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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【2】作戦開始


 深夜、ティア、レン、セビル、ユリウス、ゲラルト、ロスヴィータ、エラ、ゾフィーの見習い魔術師八名は村を抜け出し、〈楔の塔〉の北にある小さな雑木林を目指した。

 先頭を道を知るティアが、その横を小さくなったアグニオールがトコトコと歩く。

 ティアとアグニオールの後ろに、セビル、レン、ユリウス。その次にエラ、ロスヴィータ、ゾフィーと続き、しんがりをゲラルトが守る並びだ。

 アグニオールは周囲に火をチロチロと浮かべていた。おかげで、ランタンの燃料を節約できる。

 やがて、ティアは土が盛り上がったあたりで足を止めた。


「ここ」


 ティアが盛り上がった土を払うと、分厚く重い板が出てきた。それを横にずらすと、地下に繋がる階段がある。

 ロスヴィータが「よく見つけたわね」と呟いたので、ティアは言葉を詰まらせた。

 言われてみれば確かにそうだ。飛行用魔導具で〈楔の塔〉の偵察に行っていたティアが、離れた雑木林で地下通路を偶然見つける……かなり、苦しい。

 だが、セビルが階段をランタンで照らしながら、サラリと言った。


「元より、目星はつけていたのだ。わたくし達は、ユリウスと手を組んで〈楔の塔〉の秘密を探っていたのでな」


 いかにもセビルが先導して、ティアに調べさせたような言いぶりだ。ロスヴィータはそれ以上は何も言わず、引き下がった。

 こういう時、サラリと言葉が出てくるセビルはやっぱりすごい。


「ここから〈楔の塔〉まで、真っ直ぐにつながっているとも思えぬ……到着まで、少し時間がかかるやもしれぬな」


「今の内に魔力中和キャンディ舐めておこうぜ。どこから魔力濃度が濃くなるかなんて、分かったもんじゃねぇし」


 レンの提案に全員頷き、それぞれキャンディを口に含んだ。

 レンが魔女から貰ったキャンディは、一日三回摂取することで魔力を中和することができるので、見習い達は予め三粒ずつキャンディを受け取っていた。

 ただ、ティアだけは、何の効果もないキャンディを用意している。魔物であるティアはこのキャンディがなくても、魔力濃度の濃い場所で活動できるからだ。

 魔女から貰ったキャンディは数に限りがあったので、節約しなくてはいけない。


(わたしが元の姿に戻れるキャンディも、残りはあと少し……大事に使わないと)


 ティアは何の効果もないキャンディを頬張り、口の中で転がしながら、耳をすませる。


(空には目玉鳥が少し。数は昨日の夜と同じぐらい……かな。地下からは何も聞こえない)


 かつてフィーネに飼われていたティアが逃げ出した時、カイが使った通路がおそらくこれだ。


(わたしはこれから、あの鳥籠に行くんだ……)


 そこにフィーネがいるのだろうか。

 フィーネのそばにカイがいる。そのことをティアは殆ど確信していた。

 神を必要としていないカイ。

 神を名乗るフィーネ。

 これはティアの予想だが、この先には神を必要としている魔物がいる。そのために、カイはフィーネを用意したのだ。

 それでもティアは、フィーネに同情はしない。

 もし、フィーネが気持ちの悪い執着を向けたなら、突きつける言葉は決めているのだ。



 * * *



 人が一人やっと通れるぐらいの狭い道は、おそらくカイが移動する際に魔女の力で土を掘って作ったのだろう。

 見習い八名とアグニオールは地下通路を黙々と歩く。いつもはお喋り好きなアグニオールも今は静かだ。ティアも鼻歌を我慢した。

 地下は案外声が響く。ましてこの先には、耳の良いハルピュイアが──姉のカロンララが待ち受けているのだ。


(歌を歌ったら、ララお姉ちゃんはすぐに気づく)


 地下は進んだ距離が分かり難いので、歩き続ける時間が随分と長く感じた。

 ティアは比較的方向感覚が良いのだが、それは風を感じる空の話。ハルピュイアと地下はどうもあまり相性が良くないらしい。

 鋭敏な感覚がいまいち働かないティアに代わり、セビル、ユリウス、レンが歩数を数えたり、時間や方角をこまめに確認してくれた。なので、ティアは耳を澄ませることに全集中する。

 途中、足を止めてセビルが言った。


「思ったより、道が曲がりくねっている。〈楔の塔〉の地下に辿り着くのは、夜明け近くになるな」


「クク……〈楔の塔〉と援軍の混合軍は、既に動き出しているだろうな」


 セビルとユリウスの言葉に、レンが懐中時計で時間を確かめながら言う。


「できればオレ達は、混合軍が攻撃を仕掛けるちょっと前ぐらいのタイミングで〈楔の塔〉に侵入したいんだけど……タイミングが難しいな、これ……」


 理想は混合軍が攻撃を仕掛ける直前に侵入して、フィンを説得。〈楔の塔カリクレイア〉に刺さった水晶の鋲を抜いて、水晶汚染を解除。

 その上で、魔物達に水晶領域に戻るよう促すこと、だ。

 だが、ティア達が魔物に見つからずにそれを成し遂げるのは、ほぼ不可能だろう。だから、混合軍には〈楔の塔〉を包囲していてもらう必要がある。


(つまり、わたし達の侵入は、早すぎても遅すぎても駄目なんだ……)


 早すぎると、魔物達の警戒を強めてしまい、ローズ達のいる混合軍が不利になる。

 遅すぎると、フィンが混合軍に殺されてしまうかもしれない。


「ローズさんが、攻撃開始は派手にやるから、すぐに分かるって言ってたけど……」


 レンが呟いたその時、ティアの耳が風の流れをとらえた。停滞気味の地下の空気が明確に流れていく。


「この近くに、地上に繋がる出口があるよ」


 ティアが小声で伝えると、セビルが頷いた。


「ここからは会話は無しだ。静かに進むぞ」


 一同が頷き、足音を殺しながら進む。

 静かに進むのは苦手だ。歌いたい。風が欲しい──その時、ティアは周囲の魔力濃度が濃くなるのを感じた。アグニオールが纏う火が、少し大きくなる。

 それを見て、他の者も魔力濃度の変化に気づいたらしい。


 ──もうここは、〈楔の塔〉の地下なのだ。


(なんて濃厚な魔力だろう……首折り渓谷より、ずっと強い……これが〈水晶領域〉の魔力……)


 ティアが暮らしていた首折り渓谷は、〈水晶領域〉から少し離れたところにある。そこも、ハルピュイアが暮らすには充分な魔力濃度だったが、〈水晶領域〉はその比ではないのだ。

〈水晶領域〉で生きられるのは、上位種などの本当に力の強い魔物のみ。ティア達下位種は、あの濃厚な魔力のおこぼれに与っていたにすぎないのだ。

 今、この〈楔の塔〉にいる魔物達は、今までにない濃厚な魔力を得て、活き活きとしていることだろう。

 ティアだって、こんな状況でなければ、飛び回って悦びの歌を歌っていた。

〈楔の塔〉は既に、魔物の楽園と化してしまったのだ。


(魔女様のキャンディがなかったら、とてもじゃないけど、人間は生きられない……)


 狭い道を抜けたところで、明らかに周囲の雰囲気が変わった。先ほどまでは、無理やり土を掘り進めた風だったが、ここからは人の手が入っている。

 いかにも地下通路といった雰囲気だが、少しだけ道がひらけており、所々水晶で覆われている。おそらくここは、メビウス達が使っていた地下通路だ。

 ここのどこかに、かつてフィーネが暮らしていた部屋──〈楔の塔カリクレイア〉の中心。通称、揺籠があるのだ。

 そして、そこに刺さった水晶の鋲を抜くことが、勝敗を分ける。

 だが、ティアは妙な心地悪さを覚えた。


(おかしい。ここはあの部屋の近くの筈なのに……)


 同じ場所にいる気がしない。雰囲気が違うとでも言うべきか。

 それを上手く言語化できず、ティアが困惑していると、ユリウスも似たような様子で眉根を寄せて呟いた。


「なんだ? 俺が以前、侵入した時と何かが違う……」


 やはり、ユリウスも違和感を覚えているのだ。

 レンが口を開いた。


「なぁ、お前ら。頭脳派美少年が、気づいたこと言うぜ? ……〈楔の塔カリクレイア〉の中枢である揺籠に水晶の鋲が刺してあって、それが水晶汚染の原因なんだよな?」


「その通りだ。おそらく、地下のどこかに揺籠がある」


 ユリウスの言葉に、レンは強張った顔で辺りを見回した。


「……それにしちゃ、この辺って水晶が少なすぎねぇ?」


 ユリウスがハッと息を呑む。

 そうだ。ティアが上空から見た時、〈楔の塔〉は沢山の水晶で覆われていた。それなのに、肝心の中心部に水晶が少ないのは不自然ではないか。

 その時、ティアは右手側の奥から物音を聞いた。獣の足音だ。刹那、膨れ上がった強大な気配にティアの全身が総毛立つ。

 肩甲骨の辺りが疼く。羽根を広げて空に逃げろとハルピュイアの本能が叫んでいる。

 姿を現したのは、ハルピュイアでは勝てない、〈水晶領域〉で生きる強い魔物。


「よぉ、ガキども。遊ぼうぜ」


 銀の毛並みの狼──〈原初の獣〉だ。


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