【15】魔術師のピーク
「人狼の協力者は……レーム先生だ」
ヒュッターの言葉に、見習い達は絶句している。
だろうなぁ、とヒュッターは思った。見習い達にとって一番疑いにくい相手が、ヘーゲリヒ室長とレームだからだ。
「理由は単純。見習い用の教材や備品の管理係はレーム先生だからだ。魔物が人間の振りをするんなら、教材の魔導具とかに反応しないよう、配慮する必要があるだろ」
魔物は現代の魔導具に触れると誤作動を起こすという。なら、魔力量計測器で魔力量を測る時も、或いは実習で魔導具や、それに類する教材を扱う時も、正体がバレないようフォローする必要がある。
今年の見習い達の魔力量測定は、魔力量測定器の故障で少し遅れている。もし、潜入中の魔物が測定した時のために、測定器に小細工をしていたからだとしたら?
それができるのは、現状レームしかいないのだ。
「教材管理の厳重さは、指導室の他の連中に聞き取りすれば分かることだ。あのしっかり者のレーム先生だからな、紙一枚ちょろまかすのだって楽じゃない」
何故かレンとティアの視線が泳ぎだした。何か思うところでもあるのだろうか。
まぁいいか、とヒュッターは言葉を続ける。
「レーム先生を疑う理由はまだあるぞ。人狼が出たあの入門試験、ヘーゲリヒ室長の補佐をしたのはレーム先生だ。つまり、入門試験で人狼が何かヘマをした時にフォローができる」
実を言うとヒュッターは、人狼の協力者がヘーゲリヒ室長とゾンバルトの可能性もゼロではないと思っている。
ゾンバルトがヒュッターに擦り寄ってきたのだって、人狼の正体を隠すため……と考えられなくもない。
ただ諸々を加味した上で、現時点で一番可能性が高いのが、ヒュッター視点だとアンネリーゼ・レームなのである。
(アルムスター先生は、多分……そういうことだろうしな)
こちらもまぁ、確信はない。全ては憶測だ。
ただ、考えていることの全て語る必要はない。最低限伝えるべきことだけ伝えて、自分への疑いを薄めることができれば、それでいい。
ヒュッターはレン、ティア、セビル、ルキエの顔を見回した。全員──それこそセビルですら、驚きを隠せずにいる。
その時、横で話を聞いていたオットーが、控えめに口を挟んだ。
「流石にレーム先生が裏切り者ってのはちょっと……あの人は元討伐室で、魔物とバリバリ戦ってきたんですぜ。そんな人が魔物に味方したりしますかね?」
見習い達も声にこそ出さないが、そうだそうだ、と言いたげな顔をしている。
ヒュッターは、これを話すのは気が進まない、と言いたげに、ゆっくり鼻から息を吐いた。
「レーム先生は、魔力器官を損傷しているでしょう。その治療のために……彼女がどれだけ奔走したか、ご存知ですか?」
オットーが小さく首を横に振る。
まぁ、そうだろう。オットーはそこまでレームと個人的な交流があったわけではない。
「俺も同じ症状なんで、資料を見せてもらったんですがね……すごかったですよ。集めた資料の質と量、レーム先生の書き込みの数々。古典魔術の秘技から、最新の医療用魔術の技術まで」
遠慮なくご覧になってくださいね、ヒュッター先生! ──そう言ってレームが案内した部屋には、隅から隅まで資料がビッシリと埋め尽くされていた。
ヒュッターは魔術師ではないし、医療用魔術の知識もない。ただ、魔力器官損傷の話題を振られた時、それっぽい返しができるようにと、分かる範囲で資料に目を通した。
当然に、ヒュッターには医療用魔術のことなんて、さっぱり分からない。
ただ、その資料が並々ならぬ情熱をもって集められたことだけは、痛いぐらいに分かった。
「あの大量の資料を見て、思いましたよ」
ヒュッターは痛みを堪えるような顔で、切なげに言う。
「あぁ、ここまでしても、レーム先生は治らなかったのか、って」
オットーも見習い達も、ヒュッターの語り口に聞き入っている。
その表情にはレームへの同情が、ありありと見てとれた。
「不治の病におかされた人間が、すごい力を持つ魔物に『お前の病気を治してやろう』って言われたら……それが嘘でも、すがりたくなると思いませんか?」
オットーが言葉を呑み込む。どうやら納得してくれたらしい。
〈煙狐〉劇場、これにて閉幕──というところで、ティアがピヨッ? と鳴いた。
「あれ? 魔力器官そんしょーを治したいのが動機なら、ヒュッター先生も当てはまる?」
(言われてみればそうだったぁ──!!)
見習い達が懐疑的な目でヒュッターを見始めた。
ヒュッターは余裕の顔を取り繕おうとして失敗した。もはやただの引きつり笑いである。
「ティア、お前、賢くなったなー……」
「ピヨップ! 褒められた!」
能天気に喜ぶティアとは対照的に、セビルが紫の目を剣呑に煌めかせ、唇の端を持ち上げた。
「やはりヒュッター先生が怪しいな。わたくしの尋問が必要か?」
なんて素敵に物騒な笑顔だろう。オッサンなのに泣きそうだ。
「あー、俺とレーム先生じゃ、魔力器官損傷にかける熱意が違うっつーか……いや待て、俺も本気で治したいって思ってるぞ? マジマジ。ただ、魔術師には年齢の問題があってだな……」
三流詐欺師はペラペラと舌を動かしながら、言い訳を考える。
喋りながらそれっぽい理由をこじつけるのは得意だ。
「魔術師のピークは二十歳前後って言われていてな、大体成人したら緩やかに衰えてくんだよ。最前線で戦えるのは、三十歳ぐらいまでだ。レーム先生の年齢を考えるとギリギリだろ? だからレーム先生は焦ってたんじゃないかと思ったり思わなかったり……」
* * *
〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームは感知の魔術を発動した。
彼女の二つ名の由来は、魔物を見逃さない感知や索敵の精度の正確さ。そして、その感知の結果を読み取った上で、正確に敵を撃ち抜く技術にある。
レームは雷の矢を二十分割し、〈楔の塔〉の魔術師が発動した魔術を正確に撃ち抜いた。
ハイドンが操る雷の矢に十本、地上で戦っている魔術師の攻撃魔術に十本。
あちらこちらで悲鳴が上がる。人と魔物の戦いの均衡が崩れる。
「リ──ゼッ!!」
ハイドンが吠えた。彼は本気になってくれただろうか?
魔術師のピークは二十歳前後。最前線で戦っていられるのは、およそ三十歳程度まで。
ハイドンとレームは二十代後半──残された時間は少なかった。
(あぁ、良かった。間に合って)
魔力器官を損傷して、魔術が使えなくなった時、全身が干からびるんじゃないかというぐらいに泣いた。泣きながら治療方法を調べた。
治らぬまま年月だけが過ぎていく。
『治れ』
最新の医療用魔術に関する書物を貪るように読んだ。あらゆる方法を試した。
古典魔術にだって手を出した。旧時代の神秘に縋った。
『治れ』
だけど、器に空いた穴は塞がらない。魔力は零れ落ちていき、その魔力がレームを蝕む。
魔力放出がままならぬ己の手──それを机に叩きつけ、レームは喚き散らした。
『治れよぉっ!!』
もう一度、魔術が使えるようになるのなら、フリッツ・ハイドンのライバルに戻れるなら、悪魔に魂を売っても構わない。
そんな彼女の元に、悪魔は現れたのだ。
宰相と名乗るその男は、金髪の青年の姿をしていた。貼り付けたような笑みが似合う、空虚な男だった。
『この水晶鋲があれば、貴女の魔力器官を安定させることができる。本来は魔物の力を抑えるためのものだけれど、人の場合はまた、違った形で作用するんだ』
さぁ、どうする? ──と悪魔が差し出したそれに、レームは躊躇いつつも手を伸ばした。
これに手を出した瞬間、自分は人類の敵になる。それでも構わなかった。
空虚な生を浪費するぐらいなら、悪魔に魂を売ってでも取り戻したい。
アンネリーゼ・レームの最高のライバル、フリッツ・ハイドンを。




