第29話「定食屋の謎の美女」
放課後。
夕焼けが街をオレンジ色に染める中、ヤヤとユウヒは並んで歩いていた。
「ねぇヤヤ君~。今日の私、ちょっと頑張ったと思わない?」
「お前……ある意味すごいな。人の恋路ぶち壊した奴のセリフじゃねぇぞ」
「だってあの子、ヤヤ君のこと“見た目が好き”って言ってたんだもん。あれはダメ~」
「……俺の恋路よりお前のメンタルの方が心配だわ」
そんな軽口を交わしながら、二人は「トラモント亭」と書かれた暖簾をくぐった。
カラン――と鈴の音が響く。
「おっ、空いてるな」
ヤヤが奥のテーブルを見た瞬間――
「……おい」
「……え?」
そこには、タバコをくわえた金髪の男が腕を組んで座っていた。
「カイト……なんでここに」
「ん? なんでって……メシ食いに決まってんだろ」
「それはそうだけど……」
「お前らこそデートか?放課後に二人で定食屋って、なんか青春してんな」
ユウヒがにやっと笑う。
「そうなの~。ヤヤ君がどうしても一緒にご飯行きたいって言うからさぁ」
「……誘ったのユウヒだろ」
「相変わらず仲いいな。まぁとりあえず座れよ」
カイトが面白そうに目を細めた。
ヤヤは頭をかきながら、ユウヒはいつも笑顔で椅子に腰を下ろす。
「お前らこの後ノクターン行くだろ? ボスが“話がある”とか言ってたし」
「あぁ、そうだったな」
「何の話だろうね~」
そんな会話をしていると、店のドアが再び開いた。
カラン。
「……あれ?何であんた達がいるのよ?」
レインが長い髪を揺らしながら入ってきた。相変わらず露出の高い、目のやり場に困る服装である。
「お、レインも来たか。奇遇だな」
カイトがこっちだと手を振りながらそう言う中、ヤヤは小さくため息をついた。
「なんでこう、偶然で全員集まるんだよ」
「運命ってやつだね~」
ユウヒがヤヤの肩に手を置きながら答える。
レインは皆がいるテーブルにやってきて、空いている席に座る。
「……で、何話してたの?」
「ん?いや別に――」
「ヤヤ君、今日ね~、ラブレターもらってたの」
「お、おいユウヒ……」
ヤヤが慌てて声を上げるが、ユウヒは悪びれた様子もなくニコニコしている。
「え~?別にいいじゃん。みんな仲間なんだし~」
「……ラブレター、ねぇ」
レインが静かにストローをくわえながら、にこりと微笑む。その笑顔は氷点下のように冷たい。
「で、その女……殺した?」
「ほら~!やっぱり私間違ってなかったじゃん!」
「いやあのさ、なんでお前らとりあえず殺そうとするんだよ。普通に考えておかしいだろ……」
便乗するユウヒにヤヤが呆れた顔で答える。そんなやり取りを見ながら、カイトが煙草をくわえ直して笑った。
「ま、しゃーねぇだろ。職業病ってやつだ。俺ら殺し屋だし、気にくわない奴を見たら反射で出ちまう」
「そんな反射いらねぇよ」
ヤヤがツッコむと、カイトとユウヒが同時に吹き出した。
「アッハハハっ!いいリアクションですね~!ヤヤ君~!」
「お前、ほんと苦労人だな」
ヤヤは額を押さえながら、深くため息をつく。
「……疲れが倍になる」
そのとき――
カラン、と鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
その声に、四人が同時に顔を上げた。
そこに立っていたのは、一瞬、時間が止まったかのような錯覚を覚えるほどの女性だった。
金色のポニーテールが夕陽を受けて輝き、青い瞳は透明なガラスのよう。
ふわりとした笑顔に、どこか儚げな影が差している。
白いシャツにエプロン姿――なのに、どこか場違いなほどの気品が漂っていた。
「……」
カイトの口から煙がゆっくりと漏れた。
「やべぇ……久々に、息止まった」
「はぁカイト情けないわ……まさか“殺す”じゃなくて、“見惚れる”方の反射とはね」
「う、うるせ。ヤヤだって綺麗だと思うだろ?」
「…………俺はそういうのよくわからん……痛い。誰だ。今足踏んでるの」
そんな四人を見て、女性はやわらかく微笑んだ。
「ふふっ……仲いいんですね。では……ご注文、伺ってもよろしいですか?」
――トラモント亭の空気が、少しだけ変わった気がした。
 




