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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【15】肩車の名誉


 以前レンが訪れた魔女の家は、四季を集めた異形の庭を持つ古い様式の家だった。この部屋とはまるで別物だ。

 それなのに、レンは「似てる」と感じた。


(そうだ、魔女様の家は古代魔道具〈彩色庭園〉の力で作ったもの……でもって、この部屋は……)


 魔女の家と揺籠は、雰囲気も様式もまるで似ていない。だが、特有の作り物っぽさが似ているのだ。


「この部屋は、〈楔の塔カリクレイア〉の力で作ったものなんだと思う。勿論、後から持ち込んだ物もあるだろうけど、快適になるよう維持してるのは、古代魔道具の力だ。風の流れと光と熱と、あとは幻術もか? ……色んなことの複合魔術だと思う」


「ふむ。やはり、この部屋は特別なのだな。ここが〈楔の塔カリクレイア〉の揺籠で間違いあるまい。だが……」


 セビルが室内を見まわし、眉根を寄せた。


「水晶の鋲は、見当たらんな」


 神の子フィーネは、〈楔の塔カリクレイア〉に水晶の鋲を刺したことで、水晶汚染を起こしたという。

 この鋲を抜けば水晶汚染が止まり、魔力濃度が下がる。結果、魔物は弱体化し、人間が活動できるようになる……故に、鋲を抜くのはレン達にとって最優先事項だ。

 ただ、ここで問題になってくるのは、フィーネが〈楔の塔カリクレイア〉のどこに鋲を刺したかだ。

〈楔の塔カリクレイア〉は塔の形をした、超大型古代魔道具である。第三の塔〈水泡〉が〈楔の塔カリクレイア〉だろうというのが見習い達の推測だ。

 その上で、レン達が一番怪しいと踏んだのが、地下室にある〈揺籠〉である。ここが、〈楔の塔カリクレイア〉にとって重要な場所であることは間違いないからだ。


 ──だが、室内の見える範囲で水晶の鋲はない。


 セビルが天井を見上げて呟く。


「この部屋にないとなると、この上にある第三の塔〈水泡〉か? 封印の多い蔵書室など、いかにも怪しいが」


「いや、あるなら多分この部屋だ」


 レンは断言した。

〈楔の塔〉の襲撃にレンは居合わせていない。だが、その時のことはユリウスやゲラルトから詳しく聞いている。


「魔物の襲撃があって、フィーネって子が魔物と接触して、水晶の鋲を刺して……って騒動の時、各塔は防衛戦をしてたらしい。第三の塔〈水泡〉はアルト塔主とローヴァイン塔主と、あと管理室のオッサン達が守ってたらしい。フィーネが出入りするのは無理だ」


「つまり、〈楔の塔カリクレイア〉に相当する箇所で、フィーネが出入りできたのは地下の揺籠だけ、というわけか」


「ただ、地下通路も可能性はゼロじゃないからなぁ……」


 レンが弱音を零していると、セビルが燭台に手をかざした。

 最初は遠く、少しずつ近づけて、最後は火に指先で触れる。


「この火も本物の火ではなく幻術か。確かに煤がないわけだ。お手柄だぞ、レン」


「まだ、見つけてないのに、お手柄って言われてもなぁ……」


「否、お前は幻術の可能性に言及したであろう? 見えているものが全てではないのだ」


 幻術──と言われて真っ先に思い浮かぶのは、彼らの担当指導員。〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターだ。

 自分達は幻術使いの生徒なのだ。ならば、この可能性はすぐに気づかねばいけなかった。


「見えないだけで、この部屋のどっかに刺さってるってことか!」


 レンは壁に手で触れてみたが、水晶の鋲らしき感覚はない。

 こうなったら、セビルと手分けをして、壁を端から端まで調べるか、と考えるレンにセビルはニヤリと笑った。


「まぁ、待て。わたくしは気づいたぞ。〈楔の塔カリクレイア〉は名前の通り、魔物を封じる楔なのだ。楔とは、何処かに打ち込むものであろう?」


「んー……まぁ、確かにそうだよな。楔だもんな」


「楔の塔は地に打ち込まれたのだ。なれば、地上と地下の境目は重要な箇所であるはず」


 重要なのは、楔が打ち込まれた地上と地下の境目。そしてここは地下室。

 ともなれば、セビルの言葉がどこを指しているかは明白。

 レンは天井を見上げた。


「地下室の天井!」


「そういうことだ。さぁ、このわたくしが肩車をしてやろう」


 確かに、家具を足台にするより肩車の方が手取り早い。

 しゃがむセビルの肩に乗り、レンは苦笑する。


「一年前のオレに教えてやりたいよ。お前、本物のお姫様に肩車されるんだぜ、ってさ」


「ここを出たら、存分に自慢するが良い。このわたくしから肩車の名誉を賜りし美少年とな!」



 * * *



 敷地西側では、両陣営の最高戦力同士による熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 剣を構えるは、ヴァルムベルク辺境伯ヘンリック・ブランケ。対するは、上位種をも凌ぐ最強の下位種〈原初の獣〉。

 両者の戦いは拮抗していた。この水晶領域内において、〈原初の獣〉はあまりにも強すぎる存在だ。その爪の一振りで人体を真っ二つにし、毛皮は刃物も魔術も通さない。強靭な体は幾ら走っても疲れを知らず、人間よりも遥かに優れた脚力で獲物に飛び掛かる。

 その強さは本来、人間に絶望を与えるには充分すぎるほどなのだ。

 だが、ヘンリックは淡々と〈原初の獣〉の攻撃を捌き、僅かな隙を狙って銀の狼の眼球と口腔を狙い続けた。

 その愚直さに、〈原初の獣〉は憐れみと怒りを覚える。


(馬鹿が、狙う場所が分かっているのなら、回避は容易い。もっと工夫はないのか)


〈原初の獣〉の爪をヘンリックは受け流そうとする。〈原初の獣〉はすかさずそこに、全体重をかけた。人間如きの剣では、急所以外は傷つけられぬと分かっているからこその荒技だ。巨大な狼である〈原初の獣〉が全体重をかけてのしかかれば、人間の骨ぐらい容易く折れる。

 その瞬間、グルリと世界が回った。

 ヘンリックが剣を手放し、〈原初の獣〉の片足を掴んで引きずり倒したのだ。全体重をかけた瞬間にそれをやられては、流石の〈原初の獣〉もバランスを崩す。

 だが、この巨大な狼相手に武器を手放し、地面に引きずり倒すことを選ぶ者が、どれだけいるだろう。

 ヘンリックは素早く体勢を入れ替え、〈原初の獣〉の上に乗った。ただ、手放した剣が、微妙に手の届かぬ位置にある。

 故に彼は──。


「ふんっ!」


 ヘンリックは手の届く位置に放置されていたシャベルを拾い、〈原初の獣〉の右目に振り下ろした。

 激痛、あぁ、なんと懐かしい感覚か!

〈原初の獣〉は眼球を抉られながら、その勢いのまま頭部を傾けヘンリックの体勢を崩す。

 その隙に少し距離を空けると、喉を震わせカカカと笑った。

 あぁ、なんと愉快なことか! この〈原初の獣〉の目を、小さなシャベルで抉るとは!


「強者は武器を選ばぬか」


「いえ、ある物は何でも使う家なので……」


 あれだけの闘志を見せておきながら、口を開くとしょぼくれたことを言う。おかしな人間だ。

 ヘンリックは剣を拾い上げようとした。だが、その体がふらつく。彼は疲労とは違う、苦しげな呼吸をしていた。

〈原初の獣〉は今更気づく。自分達は戦っている内に、随分と〈楔の塔〉の敷地内部に入り込んでいたのだ。つまり、まだ魔力濃度が濃い土地だ。

 道理で、蔓薔薇が魔力を吸っているのに体調が良いわけだ。自分はまだ、魔力濃度が濃く魔物に有利な土地にいたのだから。

 人間にとって最適な土地は魔物にとって苦痛で、魔物にとって最適な土地は人間にとって苦痛だ。両者が対等な条件で戦うことはできない。

〈原初の獣〉は歯痒さに、グルグルと喉を鳴らす。


「人間よ。何故、ここまで踏み込んだ?」


 魔力濃度が薄い土地で踏みとどまれば良かったはずだ。

 それなのに、ヘンリックは心底不思議そうな顔で言う。


「……? 踏み込まねば、斬れぬではありませんか」


 ここで殺すのは惜しい。魔力中毒などで死なれたら、なお惜しい。これは長い生の中でも上位に入る実力者だ。上位種の魔物に匹敵する。

 無力化し、顔に印を残そう。〈原初の獣〉は全身に力を込め、ヘンリックに飛びかかった。



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