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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【22】真っ当な悲しみ(新鮮)


〈楔の塔〉正門前にて、魔力を吸い上げる薔薇の蔓を操るローズは、〈楔の塔〉の水晶が剥がれ始めたのを見て、「よしっ」と拳を握った。

 おそらく、侵入した見習い魔術師達の誰かが、揺籠の水晶を抜くことに成功したのだ。

 水晶汚染がなくなれば、人間側は一気に攻め込むことができる。水晶汚染がなくなったことを確認したローヴァイン塔主が、周囲に突撃準備をするよう命じた。


(多分、ここからは混戦状態になる。フィンを保護できたら、見習いのみんなを脱出させないと……みんな、無事でいてくれよ)


 ローズが薔薇要塞を発動してから、既に一時間以上が経過している。

 それだけの時間、これほどの大魔術を維持しているという事実に、周囲の魔術師達は密かに戦慄しているのだが、実のところ薔薇要塞の維持だけなら、ローズにはそれほど苦ではなかった。

 なにせ、魔術の維持に必要な魔力を薔薇の蔓が吸ってくれるし、半分ぐらい勝手に動いてくれる。

 今は人狼だけ攻撃を避けるように制御しているので、それなりに消耗していた。言うなれば、手当たり次第に生き物を襲う化け物の手綱を握っているようなものなのだ。手綱を手放せばとても楽だが、ローズはこの手綱を手放さぬと決めていた。

 奪われた命は人喰い薔薇要塞が勝手にやったこと、と自分に言い訳をしないために。

 そうやって操る薔薇の一つ一つに意識を集中しているからこそ、ローズは誰よりも早く異変に気づくことができた。


「…………あれ? んん? んー?」


 水晶汚染が止まった瞬間から、〈楔の塔〉の魔力濃度は下がっていた。だから、薔薇要塞の侵略も容易になったのだ。

 だが、彼の薔薇が告げている。「北に異変あり」と。

 次の瞬間、地面が大きく揺れた。魔物の仕業か、あるいは地属性の魔術の攻撃だろうか? 地面は一度揺れたきり、特に変化はない。そのタイミングで、ローズの薔薇が遠方の異変を察知した。

 敷地の北側、第三の塔〈水泡〉周辺の魔力濃度が急激に上昇している。


「ローヴァイン塔主、突撃はちょっと待ってくれ! 〈水泡〉付近の魔力濃度が急上昇してる!」


 ローズの制止に、ローヴァインが顔色を変えた。


「あそこには魔力炉がある……水晶汚染か今の揺れで、誤作動を起こしたか?」


 魔力炉の扱いの難しさはローズも知っている。とにかく扱う魔力量が桁違いなので、暴走すると甚大な被害が出るのだ。最悪の場合、周囲一帯が魔力汚染されて人の住めない土地になる。

 ローズは北の方に回り込んだ薔薇の蔓を、第三の塔〈水泡〉付近に仕向けた。だが、その蔓が何者かに攻撃されて動きが止まる。


(土の魔力による攻撃? 魔物や精霊の攻撃とは違う……なんか魔術っぽい感じがする……もしかして……)


 モジャモジャ髪の下で、彼が目を鋭く細めたその時、アルト塔主が駆け寄ってきた。

 彼女はフィドルを奏でながら歌詠魔術でハルピュイアに対抗し続けていたので、随分と息が乱れている。それでもなお枯れていない声で、彼女は言った。


「エーベルの姿が見当たらない……!」


 三塔主の一人、〈楔の塔〉の闇を最もよく知る老婦人エーベル。彼女が姿を消して何をしようとしているかは、想像に難くない。

 その時、ローズは気がついてしまった。つい先ほどまで、ローズを護衛するように立ち振る舞っていた魔法剣使い──オットーの姿も見当たらぬことに。


 フィーネを殺して、次の契約者を据えたがっているエーベル。

 娘のフィーネを救いたいオットー。

 この二人が同時にいなくなった事実に、ローズは嫌な予感を覚えた。



 * * *



 セビルに肩車をしてもらい、〈揺籠〉の天井に刺さっていた水晶を抜いたレンは、その後すぐさま〈揺籠〉を脱出した。

 地下通路の至る所に張りついていた水晶は剥がれ落ち、地面に散らばっている。その水晶の破片を蹴散らしながら、レンとセビルは走った。


「流石にこれだけやらかしたら、魔物側もオレ達のこと、ほうっておかないよなぁ!? 別の道使う!?」


「行き止まりだったら、どうにもならん。強行突破だ!」


 地下通路は〈楔の塔〉内に繋がっている道もある。それこそ、ミリアム首座塔主補佐が使っていた通路があるはずなのだ。だが、それは〈楔の塔〉側から鍵がかかっている可能性がある。

 今は道を一つ一つ確かめる時間が惜しかったので、二人は庭師小屋に戻り、そこから庭園に飛び出した。

 庭園をうろついていたコボルト達の姿はない。ただ、庭を見ていると何やら違和感があった。


「なんかさ……木の密度、増えてない?」


 レンが呟いたその時、右斜め前方の木の枝が大きくしなった。

 セビルがすかさず、レンの腕を掴んで横に飛ぶ。ついさっきまで二人がいた場所を、太い枝が勢いよく通り過ぎる。まともにくらったら、骨折必至の勢いだった。

 同時に、他の木もザワザワと動き出す。

 セビルが曲刀を抜いて呟いた。


「木の魔物か……難儀だな。レンの達者な口が活かせぬ」


「オレのスーパー美少年オーラも通用しなさそうだな。あいつら目がないし」


「弱気になるな。植物も魅了してみせよ、美少年」


 コボルト程度の知能があれば、額の水晶で仲間の振りができたが、木の魔物にそれだけの知能があるとは思えない。

 木の魔物は人間を肥料にすることに執着すると、授業で聞いたことがある。奴らは地面を移動し、自ら肥料を取りに行くのだ。

 セビルの曲刀が木の枝をスパンと切り裂く。素晴らしい切れ味だ。レンだったら、斧を何回も振り下ろさないと切れないような枝である。

 ただ、敵の数が多い。じわじわと追い込まれている。いっそ、庭師小屋の中に立て篭もるべきか、とレンが考えたその時、パァン! と派手な炸裂音がした。


『キャハハハハハハ! 吹き飛べ吹き飛べみんな吹き飛べキャハハハハ!!』


「あぁ、悲しいです……聖女たる身でありながら、庭園を荒らすことになるなんて……わたくし、花も木も好きなんですよ、本当ですよ? あぁ、悲しい……」


「ヘレナさんが真っ当なことで悲しんでると、なんか新鮮っすね」


 ふわりふわりと漂う泡で、木の魔物の枝を粉砕し、太い幹をガツガツと斧で削っていくのは、討伐室のヘレナとリカルドだ。

 二人に声をかけようとしたレンの肩をセビルが掴んで止めた。

 ヘレナはこんな時でもおっとりとした態度で、レンとセビルを交互に見ている。


「まぁ……どうしてこんなところに見習いの方がいるのでしょう?」


 そう、本来なら見習い魔術師達は、魔物だったフィン、留守のオリヴァー、七賢人だったローズ以外は村で待機中ということになっている。この場に見習いがいてはいけないのだ。

 まして「魔女様に貰った不思議な飴を舐めて、地下から侵入しました」なんて言えるはずもない。

 レンは咄嗟に考えた。


(ここにヘレナさん達がいるってことは、だいぶ魔力濃度が薄くなってきてるんだ。だったら、オレらが揺籠で水晶抜いたことさえ伏せときゃ、魔女様の飴のことは誤魔化せる)


 つまり、「自分達は今ここに着いたばかりです!」という態度を貫くのだ。

 レンは健気でしおらしい美少年の表情で俯いた。顔の角度は重要だ。そこから流れるように美少年上目遣い。


「オレ達、ローズさんの力になりたくて……いてもたってもいられなかったんだ」


「それで、ついてきちゃったんすね」


 リカルドの言葉に、レンは内心「よし」と拳を握る。

 リカルドは「ついてきちゃった」と言った──つまり、レン達が大人達の後に出たと思っているのだ。

 実際のところ、見習い達は夜明け前に出発しているのだが、リカルドにはばれていないらしい。

 困り顔のヘレナとリカルドに、レンは愛嬌たっぷりに言い返す。


「もう来ちゃったんだから、諦めてよ。それで、戦況はどうなってんの?」


「自分達は北側の城壁壊して、乗り込んできたんです。〈揺籠〉の水晶を抜くために……ダマーさんなんかは命令無視して奥まで突っ走ってたんすけど」


 リカルドの説明に、ヘレナが辺りを見回しながら言った。


「既に誰かが〈揺籠〉の水晶を抜いたみたいですね……魔力濃度が薄くなってきているのを感じます」


 リカルドとヘレナが、物言いたげにレンとセビルを見た。

 どうやら二人とも同じ考えに至ったらしい。


「まさか、〈揺籠〉の水晶抜いたのって……」


 リカルドが言いかけたその時、地面が一度、大きく揺れた。

 揺れはすぐに収まったが、一体何だったのだろう。高威力の魔術による攻撃だろうか?

 ヘレナが素早く詠唱をした。どうやら、感知の魔術の類らしい。彼女は目を閉じたまま、グルリと北の方角を向く。その先にあるのは、第三の塔〈水泡〉だ。


「あちらの方角に異様な魔力を感じます。既存の感知術式では属性が分からない、混沌とした魔力が……」


「ヘレナさん!」


 その時、リカルドが叫んでヘレナを突き飛ばした。その直後、ヘレナの立っていた地面を氷柱が抉る。

 レンは咄嗟に上空を見上げた。ふわふわと空に漂っているのは、袖に氷柱のついた服を着た銀髪の小柄な少年だ。

 人の姿をした魔物は宙でクルリと身体を反転させ、体を上に、頭を下にして、レン達を舐めるように見る。


「うふふふ、冬が来たよ、終わりの季節が始まるよ……終わりの前に熱を頂戴?」


 氷を操る上位種の魔物に、〈嗤う泡沫エウリュディケ〉が反応した。

 けたたましい笑い声と共に、いくつもの泡が漂う。巻き込まれたら大惨事だ。リカルドがレンとセビルに声をかけた。


「ここは自分達が食い止めるんで。ひとまず逃げてください。ヒュッター教室の生徒さんに何かあったら……自分、ヒュッター先生に顔向けできないんで」


 レンとセビルは顔を見合わせ、小さく頷き合うと走り出す。

 今すべきは仲間と合流し、〈揺籠〉の水晶が抜けたこと、〈水泡〉の方角に異様な魔力反応があることの情報共有。

 そして、フィンを探して説得するのだ。それから、ティアの援護をして……とレンはすべきことを考える。



 この時のレンはまだ、フィンの末路を知らなかったのだ。


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