第28話「ラブレター」
――ヤヤくんへ。
真剣な横顔が、どうしても忘れられません。
あなたの笑顔を見るたび、胸がぎゅっと締めつけられます。
放課後、屋上で待っています。どうか来てください。
――
朝の教室。
カーテンの隙間から差し込む光が、机の上の手紙を照らしていた。
三日前、風見シュウとの戦いが終わってから、ようやくいつもの日常が戻った――
……はずだった。
ヤヤは席に座ったまま、手紙をぼんやりと見つめていた。
封筒は薄いピンク色。文字は丁寧で、どこか震えているようにも見える。
「……ラブレター、ってやつか?古風だな」
小さく呟いた瞬間、心臓がどくんと鳴った。
下駄箱に入っていたこの手紙。差出人の名前はない。
“屋上で待っています”なんて、どう見ても告白の流れじゃないか。
「……なんで俺が、こんな……」
ヤヤがため息をついた、そのとき。
「おはよ~、ヤヤ君!」
軽い声と共に、教室のドアが開いた。
振り向くと、ユウヒが片手を上げて笑っていた。
制服の袖を少し折って、無造作に髪をまとめた姿。
その表情は、どこか悪戯っぽくて、目が離せない。
「ねぇ、あの時の傷もう平気? 三日前ボロボロだったじゃん?」
「ああ……まぁ、なんとか。回復したよ。てか、お前こそ大丈夫なのか?」
「んー、私?余裕だよ~。あれくらい、慣れてるし」
そう言って、ユウヒはヤヤの机に肘をついて、ぐいっと覗き込む。
その瞬間、ヤヤは慌てて手紙を教科書の下に押し込んだ。
「な、なんでもねぇよ!」
「え? 何も聞いてないけど?」
ユウヒはにこっと笑って、首をかしげる。
その仕草に、ヤヤの心臓がまた跳ねた。
「……なに隠してんの?」
「隠してねぇって」
「ふーん、そうなんだぁ。」
軽くつぶやいた瞬間――ユウヒの手が閃いた。
まるで風を切るような速さで、ヤヤの手元からピンクの封筒が奪われた。
「お、おいそれ返せって!」
「ん? なになに~、“ヤヤくんへ”……?」
ユウヒの声が一瞬で止まる。
空気が変わった。
そのまま、無表情のまま、ユウヒは手紙を一枚一枚ゆっくりと破っていく。
びり……びり……びり……。
「…………。」
破られた紙片が、朝の日差しの中でひらひらと落ちた。
そして次の瞬間、彼女は何事もなかったように笑顔に戻った。
「――ねぇ、今日さ、数学の小テストだよね? 勉強した?」
「……いや、えっと、その……今の、なんで破――」
「ん? 何の話?」
にこっ。
その笑顔、完全に“殺意を含んだ無邪気”だった。
ヤヤは思わず背筋をのばす。
「……な、なんでもない……」
小さく呟くと、ユウヒは肩をすくめて机に腰かけた。
「大丈夫だよ?放課後……私から断っておくよ」
「……俺から直接返事したほうがよくないか?」
「どっちが返事しても一緒でしょ?どうせヤヤ君が断るのわかってるから」
その声のトーンがほんの少しだけ低くなって、ヤヤは言葉を失った。
チャイムが鳴る。
何事もなかったかのように、ユウヒは隣の席に戻って教科書を開く。
ヤヤは机の上の紙片を見つめながら、心の中でそっと呟いた。
「……平穏って、なんだよ。」
--
放課後の屋上。
夕陽が傾き、フェンスの影が床を縞模様に染めていた。
風に髪を揺らしながら、藤堂アヤネは緊張した面持ちで立っていた。
青山学園で知らぬ者はいない“学園のマドンナ”。
成績優秀、容姿端麗、誰にでも優しい。
でも今の彼女は、胸の鼓動を隠せずにいた。
(来てくれるかな……ヤヤ君……)
やがて、屋上の扉が開く。
彩音は顔を上げた。
――そこに立っていたのは、ヤヤではなく、ひとりの少女。
「……えっ?」
「こんにちは~。風、気持ちいいね。」
ユウヒが片手をひらひら振りながら歩み寄ってくる。
制服のネクタイをゆるく結んだまま、口元にはいつもの微笑。
その無邪気な仕草に、彩音は戸惑いを隠せなかった。
「あ、あの……ヤヤ君は……?」
「ヤヤ君なら、先生に今捕まってるよ?だから代わりに来ちゃった。私は浜中ユウヒ。よろしくね~」
ユウヒは笑いながらフェンスにもたれる。
その声は軽い。けれど、どこか底が見えない。
アヤネは勇気を振り絞るように言った。
「そ、そうなんですね……その……あの手紙、私が出したんです。ちょっと……話したいことがあって。」
「へぇ~、手紙。下駄箱のやつ?」
「な、なんで知って……」
「ヤヤ君があんまりにも嬉しそうだったからね~。つい手紙見ちゃった」
ユウヒが目を細め、頬杖をつく。
「ヤヤ君」――その言葉を口にした瞬間、風が止まった気がした。
「……アヤネちゃんってさ、ヤヤのどんなところが好きなの?」
「えっ? えっと……もう一目惚れです」
一瞬、ユウヒの瞳が光を失った。
その微笑の形が、すっと崩れる。
彩音が気づくより早く、ユウヒは一歩、彼女に近づいた。
「……そっか。見た目か~。確かにヤヤ君は綺麗な顔してるよね」
「……は、はい」
「でも……きっとそんな浅い理由で好きになって欲しくないんじゃないかな~?」
「そ、そんな……!見た目だけじゃないです!!ヤヤ君、周りをよく見てるし優しいし、確かに最初は見た目から入りましたけど今は人柄も大好きです!」
「……ふぅん。そっか……そっかそっか~。あきらめてくれないか~」
その瞬間――ユウヒの笑みが消えた。
目だけが、ぞっとするほど冷たく光る。
「ねぇ……アヤネちゃん。この際もうはっきり言うね?……ヤヤ君に手を出したら――殺すよ?」
空気が凍った。
夕陽の色が血のように赤く見えた。
アヤネは思わず一歩下がる。
「えっ……え、なに言って……!?」
「冗談だよ~」
ユウヒはあっさり笑って、また肩をすくめた。
しかし、その“冗談”が本気だと彩音にはわかってしまった。
背中に冷たい汗が流れる。
そんな緊張を切り裂くように、屋上の扉が勢いよく開いた。
「おいユウヒ。なにしてんだよ」
ヤヤが息を切らして駆け上がってくる。
ユウヒは振り向いて、悪びれもせずに手を振った。
「あ、ヤヤ君~。今ちょっとガールズトークしてたの」
「お前のガールズトーク、殺意出てるじゃねーか……」
「え~、気のせいだって。ちょっと忠告しただけ」
「忠告ってレベルじゃねぇだろ……。アヤネさん、ほんとごめん。俺がユウヒに手紙を見られたのが失敗だった」
アヤネの目に涙が滲む。
彼女は小さく笑おうとしたが、うまくできなかった。
「……気持ちは本当に嬉しかった。ありがとう。でも……俺、そういうの、応えられない。」
その言葉に、アヤネの肩が小さく震えた。
「……わかりました。」
唇を噛み、涙をこぼす前にくるりと背を向けて、
彼女はそのまま屋上を駆け下りていった。
――静寂。
ユウヒはフェンスに背を預け、ため息をつく。
「……あーあ、泣かせちゃった」
「ユウヒが脅すからだろ……」
「いや~。だってムカついたんだもん。ヤヤ君に一目惚れとか言われたら」
ヤヤは呆れてため息をつく。
「お前なぁ……あんなのトラウマだろ?可哀想じゃねーか」
「いいじゃん。トラウマ植え付ければもう告白されないんだし」
「強引すぎる……」
「それよりこの後暇だよね?美味しい定食屋さんがこの近くにできたんだって!ほら!行くよ~」
風が吹く。
ヤヤはやれやれと思いながらユウヒの後をついていくのだった。




