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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【5】大事なことは言わない男


 オットーは廊下に立ち尽くしたまま動かない。

 ヒュッターは念のため、メビウスがベッドに戻るところまで同行した。

 討伐室のダマーと、医務室の第二分室長であるマイネが二人がかりで、メビウスに肩を貸していたので、とりあえずマイネに「代わりますよ」と声をかける。

 ダマーはヒュッターの顔を見て、嫌そうな顔をしていたが、文句は言わなかった。

 人を人とも思わぬようなダマーでも、メビウス首座塔主に多少の敬意はあるらしい。

 メビウスは立っていることすら、精一杯だったのだろう。ベッドに横たわると同時に意識を失った。

 ヒュッターはマイネに小声で訊ねる。


「メビウス首座塔主……助かりますかね?」


「やー、あーしにはちょっとよく分からないですわー……もう駄目かもーってダマー君に言っちゃったけど……」


 ダマーが舌打ちをして、ジロリとマイネを睨む。


「先生よぅ、そいつはヤブだぜ。聞くなら直接、トロイ室長に聞けや」


「あー、そうします……ところで、お二人は同期か何かで?」


 ヒュッターは誤魔化すようにヘラヘラ笑いながら、さりげなく訊ねる。

 ダマーとマイネの間に、なんとなく気安い空気を感じたからだ。ただ、恋人とは違うようにも感じる。昔から互いを知る者同士の気安さだ。

 ダマーはしかめっ面で下唇を突き出した。


「同期っつーか……」


「あーし達、〈楔の塔〉生まれなんですよー。ほら、〈楔の塔〉内で出産した人もいるんでー、そのまま〈楔の塔〉で育ったクチです」


 はぁ、なるほど。と相槌を打ちながら、ヒュッターはまた一つ、嫌な事実に気づいた。

 マイネとダマーの年齢は共に三十歳前後。エーベルが出産した子が、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者になったのと、ほぼ同時期だ。


(多分、そういうことだよな……)


〈楔の塔カリクレイア〉の契約者は、生後一歳未満の女児の赤ん坊である必要がある。更にいうなら、魔術の才能がいるときた。

 だが、都合よく女児が産まれるとも限らない。魔術の才があるとも限らない。だから、先代塔主はエーベル以外にも似たような女性を囲っていたのだろう。

 そうして産まれたのが、ダマーやマイネではないだろうか。

 ダマーは男児だった。マイネは魔術の才がなかった。故に、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者には選ばれず、エーベルの娘が選ばれた。

 ヒュッターは死んだように眠るメビウスを見下ろし、胸の内で呟く。


(……あんたは、そういう慣習を終わらせたくて、首座塔主になったんだろ)


 親友の娘を生贄にしたという罪悪感に苛まれながら、ひたすら魔物を狩る日々。

 それはきっと、ヘラヘラ生きている詐欺師には分からない地獄なのだろう。


(やっぱあんたは、組織のトップなんて向いてないよ)


 それでも、首座塔主にならざるをえなかった男の悲壮な決意を思い、ヒュッターは静かにため息をついた。



 * * *



 廊下に立ち尽くし、ルッツ・オットーは自問自答していた。


(俺は、何をしてるんだ)


 自分はもう若くないから、才能がなかったから、怪我をしたから──オットーが言い訳を並べて討伐室を去り、門番をしていた頃、メビウスは首座塔主でありながら、魔物達の討伐を続けていた。

 一刻も早く、魔物を根絶やしにするために。オットーの娘を解放するために。


(言えよ、馬鹿! なんでお前は、昔からそうなんだ!)


 そう胸の内で悪態をつくも、頭の中のもう一人の自分がこう呟く。


(……分かるよ、言えないよな。お前は昔からそういう奴だったもんな)


 サティの妊娠が発覚した時、メビウスはオットーに言った。


『父親になるのなら、お前は討伐室を辞めるべきだ。守護室に異動しろ』


 その時のオットーは三十歳かそこらで、このまま討伐室を続けるか悩んでいた時期だった。

 魔術師の最盛期は二十代。三十歳を過ぎたら、討伐室を辞める者は少なくない。

 オットーにとって、メビウスは親友でもありライバルでもある。

 純粋に剣の腕で天才だったメビウス。魔法剣の才能があったオットー。二人は常に切磋琢磨してきた。あいつに勝ちたいと、いつも思っていた。

 ……特にメビウスの方は顔が良く、見習いの頃から女の子に大変モテていたので、それに対する僻みもあったのだ。

 こいつには負けたくないと思っていた。でも、心のどこかで敵わないと思っていた。

 そんなライバルに討伐室引退を勧められ、オットーは言ったのだ。


『そうだな、そうするよ』


 その時、オットーはメビウスのライバルで居続けることを辞めたのだ。


(本当は気づいてたさ。クラウスも、サティに惚れてたって……でもあいつは、誰にも本心を言わないで、俺達のことを祝福したんだ)


 みんな、サティのことが好きだった。メビウスも、ミリアムもだ。

 ラス・ベルシュ正教から来たサティとミリアムは、共に聖女ヘレナ候補だったという。だが、彼女達は聖女ヘレナにはなれず、〈楔の塔〉に派遣された。

 サティは朗らかで、歌の好きな娘だった。彼女が歌うと、皆が笑顔になった。あのおっかないミリアムですらだ。


『サティ、その男達に近づくのはおやめなさい。低俗かつ低脳な会話に毒されてはいけません』


『もう、ミリアムってば。そんなこと言わないの』


 昔からミリアムはサティにベッタリで、事あるごとにオットーとメビウスを敵視していたのだ。

 低俗かつ低脳で悪かったな、と毒づいたら、黙々と剣を振っていたメビウスが言った。


『確かに俺は頭が悪いが、ルッツは賢いぞ。ルッツは魔法剣が使えるんだ』


『自分が愚かだと認めるのですね、クラウス・メビウス』


『俺は剣だけでいい』


『やはり貴方は低脳であると言わざるをえません。ここは魔術師の塔。ならば何故、魔術を学ぼうとしないのです。学ぶことを放棄する者を神は祝福したりしません』


 そう、ミリアムとメビウスは大変仲が悪かったのだ。多分、今も仲良しではないのだろう。

 お互いをライバル視するメビウスとオットー。サティにベッタリで男に辛辣なミリアム。決して仲良しとは言いがたかったが、それでも大事な仲間だった。

 あの騒がしい時間は、大切な思い出だ。

 やがて、オットーとサティが恋仲になり、ミリアムは荒れた。それはもう荒れた。そんなミリアムを、サティとメビウスが宥めるのがあの頃の常だった。

 特に口下手で嘘が下手なメビウスは、サティとオットーの逢引きの時間を作るために、それは頑張ったのだ。


『オットーは、腹が痛いんだ。そっとしておいてやれ。昨日、拾い食いをしたんだ』とか。


『サティは、あれだ。あれが、あれだから、その、今はダメだ』とか。


 ミリアムに詰め寄られ、しどろもどろに言い訳をするメビウスには、ちょっと泣けたものである。


(それなのに、なんでお前らが俺とサティの娘を取り上げるんだよ。なんで俺だけ除け者にするんだよ)


 答えは明白。オットーが弱かったからだ。

 甘っちょろいメビウスは優しさで、無慈悲なミリアムは役に立たぬとの判断で、オットーを安全な場所に遠ざけた。

 そうして二人は、首座塔主と首座塔主補佐になった。オットーはただの門番になり、得意だった魔法剣も錆び付かせてしまった。


「オットーさん」


 すぐそばで声がした。

 医務室を出てきたヒュッターだ。

 ヒュッターはオットーの前に立つと、深々と頭を下げた。


「すみませんでした」


「なんで、ヒュッター先生が謝るんですか……」


「先ほどの会議室でも、そして今も、貴方の……貴方達の過去を、暴いてしまった。こっそり伝える事だってできたはずなのに」


 確かに、ヒュッターは会議室でも、そして今もメビウスの前で真実を暴いた。

 だが、彼があのタイミングで言わなかったら、きっとエーベルもメビウスも、沈黙を貫いていただろう。

 そしてオットーは何も知らないまま、フィーネという少女のことを他人事のように哀れむのだ。

 ……そう思うとゾッとする。


「頭を上げてください、ヒュッター先生。貴方が言ってくれなかったら……俺はずっと何も知らされないままだった」


 そうして何も知らず、怒りのままにメビウスを殴り殺していたかもしれないのだ。


(この人がいてくれて、本当に良かった)


 ヒュッターは当事者ではない。外部から来た人間だ。だからこそ、オットーは変に馴れ合わず、冷静になることができた。

 ……そのことが、今はありがたい。

 オットーは腹を括ると、顔を上げて宣言する。


「会議室に戻ります。俺は自分の手で、娘を助け出さないといけない」


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