オンっ!!」」


次の瞬間――

世界は、引き金の向こう側へと踏み出した。

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