【20】知りたいから、行くの
見習い達が反省のために閉じ込められている部屋は、セビルの手であっという間に作戦室へと変貌した。
流石にテーブルと椅子は持ち込めなかったが、紙とペン、それと書き物をするためのボードなどが持ち込まれているし、寝具も少し増えていた。燭台には火がついているし、ランタンも幾つか持ち込まれている。
「では、状況を整理するぞ」
見習い達はグルリと円陣を描くように座った。
座る順番は右回りに、ティア、セビル、レン、エラ、ロスヴィータ、ゾフィー、ゲラルト、ユリウス、ローズ、ルキエ──以上十名。
裏切ったフィンと、ランゲの里にいるオリヴァーを除くと、これで全員だ。
なお座る時、セビルはティアとレンに「近う寄れ」と手招きをして命じ、左右に座らせてくれた。なので、ティアはペフフンと機嫌良く喉を鳴らして、セビルの隣に座る。ヒュッター教室の仲間が横一列や縦一列に座ると、ティアはなんだか嬉しくなるのだ。
時刻はすでに夜。そろそろ皆、就寝を始める時間だ。
ティア達がこの村に到着したのが昼過ぎ。それから会議に参加したり、情報収集をしたりと奔走していたら、あっという間に日が暮れた。
今は全員、仮眠を取れるものは休み、暖かな夕食を食べたためか、少し顔色が良くなっている。少なくとも、ティア達が帰ってきた直後の暗い空気は、随分と払拭されていた。
(それはきっと、セビルがいたからだ。セビルはすごい)
無茶苦茶で横暴で高慢だが、敗戦の空気に沈む仲間達に発破をかけ、必要な休息と食事を摂るよう命じ、必要な情報を集めて次の策を練る。
セビルは群れを率いることができる、強い人間だ。
「まず、魔物を防ぐ壁について。これは上層部にも確認したが、明後日の深夜、日付が変わる頃が消滅のリミットだ。故に動ける時間は、丸二日程しかない。上層部は明日の午前中に決起のための演説を行い、明後日の早朝、〈楔の塔〉に総攻撃をかけるつもりだ」
セビルの発言の要点を、レンが紙にまとめていく。分かりやすくてありがたい。
「そして、その総攻撃作戦にわたくし達、見習いは含まれない。上層部はあくまで、見習いは非戦闘要員と共に留守番させる算段だ」
これは、未熟な見習い達を戦場には出せないという大人達の配慮が半分。
皇妹殿下のセビルを絶対に連れて行きたくないから、見習い全員留守番にして、セビルのお守りをさせようという意図が半分であるらしい。さっきレンが教えてくれた。
ゾフィーが不思議そうに口を挟む。
「時間がないのに、攻撃開始は明後日なのぉ? なんで、明日じゃないんだろ」
「戦力が揃っていないのだ。エラ、聞き込み結果は?」
セビルに促され、情報収集に奔走していたエラが口を開く。
「第二の塔〈金の針〉のローヴァイン塔主が、各地に助けを求めたそうです。なので、力を貸してくれる人達が到着するのを、ギリギリまで待ちたいのでしょう。ただ……」
エラは言葉を切り、眉根を寄せて難しい顔をする。
「助けが間に合うかと言われると、かなり難しいと思います。少なくとも皇帝陛下には、まだ〈楔の塔〉の現状は伝わっていないと考えるべきかと」
なにせ、魔物の襲撃は昨晩の出来事である。
早馬を飛ばせば、近隣の領主や魔術師組合には伝わるかもしれないが、それですぐに挙兵というわけにはいかないらしい。
(人間って、大変)
人間が人間を動かすには、お金や食料、あとは大義名分など、色々なものが必要なのだ。
なおハルピュイアの場合は、「目玉鳥が縄張りに来たー!」「生意気ー!」「追い払うぞー!」「おー!」「あ、天気良い」「みんなでお歌を歌って、ついでに追い払おう!」「わーい!」……と、こんな感じである。
レンが『ローヴァイン塔主(救援を求める)』という一文の横に『→多分無理』と書き足しながら発言した。
「ランゲの里とアクスの里からの救援が、ギリギリ間に合うかどうかだな。何事もなけりゃ、ヘレナさんとリカルドさんは、明日には着くだろうけど」
「うむ、聖女ヘレナの古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉は大勢の魔物と戦う時にこそ真価を発揮する。上層部は、彼女の到着だけでも待ちたいのであろうな」
レンとセビルが頷きあい、そこにルキエが控えめに言う。
「管理室から避難してきた人達も、持ち出した道具で、魔導具の武器や罠を作っているらしいわ。それの準備もあるのでしょうね。だから、明日は攻撃には出ない」
つまり、勝負は明後日早朝に始まる、というわけだ。
その上で、セビルは言った。
「次に我々の目的だ。上層部は魔物の殲滅と、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉〈離別のイグナティオス〉〈愚者の鎖デスピナ〉の奪還を目的としている──が、それはあくまで上層部の目的」
セビルは仲間達の顔をグルリと見回し、不敵に笑う。
「やりたいことがあるのであろう? 正直に言うが良い」
皆が、それを口にして良いのか迷っている。
そんな中、ポツリと言ったのはゾフィーだった。
「……アタシ、フィンに会って、話がしたい」
そこまで言って、ゾフィーは顔をクシャクシャに歪める。
「このままだと、フィンは殺されちゃうかもしれないんでしょ? そうなる前にさぁ、魔物は〈楔の塔〉を放棄して、〈水晶領域〉に帰りました……ってことにできないかなぁ?」
現実的に考えて、難しい話だ。
そもそも相手は魔物なのだ。基本的に話し合いは成立しないと思って良い。
ゾフィーは俯き、唇を噛んだ。
「無理言ってごめん……駄目だよね、こんなの……」
ゾフィー、とセビルがゾフィーの名を呼ぶ。静かに、力強く。
「よくぞ申した」
ゾフィーがパッと顔を上げる。
セビルは王者の風格で、ゾフィーを見つめている。
「その言葉こそ、我々が動くために必要なのだ。皆、言いたいけれど言ってはいけない、と口をつぐんでいたのであろう?」
寡黙なゲラルトが小さく頷く。
ロスヴィータが絞り出すような声で言う。
「……そうよ。フィンは魔物で、死なせたくないだなんて、アタシ達の個人的感情を優先させるべきじゃないってのは分かってる。でも……このままお別れなのは嫌」
ロスヴィータと同じ葛藤は、皆の胸にもあったのだろう。
レンが小さく「分かるよ」と呟くのをティアは聞いた。
そんな中、声を上げたのは意外にも優等生のエラだった。
「上層部は、私達を作戦に参加させないつもりです。それなら……」
エラは胸の前で拳を握り、前のめりになって言う。
「お、思いっきりやっちゃいましょう!」
ティアはペフフンと喉を鳴らした。これは皆を奮い立たせようとする、リーダーの声だ。
セビルとはタイプが違うが、エラもまたこの見習い達のリーダーなのだ。
エラの言葉を受けて、ロスヴィータが宣言する。
「そうね。それじゃあ、アタシの目的は『フィンとの対話』と『〈原初の獣〉を倒す』──この二つよ」
「ロスヴィータちゃん偉い!」
声を上げたのは、ユリウスの足の上にちょこんと座っている小さな獅子──アグニオールだ。
アグニオールは短い前足でユリウスの足を叩きながら言う。
「そうですそうです! 銀色狼なんてやっつけちゃいましょう! ほら坊ちゃんも宣言してください! 銀色狼をやっつけるぞーって!」
「クク、〈原初の獣〉に興味はないが……このまま上層部の言いなりになる気はない」
「坊ちゃん、素直にフィンに会いたいって言いましょむぐ」
ユリウスがアグニオールの口を塞ぎ、まだ発言していない者達に「お前達はどうなんだ」と問う。
ルキエは膝の上で手を握り、殊更静かに告げた。
「……私は行かない。フィンが決めたことなら、尊重すべきだと思うから。でも、あんた達が行くなら止めないし、誰にも言わない。必要な物があれば用意する。私はそういう職人でありたい」
「構わぬ。お前の意見もまた正しいのだ」
セビルが頷く。そうだ、裏切ると決めたのも、人のふりをすると決めたのもフィンなのだ。
ティアは知っている。
(フィンには、取り返したい誇りがあるんだ)
ティアが翼を取り戻したいと願ったように、フィンもまた取り戻したいものがある。
奪われた牙。あれはハルピュイアにとって風切り羽根に近い、誇りの形なのだろう。
その魔物の生き様を、ティアは否定できない。
フィンのことを思うティアに、ローズが穏やかに訊ねた。
「オレもフィンを死なせるのは嫌だな。ティアはどうだい?」
「わたしの考えは、ルキエに近いかもしれない。裏切るか、裏切らないか。戦うか、逃げるか。全部フィンが決めることだから」
同じことはそのまま、ティアに言える。
人を裏切るか、魔物を裏切るか。
戦うか、逃げるか。
全てはティアが決めることなのだ。その結果、ティアが命を落としても、どうか悲しまないでほしいと思う。
多分、フィンもそうだろう。
「わたしは知りたいの。知りたいことの答えはきっと、〈楔の塔〉にある」
上層部の人間がオレンジ色のハルピュイアを目撃したと言っていた。きっと姉だ。
ティアが大嫌いなあの子は今、魔物達に囲まれ何を思っているだろう。
ティアと同じ境遇の、人に大事な物を奪われた魔物のフィンは、今どんな気持ちなのだろう。
そして……。
(カイ……近くにいるんだよね? どこかで見てるんだよね? ……何を考えてるの。何がしたいの)
情報収集が終わるまで、あと少し。そんな予感がする。
考えて、考えて、いっぱい考えて、答えを出す日は近い。
「知りたいから、行くの」




