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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【6】(カムバック、ポッポー……)


 ヒュッターがオットーと共に会議室に戻る途中、廊下の方でパタパタという足音が聞こえた。

 ちょっとペタペタした独特の足音も聞こえたから、多分ティア達が盗み聞きしていたのだろう。


(まぁ、それは良いんだが……)


 廊下を歩きながら、ヒュッターはさりげなくすれ違う人や窓の外を観察する。

 やはり、留守番していた見習い達の姿が見えない。

 ヘーゲリヒが重傷者はいないと言っていたから、それは事実なのだろう。だが、これは何かあったな。とヒュッターは確信する。

 会議室に戻ると、室内の空気は最悪だった。

 エーベルが語った事実──〈楔の塔カリクレイア〉は魔物を通さぬ壁を作る古代魔道具で、赤ん坊を生贄にしていたも同然だったこと。

 この事実は、〈楔の塔〉側の大義名分を大きく揺るがすものだ。

 自分達が守ってきたものは、少女の犠牲の上に成り立つものだったと知り、誰もが打ちひしがれている。

 彼らは今、疑問に思っているはずだ。

 このまま〈楔の塔〉を奪還して良いのか? 〈楔の塔〉を奪還したら、また少女を犠牲に平和を築くのか? ……と。

 ヒュッターはさりげなく、見習い達の方を見る。

 皆、着席しているが、レンなどは明らかに全力疾走したばかりのように息を切らしていた。


 ──やっぱ盗み聞きしてたな、お前ら。


 ヒュッターがジトリとした目を向けると、レンが露骨な美少年スマイルでペロリと舌を出した。


 ──美少年スマイルに免じて、見逃してくれよな!


 やれやれという顔で、ヒュッターが着席すると、第二の塔〈金の針〉塔主ローヴァインが口を開いた。


「……現状を整理する。魔物達の手に落ちた〈楔の塔カリクレイア〉では現在、水晶汚染と呼ばれる現象が起こっている」


 これは水晶領域にある水晶を〈楔の塔カリクレイア〉に埋め込むことで、古代魔導具そのものを変質させているのではないか、というのが魔術師達の推測らしい。

 魔物達は自身の体に水晶の鋲を穿ったように、古代魔導具にも水晶の鋲を穿ったのだ。


「この水晶汚染について、現在確認されている現象は二つ。一つは〈楔の塔〉内の魔力濃度上昇。そしてもう一つは、水晶の兵器化だ。具体的には、〈楔の塔〉内の任意の場所に水晶を棘だか槍だかのように発生させられるらしい。メビウスがやられたのもこれだ」


(おいおい、そりゃまた随分と殺意が高いじゃねーの……)


 つまり、現在の〈楔の塔〉は人間は生存できない魔力濃度であり、かつ侵入者を水晶で殺す罠だらけ、ということだ。

 もういっそ、大砲を撃ち込んで、〈楔の塔〉をぶっ壊した方が良いんじゃねーの。とすら思えてくる。


(だが、オットーさんの娘が人質に取られている以上、そういった強行手段は選べない。何より古代魔導具をぶっ壊そうなんて、魔術師なら考えられないもんな)


 ローヴァイン達はあくまで、魔物だけを倒し、〈楔の塔カリクレイア〉とその契約者を取り戻したい、と考えているはずだ。

 その後、〈楔の塔カリクレイア〉の使用を継続するか否かについては、ここでは触れない。それを議論してしまうと、奪還作戦どころではなくなるからだ。最悪、戦力分断となりかねない。


(ローヴァイン塔主やアルト塔主をはじめ……大半の連中は、オットーさんの娘を犠牲にしたくはないはず)


 ローヴァイン達は、ひとまず〈楔の塔〉に入り込んだ魔物達を殲滅したら、非人道的な〈楔の塔カリクレイア〉の使用は断念しようと考えるのではないだろうか。

 だが、エーベルやミリアム首座塔主補佐のように、壁の維持を訴える者もいるだろう。実際、ここまで魔物の侵略を許してしまった以上、壁の完全撤去に抵抗のある者もいるはずだ。

 だから、あえて取り戻した後のことは触れない。

 まずは〈楔の塔〉を占領した魔物を殲滅して、〈楔の塔〉と契約者のフィーネを取り戻そう、という線で話を進めるのだろう。


「次に古代魔導具についてだが……」


 ローヴァインが太い眉を寄せて、低い声で唸る。


「魔物の襲撃で、〈離別のイグナティオス〉と〈愚者の鎖デスピナ〉が魔物側の手に落ちた」


 ヒュッターは頬が引きつりそうになるのを、必死で堪えた。


(うっわー……情報が出てくるたびに、状況が絶望的になってくな……)


 魔物を封じる壁を作る〈楔の塔カリクレイア〉。

 魔物に再生しない傷を与える〈離別のイグナティオス〉。

 強力な封印を行う〈愚者の鎖デスピナ〉。


 ──現状、この三つが敵の手に渡っているのだ。一方、こちらにあるのは〈嗤う泡沫エウリュディケ〉のみ。

 そこに、セビルがすかさず発言した。


「古代魔導具の性能と性格を開示するべきだ。ここから先、魔物側が古代魔導具を使ってくる可能性もある。対策を練るために情報共有は必要であろう」


 ヒュッターは「うちの生徒が無茶言ってすみません」という顔を取り繕いつつ、内心拳を握っていた。


(よく言った、セビル……俺が言いづらいことを言ってくれてありがとう、ありがとう)


 古代魔導具は旧時代の技術で作られた神秘であり、故に魔術師達はその性能を──時に存在自体を秘匿する傾向にある。事実、そうして秘匿されていたのが〈楔の塔カリクレイア〉だ。

 だが、古代魔導具と現代魔導具には、大きな違いがある。


(現代魔導具は、魔法生物にゃ扱えないが……古代魔導具はできちまうんだよな、確か)


 魔力量が多い魔法生物──魔物、精霊、竜などは現代の魔導具に触れると、魔導具が誤作動を起こすという。

 だが、古代魔導具の場合、必ずしもそうとは限らないのだ。

 魔物は道具の類を好んで使わないが、それでも魔物が古代魔導具を使う可能性は想定しておいた方がいい。

 ただでさえ厄介な魔物が、古代魔導具を使ってくる……想像するだけで寒気がする。

 セビルはエーベル、ローヴァイン、アルトの三塔主を見据えて、言葉を続けた。


「例えば混戦状態の中、わたくしが偶然〈離別のイグナティオス〉を拾うことも、あるやもしれぬ。その時、わたくしはその古代魔導具を扱えるのか? そういった、本来の使用者以外の手に渡った状況も想定すべきだ」


 こいつ、古代魔導具をしれっと自分の物にするつもりじゃねーだろうな。とヒュッターは思った。

 わたくしが拾ったのだから、わたくしの物だ! ……ぐらい言いそうだ、このお姫様なら。

 ただ、セビルの提案は理に適っていた。ヒュッターとて、窮地の中で足下に〈離別のイグナティオス〉が落ちていたら、咄嗟に拾うし、自分でも使えるか試みるぐらいはする。

 それなのに、「契約者でないから鞘から抜けませんでした」「契約者以外が触ると死ぬ剣でした」なんてことになったら最悪だ。


「……一理ある」


 ローヴァインが低く呟き、同じ塔主であるエーベルとアルトを見て「文句はないな?」と確認を取る。

 アルトが屹然とした態度で頷き、エーベルは控えめに頷いて口を開いた。


「では、古代魔導具の説明は私がいたしましょう。まず一つ目。古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉……魔物を封じる壁を作り出す古代魔導具です。その規模や形状は任意。最大規模が今まで展開していた西の壁です」


 なるほど、どうして水晶領域を完全に囲わないのかと思っていたが、一応規模には限度があるらしい。


(……寧ろ、あの規模の結界を途切れさせることなく維持してきたって、めちゃくちゃとんでもないことだよな?)


 帝国には有名な古代魔導具で〈ベルンの鏡〉というものがある。大規模な反射結界を展開するもので、五十年以上前の戦争で使用され、帝国を勝利に導いたことは有名だ。

 その〈ベルンの鏡〉とて、持続時間はそこまで長くはない。いかに〈楔の塔カリクレイア〉が強力な代物かが、よく分かる。


「〈楔の塔カリクレイア〉は先ほども説明した通り、女児の赤ん坊しか契約者と認めません。契約者は揺籠と呼ばれる部屋に常駐します。この揺籠は基本的に魔力濃度が濃く……契約者となった赤ん坊は、徐々にこの魔力濃度に適応していくのです」


 人間は基本的に、魔力濃度の濃い空間では長く生きられない。魔力中毒になってしまうのだ。だが、〈楔の塔カリクレイア〉は揺籠にいる赤ん坊を徐々に自身の魔力に慣らしていくのだという。


(……だから、赤ん坊でないと駄目なんだろうな。でもって、それが契約者の寿命を縮める一因か)


「……ただし、〈楔の塔カリクレイア〉は契約者以外の者が干渉できるケースもあります。ある程度魔力量があり、かつ古代魔導具を扱った経験のある者なら、無理やり干渉することができるのです」


 現在、壁が一時的に復帰しているのは、ミリアム首座塔主補佐が〈楔の塔カリクレイア〉に無理やり干渉して壁を再起動し、そこにリンケ室長が〈愚者の鎖デスピナ〉を使用して、一時的に固定しているからであるらしい。


(……今展開している壁が三日しか保たないのは、そういう事情か)


〈楔の塔カリクレイア〉の契約者以外でも、壁を起動できる──だが、その代償でミリアム首座塔主補佐は著しく寿命を縮めた。

 これは何度でも使える手段ではないのだ。


(そもそも、古代魔導具に触れたことのある人間ってのが、少ないもんな。現状だと討伐室の聖女ヘレナと、見習いのゾフィーぐらいか……)


 ミリアムとリンケが命を削っても、保って三日では割に合わない。

 あの二人が命がけで繋いだ三日で、決着をつけるしかないのだ。


(問題はこの三日で……連絡が取れるかどうかなんだよな。あ〜早く帰ってきてくれ……カムバック、ポッポー……ポッポー……ポッポ、ポポ、ポッポッポポー)


 辛い現実から逃避するように、ヒュッターの頭の中でポッポーショータイムが始まった。


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