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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【8】コードネームは……


 指導室の指導員が一人、アルムスターは大部屋の隅で膝を抱えて、震えていた。


(あぁ、どうしよう、どうしよう……)


 普段は村の集会所として使われているこの部屋は今、〈楔の塔〉から避難してきた者達の内、いざという時、戦力になる者が集められている。

 下働きの一般人は、また別の部屋や民家に避難しており、炊き出しや怪我人の看病をしているらしい。

 アルムスターもできることなら、そちらにまぜてもらいたい。彼は人形への魔力付与を得意としているが、人形がなければ何もできない無力な一般人なのだ。

 その人形達も、全て〈楔の塔〉に置いてきてしまった。あぁ、大事な大事な大事な大事な人形達が魔物に壊されていないだろうか。想像するだけで胃がキリキリする。


(しかも、エーベル塔主に神の子の守護を命じられていたのに……魔物に奪われてしまった……)


 エーベルもさぞ立腹していることだろう。穏やかに首を切られる未来を想像し、アルムスターは全身をブルブルと震わせた。

 その肩を、誰かがポンと叩く。


「アルムスター先生」


「ひゃわぎゅえわひゃ、はいぃぃっ」


 動揺のあまり奇声を上げながら振り向いた先にいたのは、ヒュッターだ。


「あ、あああ、ダーウォックからお帰りになられていたんですか、ヒュッター先生……」


「えぇ、つい先ほど戻ったばかりです。大変なことになってしまいましたね」


 ヒュッターは痛みを堪えるような顔で言う。

 アルムスターはガクガクと頷いた。


「そうなんです、そうなんです、えぇ、えぇ、もう、本当に私はどうしたら良いのか……」


「ところで、留守番をしていた見習い達は今どこに? 実は、ヘーゲリヒ室長に聞いても詳しく教えてもらえなくて……情報が錯綜していて、よく分からないんですよ。ユリウスが何かしたとか、魔物襲撃騒動に便乗して、見習い達が反乱を起こしたとかなんとか……」


 アルムスターはゴクリと唾を飲む。

 アルムスターは知っているのだ。あの夜、見習い達が何をしたか、そして今、どういう扱いを受けているかを。

 生徒思いなヒュッターは、純粋に姿が見えない見習い達を心配しているのだろう。


「そ、そういうのは、ゾンバルト先生に聞いた方が……」


「そういえば、ゾンバルト先生の姿が見えませんね」


「あ、ご、ご無事だとは思います……避難した人の中で、見かけたので……」


「そうですか。それは良かった」


 ヒュッターはゾンバルトの姿を探すように、キョロキョロと辺りを見回した後、アルムスターに視線を戻した。

 ヒュッターは心配そうにアルムスターを見ている。


「アルムスター先生、顔色が悪いですよ。ちょっと外の空気を吸いに行きませんか? そのついでに、散歩がてらゾンバルト先生を探しましょう」


(ここで断るのも不自然かな……)


 親切なヒュッター先生となら、散歩に行くぐらいは良いか。とアルムスターは重い腰を持ち上げた。




 外に出たヒュッターは、「ゾンバルト先生いませんねぇ」と言いながら、村を見回す。

 その後を、アルムスターは俯きがちにトボトボと歩いた。

 外に出ると「このまま逃げてしまおうかな」という気持ちが湧いてくる。

 ただ、〈楔の塔〉に残った神の子を……あの美しい少女を助けなくては。何より、自分はまだ彼女の写し身である人形を完成させていないのだ。

 あの美しい黒い髪、白い肌、少女でありながら少女を超越した表情を自分はこの手で再現できるだろうか?


(……再現したい。この手で)


「アルムスター先生」


 声をかけられ、ハッと顔を上げる。いつの間にやら、自分は民家の裏手あたりに来ていたらしい。日陰故に肌寒く、周囲に人の姿はない。


「あんた、アレでしょう?」


「……え」


 アルムスターの心臓の辺りを指差し、ヒュッターが薄く笑って告げる。


「黒獅子皇が〈楔の塔〉に差し向けた、間諜(スパイ)だ」



 * * *



 ヒュッターの指摘に、アルムスターの顔がみるみる青ざめる。

 やっぱりな、とヒュッターは内心ほくそ笑みつつ、言葉を続けた。


「何年か前にね、皇帝陛下が直々に腕の良い職人を集めて魔法技術顧問って役職を作ったと噂に聞いたんですよ。笑っちまうんですけど、魔法技術顧問なのに、『帝国魔導十字炎天四魔匠』とかいう厳つい名前だそうで」


 それは、詐欺師時代に小耳に挟んだ話だ。

 皇帝陛下直属の魔法技術顧問! その肩書きをつければガラクタだってお宝に化ける、詐欺師にとって非常に使い勝手の良いネタである。

 なのでヒュッターはそれとなく、この魔法技術顧問についてネタ集めをしていたのだ。

 普通、お気に入りの技術顧問をスパイに使うか? ……なんて思ったりもしたが、そこはあの黒獅子皇だ。普通の枠に収まるはずがない。


「〈楔の塔〉は帝国中の魔法技術が集まる場所だ。『間諜するついでに、ちょっと技術を盗んで来い』ぐらい言うでしょ、あのお人は」


「……っ、ヒィッ……」


 モジャモジャ髪の下で、アルムスターの目がグルングルンと上下左右に泳ぐ。

 ヒュッターは、以前アルムスターが指導室で手入れをしていた人形を思い出した。

 あれは素人目に見ても、よく出来た人形だ。

 玄人の目で見たら、とんでもない芸術品だ。

 そして詐欺師の目で見たら……あれは換金に困るレベルの、とんでもないお宝だ。


「あんたが作った人形の装飾……良いレースと金細工でしたね。あれも、お仲間の職人さんが作ったんじゃありませんか? 魔法技術顧問には、金物細工が得意な奴と、レース職人がいると聞いたことがある」


「…………」


 アルムスターがだんだんと探るような表情になってきた。

 こいつは何者だ? とその表情が雄弁に語っている。

 ここでもう一押し。この後の反応で、アルムスターの立ち位置が分かるはずだ。


「俺もね、あんたと同じですよ。皇帝陛下に忠誠を誓った間諜。聞いたことありませんか? コードネーム『鳩眼鏡(はとめがね)』」


 思いつきでペラペラ喋っていると、時々「やっぱ今の無し!」と言いたくなるような言葉が飛び出してしまうことがある。

 鳩眼鏡がそれだった。我ながら頭が悪い。もうちょいまともなコードネームは思いつかなかったものか。

 ……とヒュッターが後悔している間に、アルムスターは背を向け、走り出した。


(この反応。やっぱりな)


 ヒュッターの予想の範疇だ。

 逃げ出したアルムスターの眼前に、建物の陰から飛び出した男が立ち塞がる。


「ばぁ!」


「ギャヒィィィッ!?」


 尻餅をついて泡を吹いているアルムスターをニヤニヤ見下ろしているのは、爽やかクソ野郎こと、指導員のゾンバルトだ。

 ヒュッターは予めゾンバルトと接触し、ここに隠れているように命じていたのである。

 ゾンバルトは白い歯を見せて、爽やかに下衆下衆しく笑った。


「いやぁ、流石です! 本当にヒュッター先生の言う通りになりましたね〜」


「あ、あああ、ゾンバルト先生っ、あなた達、結託して……まさか、ふ、二人は……黒獅子皇が差し向けた刺客……っ!?」


 アルムスターはその場に跪き、「殺さないで……っ」と懇願する。

 その哀れな姿を見下ろし、ヒュッターは確信した。


「やっぱりな。あんた、黒獅子皇の間諜なのに、黒獅子皇を裏切ったんだ。だから、いつもビクビクオドオドしてたんだろ?」


 ヒュッターの任務は「〈楔の塔〉と先帝の断絶の理由を調べること」だが、それにあたり、協力者は連絡係のハイディ以外知らされていない。

 だが、一つの対象を調査する時、複数の間諜を送り込むことはよくあるのだ。

 そして、情報漏洩防止のため、間諜同士が互いの正体を知らされていないことも珍しくない。

 時系列を考えるに、アルムスターはかなり前から、〈楔の塔〉に潜入していたのだろう。

 だが、アルムスターがろくに成果を挙げられないものだから、新たな手先を送り込む必要ができた。

 そうして送り込まれたのが、三流詐欺師〈煙狐〉というわけだ。


(つまり、お前がちゃんと間諜の仕事してりゃ、俺は巻き込まれずに済んだんだよ! クソッタレ!)


 半分ぐらい八つ当たりである。

 だが、アルムスターは黒獅子皇を裏切り、エーベル塔主の下僕に成り下がっていたのだ。少しぐらい当たりが強くても許されるだろう。

 ヒュッターは尻餅をつくアルムスターの前にしゃがみ、胸ぐらを掴む。


「さぁ、キリキリ吐いてもらおうか。お前が黒獅子皇を裏切った理由と、俺が無事に任務を終えるためのお役立ち情報をなぁ!」


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