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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【10】国王陛下のニンジンアドバイザー

 反逆罪で捕えられていたユリウスを逃すため奮闘した見習い魔術師達は、一人を除き、村の集会所二階の一室、鍵のかかる部屋にまとめて軟禁されていた。

 本来なら男女で部屋を分けるぐらいはしそうなところだが、今の〈楔の塔〉はそこまでする余裕がないのだ。

 率直に言うと、見習い達を閉じ込めて、罪に問う余裕すらない。

 まして、見習いを〈楔の塔〉奪還作戦に連れて行くわけにもいかない。

 この軟禁は、見習い達の扱いに困った大人達が、ひとまず隔離しておいた……というのが正しい。

 家具などろくになく、雑魚寝用の毛布だけがある部屋の中、ゾフィーは頭から毛布に包まって膝を抱えていた。


「アタシ達、どうなっちゃうの……」


 ゾフィーの両手首には、金色の鎖のような模様が浮かんでいる。

 ミリアム首座塔主補佐が操る〈愚者の鎖デスピナ〉で施された封印措置だ。これのせいで、ゾフィーは魔力操作ができずにいる。

 ゾフィーは、同じように封印措置を施されたローズを見た。


「結局ローズさんって、何者なのぉ?」


「隣の国の、古い魔術師の家の当主だぜー」


「当主!? その家やばくない? 大丈夫?」


 ゾフィーとしては、「この人が当主で大丈夫か」という主旨の発言だったのだが、ローズは「当主が留守で大丈夫なのか」と受け取ったらしい。


「姉ちゃんが当主代理してるから大丈夫だぜ! 今頃、当主の座をもぎ取ろうと、色々やってるんじゃないかなー」


 何故それで大丈夫と言えるのか。

 だが、ローズはこんな状況でもいつものローズで、そのことにゾフィーは密かにホッとした。

 そこにロスヴィータがボソリと低い声で言う。


「まさかとは思っていたけど、〈茨の魔女〉のローズバーグ家だったなんてね……」


 険しい顔のロスヴィータに、ゲラルトが控えめに訊ねた。


「自分は、騎士の家の生まれなので、よく分からないのですが……〈茨の魔女〉のローズバーグ家とはつまり、ロスヴィータの家と同じようなものですか?」


 ゲラルトの疑問に、ロスヴィータは少し苦々しげな表情をした。

 その理由がゾフィーにはよく分かる。「古典魔術の名家」「呪術師の家」というのは、帝国とリディル王国では、政治的な立ち位置が全然違うのだ。


「〈茨の魔女〉のローズバーグ家と、〈深淵の呪術師〉のオルブライト家は、当主が宮中伯相当の地位を持つ、国王陛下の相談役よ。結構な重鎮だわ」


「リディル王国のオルブライト家は知っています……姉の嫁ぎ先なので……そんなにすごい家だったんですね……」


 ボソボソと応じるゲラルトに、ロスヴィータが眉根を寄せて半眼になる。


「あんたの家も相当大きいでしょ。辺境伯じゃない」


 そう。そうなのだ。どうやらゲラルトは、帝国西方を守護するヴァルムベルク辺境伯の実弟だったのだ。


「ゲラルトが、すごく強いってほんと? アタシ見てないんだけどぉ〜」


 昨晩合流した時、ゲラルトが返り血まみれだった。今は体の汚れを軽く落とし、着替えも許されているが、にわかに信じ難い。

 半信半疑のゾフィーに、ロスヴィータが真顔で言う。


「……ちょっと、とんでもなく、すごかったわよ」


 自分への評価も他人への評価も厳しいロスヴィータが、こう言うのだ。

 おそらく本当に、すごかったのだろう。


「滅相もない……僕は、家では軟弱者と毎日叱られていました。僕の兄は、剣で竜を討つような人なので……」


「ねぇねぇ、それって本当に人間?」


「割と人間業じゃないぜー」


 ゾフィーの呟きに、ローズがのんびり相槌を打つ。今だけはローズに同意だ。竜なんて剣で討てるような相手じゃない。まして単騎などもってのほかだ。

 ゾフィーはまじまじとゲラルトを見る。

 ゲラルトが今着ているのは、村人に借りた服だ。ただ、そういう服に違和感がない程度に、彼はいつも質素な服を着ている。おまけにとても食い意地が張っているので、貴族の家出身には見えなかった。


(ローズさんも、ゲラルトも、良い家の出身だったんだなぁ……てゆーか、ヴァルムベルク辺境伯って、セビルの好きな人だよね? まさか、そんな繋がりがあったなんてぇ……)


 ゲラルトは恐縮しきった態度で言った。


「僕の家は竜害も多く、本当に貧しかったので……遠征して戦に参加しないと、食べていけないんです」


 ヴァルムベルクの男は、戦わなくては生きていけない。

 だが、戦いが苦手なゲラルトはそんな家風に合わず、奉公先から逃げ出したらしい。そうして行き着いたのが、〈楔の塔〉というわけだ。


「……僕よりも、ローズさんの方がすごいです。国王陛下の相談役ですし」


 帝国における古典魔術の名家は、魔術師関係者にこそ一目置かれているが、政治的な影響力は低い。それこそ呪術師のシュヴァルツェンベルク家なんて、追放同然の扱いを受けている。

 ところが、リディル王国のローズバーグ家とオルブライト家は、過去の当主が有能だったらしく、現代でも政治的に強い影響力を持つのだ。だからこその「国王陛下の相談役」である。

 ふと気がつき、ゾフィーはハッと顔を上げた。


「じゃあローズさんは、王様の相談を受けたりもするの!?」


「あぁ、ニンジンの調理法とか、アドバイスしてるぜ!」


「…………」


 もしかしたら、ローズバーグ家というのはニンジン農家なのかもしれない。

 ゾフィーがそんなことを考えていると、ロスヴィータが頭痛を堪えるような顔で言った。


「それで、ローズバーグ家の人間が、どうして正体を隠して〈楔の塔〉に来たの? ……帝国の古典魔術の技術を盗みにきたのなら、古典派を名乗る方が自然でしょ?」


 言われてみればその通りだ。

 ローズはゾンバルト教室の所属で、普段は基礎的な近代魔術の勉強をしていたはずである。


「近代魔術の勉強がしたかったのも本当なんだ。オレ、近代魔術はからっきしだから、ちゃんと勉強したくて」


 当主なのに? と思ったが、おそらくローズは家系的な魔術が得意なタイプなのだろう。古典魔術の家ではよくある話だ。

 優秀なロスヴィータだって、近代魔術には手を出していない。

 ローズはモジャモジャの髭を弄りながら、己の事情を語る。


「むかーし、オレんちに〈彩色庭園〉っていう古代魔導具があったんだけど、鳥の魔物に盗まれちゃったらしくてさ。どうもそれが、帝国東部の自治領内にあるっぽいっていうから、探しに来たんだ」


 帝国東部の自治領で古代魔導具探しをするのなら、なるほど〈楔の塔〉は情報収集に最適だろう。なにせ、帝国中の魔法技術が集まる塔だ。

 こんな状況でも姿勢正しく正座しているゲラルトが、控えめに言った。


「目的は、兵器たり得る古代魔導具の回収……しかもローズさんは外国人……外交的に、かなりまずい立場なのでは?」


「一応、うちの王様と、こっちの皇帝陛下と、オレんちとで、取り決めはしてるぜー」


 リディル王国国王、帝国の黒獅子皇、そしてローズバーグ家──どうやらゾフィーが思っていた以上に大きな話であるらしい。

 そして、この取り決めをした者達の中に、〈楔の塔〉は含まれない。〈楔の塔〉は黒獅子皇と絶縁状態にあるからだ。


「〈彩色庭園〉はさ、使い手の人間を(、、、)殺しちゃうんだ。これがどうまずいか……ゾフィーとロスヴィータなら分かるよな?」


(えっ、分かんない……すごく危険だから回収しとこう、ってこと?)


 ゾフィーが内心狼狽えていると、ロスヴィータが冷静に言った。


「……まずいわね。現代の魔導具と違って、古代魔導具は魔法生物も扱えてしまう」


(あっ、そっか!)


 ようやくゾフィーはピンときた。

 人間に使えなくて、魔物は使える危険な兵器が、魔物が暮らす〈水晶領域〉付近にある。

 ……これは黒獅子皇にしてみれば大問題だ。いつ魔物が〈彩色庭園〉を手にするか分からない。

 こういう時は、自治領内にある〈楔の塔〉に回収・封印の協力を求めるべきだ。だが、〈楔の塔〉は黒獅子皇と断絶状態。


(だから、隣国のローズバーグ家に力を借りることにしたんだ!)


 黒獅子皇にしてみれば、危険な兵器をリディル王国に譲ることになる……が、その兵器は人間には扱えないのだ。

 ならば、厄介な古代魔導具を魔物から遠ざけることに意義はある。

 こうして回収役として白羽の矢が立ったのが、五代目〈茨の魔女〉──つまりはローズというわけだ。


「それってつまりぃ、黒獅子皇は厄介払いができて、リディル王国は黒獅子皇に恩を売れて、ローズバーグ家は大事な宝物を取り戻せて、みんなハッピー! ……って感じ?」


「そうそう! ゾフィーは頭が良いな!」


「褒められるのは嬉しいけどぉ……ローズさんが〈楔の塔〉にとって危険な人物には変わりないじゃん〜」


「そうなんだよなぁ〜。だから、封印措置取られちゃったわけだし」


 ローズが自分の両手を持ち上げて、トホホと肩を落とす。

 知り合いの呪術師に魔力を封印してもらって、〈楔の塔〉に来た彼は、力を封じる呪いをゾフィーに解除してもらったのも束の間、今度はミリアム首座塔主補佐の古代魔導具〈愚者の鎖デスピナ〉で力を封じられてしまったのだ。

 ローズは黒獅子皇側の人間だ。〈楔の塔〉にしてみれば、ユリウス同様、追放処分をしたい存在である。

 ゲラルトがローズに訊ねた。


「それで、くだんの〈彩色庭園〉は見つかったのですか?」


「いや全然。それっぽい噂は聞いたから、確かめてみるか〜と思った矢先に、この騒動でさ。いやぁ、ビックリしたなぁ。なぁ、ユリウス?」


 最後、ローズはぎこちなく不自然にユリウスの名を呼んだ。

 返事は、ない。

 ローズは困ったように頬をかいた。

 ユリウスは部屋の隅で、毛布に包まって俯いたままジッとしている。ここに連れてこられた時から、ずっとこんな感じだ。

 本当は、ユリウスだけじゃないのだ。みんな同じことを思っている。


(フィンが人狼で、レーム先生も裏切り者なんて……そんなの、あんまりじゃん)


 おそらく二人は、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉の契約者を奪うチャンスを狙っていたのだ。

 蔵書室で本を勧めた時のことを思い出す。ゾフィーが勧めた本をフィンが手にとって、感想を教えてと約束して。


(……あの時間も、嘘だったのかなぁ)


 思い出したらまた悲しくなってきて、ゾフィーは唇を噛んで俯く。

 気まずい沈黙が室内を満たす中、ポツリと言ったのはゲラルトだった。


「昨晩、フィンが行動を起こしたのは……予定外のことだったのでは、ないでしょうか」


 ゾフィーは顔を上げて、ゲラルトを見る。

 皆、ゲラルトを見ていた。ユリウスだけが項垂れたまま、動かない。

 ロスヴィータがキッパリ「同感」と言った。


「仮に〈楔の塔カリクレイア〉の契約者を奪うにしても、こっそり連れ出せば良いじゃない。あんな目立つ遠吠えなんて、する必要なかったはずよ」


 そうだ。あの狼はずっと吠え続けていた。自分はここにいるぞとばかりに。

 ゾフィーは震える声で言う。


「じゃあさ! じゃあ! やっぱりフィンはユリウスを逃すために……」


「やめろ」


 ゾフィーの声をユリウスの声が遮る。


「……やめてくれ」


 繰り返す声は、微かに震えていた。その心境を思うと、誰も何も言えない。


(フィンと一番仲良かったの、ユリウスだもんね……勉強、教えてたもんね)


 ゾフィーとローズは力を封じられ、アグニオールは負傷、ユリウスは消沈している……ユリウスだけじゃない。フィンの裏切りは、見習い全員の戦意を大きく削っていた。

 フィンは決して、戦力として強かったわけじゃない。皆の心の支えとか、そういう存在でもない。

 だけど、あの小さな少年は確かに皆の心に根付いていて、その素朴な優しさや、いざという時の勇敢さに、大切な何かを思い出したり、救われたりしていたのだ。


 ……それが失われるのは、辛い。


(お願い、早く帰ってきて、ルキエ、ティア、セビル、レン〜〜〜! なんとかして、エラ〜〜〜!)


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