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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【9】みんな! ヘーゲリヒ室長に優しくしてあげような!


 アルムスターは若い頃から、人間という生き物が漠然と嫌いだった。

 別に明確に嫌悪していたわけじゃない。ただ、人と接して生きていれば、人に対して嫌悪を抱くことはある。醜悪さを感じることもある。

 それは誰にだって当たり前のことで、ただ、そんな人生の中でアルムスターは人形の美を知ってしまった。

 人形の美に傾倒し、夢中で理想の造形を作り続けた。

 批評家の中には「お前が作る人形は、人間みがない」「人の温もりを感じない」と言う者もいたが、アルムスターに言わせてみれば、お門違いにも程がある。

 人形とは人間みを感じないから良いのだ。温もりなどなく、ただ造形としての美しさがあるから素晴らしいのだ。アルムスターは一度だって、人形に「人間み」や「温もり」を求めたことはない。人形とはただただ美しくあるべきなのだ。


 アルムスターの師である人形職人は言った。

 人間を愛せ。そうして人間の美しさを理解しろ。そうすれば、自ずとそれが人形に反映されるであろう、と。

 だが、アルムスターはその教えとは真逆の思想を常に抱いていた。


 ──人間なんて愛せない。だから、人間の醜さを理解しよう。そうして人間の醜さを削ぎ落とした先に、完璧な人形はあるのだ。


 アルムスターは人形としての美を追求し、いつしか彼が作る人形は評価されるようになっていった。

 だが、アルムスターは商売上手ではない。

 商売が得意な者に販売を頼めれば良かったのだが、人付き合いの苦手な彼に当てはなく、結局作る人形は安く買い叩かれてしまう。人形作りに必要な材料を買いに行けば、足下を見られる。

 人形を作れば作るほど赤字になる日々。

 そんな中、アルムスターの才を見出した人物がいた。


 即位したばかりの若き皇帝レオンハルト──通称黒獅子皇。


 黒獅子皇はアルムスターを魔法技術顧問として迎え入れ、好きなだけ人形作りができる環境を与えてくれた。

 同じ魔法技術顧問がこれまた、非常に腕の良い職人達で、アルムスターの人形のためにレースの装飾を、金細工のブーケを作ってくれた……と、ここまでは良かった。

 天才達の作る装飾品を己の人形に持たせた時、アルムスターは気づいてしまったのだ。

 人形を彩るレースも、金細工のブーケも、素晴らしい出来だ。完璧だ──完璧すぎて、人形が負けている。

 これでは自分の人形は、天才達の作品を載せるための台座に成り下がってしまう!

 自分の人形には足りない凄み──或いは神性とでも言うべきか。欠けているものを模索するアルムスターに、黒獅子皇は提案した。


『ならば、貴様を〈楔の塔〉に送り込もう。帝国の新旧全ての魔術が集う塔。そこで、貴様にない技術を模索するが良い』


 ついでに、先帝との断絶理由を調べてこい。と多分そっちが本題であろうことを黒獅子皇はサラリと言った。

 そうしてやってきた〈楔の塔〉で、先帝との断絶理由を渋々調べている内に、彼は出会ってしまったのだ。

 地下室の神の子と。


『まぁ、どなた?』


 サラサラと流れる黒髪、日の光を知らぬような白い肌、整った顔立ち──少女には、ただ容姿が美しいだけではない、何かがあった。

 神の子であれと、大人達の都合で丹念に手入れをされてきた少女に宿る神性、神々しさ。

 あぁ、この子は正しく神の子なのだと、アルムスターは膝をつき、滂沱の涙を流しながら両手を組んで神に感謝した。



 * * *



「それから私は、彼女の写し身たる人形を作るために全てを捧げることにしたんです」


 アルムスターの説明に、ヒュッターは万感の思いを込めて「おぉう」と呻く。

 最初はベソベソと泣いていた中年男が、自身が出会った神の子について語り始めた瞬間、恍惚とした表情になる様は、なかなかに不気味であった。

 おそらく、第一の塔〈白煙〉塔主エーベルは、あえてアルムスターを泳がせ、その上で裏切るよう唆したのだ。

 アルムスターもそれを分かった上で、黒獅子皇を裏切り、エーベル側についた。


(うっすら人間が嫌いな奴って、なんとなく(、、、、、)であっさり人間を裏切るもんな……)


 多分ゾンバルトもそういうタイプだとヒュッターは確信している。

 つくづく、自分の周りにはろくな人間がいない。


「エーベル様は、本当にたまにしか彼女に会わせてくれなかったけれど、私はそれで構いませんでした。神性とは秘されて然るべきですし、私の目に触れることで彼女の神々しさが失われてはいけません」


「あ、はい」


「私は彼女が生きてくための糧を運ぶだけで幸福だったのです」


「あ、そうすか」


 アルムスターはフィーネを信仰対象とし、そして彼女のために食糧等を運んだり、地下室に繋がる扉の見張りをしたりと、雑用をしていたらしい。

 段々と、オットーの娘フィーネに関わる者達の事情が見えてきた。

〈楔の塔カリクレイア〉と契約者フィーネの真実を知る者は、メビウス首座塔主、ミリアム首座塔主補佐、第一の塔〈白煙〉塔主エーベル、そしてアルムスターはほぼ確定。


「アルムスターさんよ。整備室室長と、蔵書室室長もグルか?」


 ヒュッターの質問に、アルムスターは驚いたような顔をする。


「よく分かりましたね……鳩眼鏡さん」


「その呼び方はやめろ。ヒュッターでいい」


 整備室は〈楔の塔〉全体の整備が仕事だ。だったら、〈楔の塔〉そのものが古代魔導具だということも知っていないとおかしい。

 蔵書室室長のリンケは微妙なところだが、ミリアムの信奉者である彼女も、協力者だったのだろう、とヒュッターは推測していた。

 そうでないと、咄嗟に〈楔の塔カリクレイア〉の機能を〈愚者の鎖デスピナ〉で封印──なんて機転はきかないからだ。

 だんだんと、〈楔の塔〉内の繋がりが見えてきたところで、ヒュッターは指導室室長ヘーゲリヒの顔を思い浮かべた。


(ヘーゲリヒ室長って上司はあのエーベル塔主だし、部下にいたっては……)


 レーム(裏切り者)

 アルムスター(間諜)

 ゾンバルト(クズ)

 俺(詐欺師)


 これである。

 そして見習い達も、実は魔物であったフィン、皇妹殿下のセビルをはじめ、問題児が目白押しときた。


(ヘーゲリヒ室長って……不憫だよな……)


 有能だけど、何故かいつも貧乏くじを引かされる。メビウス首座塔主と同じタイプの人だ。今度から、もうちょっと優しくしてあげよう。

 ヒュッターがそんなことを考えていると、退屈そうにしていたゾンバルトが口を挟んだ。


「あの〜、アルムスター先生の事情って、それだけですかぁ〜?」


「そ、それだけって言われましても……私は本当に、人形作り以外に興味がなくて……」


「え〜、他にも何か隠してるんじゃありませんか? ねっ、ヒュッター先生、ここは悪い大人の拷問テクニックを見せてくださいよ!」


「やらねぇよ!? お前は俺をなんだと思ってんだ!? 処刑とかもしねぇからな!?」


 ヒュッターが声を荒らげると、跪いていたアルムスターがパッと顔を上げる。


「わ、私を処刑しに来たんじゃないんですか? ……もしかして、鳩眼鏡さんもローズバーグのご当主の支援を?」


「あ?」


 アルムスターの口から飛び出した言葉に、ヒュッターは眉根を寄せる。

 ローズバーグのご当主。あまりに唐突すぎて、なんだそりゃ。というのが素直な感想である。

 アルムスターもヒュッター同様、先帝と〈楔の塔〉の断絶理由を調べに来たのだと思っていたが、もしかしたら違う任務もあったのかもしれない。

 間諜ごとに任務内容が違ったり、情報共有をさせなかったりというのは、まぁ珍しいことではない。

 まして三流詐欺師〈煙狐〉は捨て駒だ。大事な情報は与えていないだろう。

 黙り込むヒュッターに、アルムスターが焦った様子で言う。


「あっ、大丈夫ですよ。そっちの任務のことは私、エーベル様にも話していません! 本当に、陰ながら、ご当主を支援していたんです! 本当です! だから……鳩眼鏡さんから、皇帝陛下に申し開きしてもらえませんか……?」


(……またややこしくなってきたぞ。何の話だ)


 全く訳が分からない。が、ヒュッターはアルムスターの事情を全て知っているような顔で、肩をすくめた。


「さて、何の話か分からんな」


「ほ、ほら! ローズバーグ家のご当主である五代目〈茨の魔女〉が、正体を隠して〈楔の塔〉に滞在するから、それとなく便宜を図るように、って黒獅子皇が……」


 アルムスターの言葉に、ゾンバルトが胡乱な顔で口を挟む。


「それってリディル王国の魔術の名家ですよねー? 現当主は七賢人の一人だとかで……」


 言われてみれば、聞いたことがある気がする。

 リディル王国の七賢人。魔術師の頂点であり、魔法伯という宮中伯相当の地位を持つ。国王陛下の相談役も兼ねている重鎮貴族だ。ヒュッターが無詠唱ネタを借りた〈沈黙の魔女〉も、この七賢人の一人である。

 ヒュッターは眉間に指を添えて、話を整理した。


「あー、ちょっと待った。隣国の七賢人でもある五代目〈茨の魔女〉が、正体隠して〈楔の塔〉に滞在? ……いつから?」


「だから今年の見習いに……あれっ、ご、ご存知ないんですか?」


 今年の見習い。魔女。

 ヒュッターは頭の中に、セビル、ティア、ロスヴィータ、ゾフィー、エラ、ルキエの六人を思い浮かべた。


(いや違う。そうだ、思い出したぞ。〈茨の魔女〉はあくまで屋号みたいなもんで、リディル王国の五代目〈茨の魔女〉は……)


 ──男、なのだ。


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