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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
九章 塔の攻防
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【2】見落としていた四番目


 ユリウスは、手元の小さな火の灯りを少しだけ強めた。階段は随分と深くまで続いている。足を滑らせたら大惨事になる予感がしたので、慎重に階段を下りた。

 階段を降りきった先にあるのは、長い廊下だ。ところどころ枝分かれしているらしく、明確に風の流れを感じる。


(おそらく、向かうべき方角は……第三の塔〈水泡〉管理室にある魔力炉の下)


 管理室にある魔力炉は、付与魔術の使い手でなくとも金属等に魔力付与ができる便利な炉だ。しかも付与魔術よりも強力な付与ができる。

 ただし、その扱いは非常に難しい上に、魔力濃度の高い土地から魔力を引いてこなくてはならない。これが大変なのだ。

 魔力濃度の濃い土地から魔力を引いてくれば、元々その土地に暮らしていた魔法生物──竜や精霊を敵に回しかねない。

 また、魔力炉それ自体も強い魔力を帯びているため、そういった魔法生物を引き寄せやすいという性質がある。

 つまりは、竜だの精霊だのといった魔法生物との兼ね合いが厄介なのである。

 そして帝国東部自治領イルセンは、魔物の縄張りに近いため、竜が比較的少ない。〈楔の塔〉もそうだ。

 なので、他領と比べて魔力炉を設置しやすいという強みがある。

〈楔の塔〉でも特に大きな収入源が、この魔力炉を使った魔導具、あるいはその素材となる金属塗料だ。


(問題は、魔力炉の魔力をどこから引いてきたか)


 これに関して、ユリウスは一つの仮説を立てている。

〈楔の塔〉の地下には、極めて魔力濃度の濃い何かがあるのだ。それが、ザームエルが追放された理由──〈楔の塔〉の秘密なのではないか?

 予想通り、魔力濃度が徐々に濃くなっているのを感じた。魔力量の低い一般人が来たら、魔力中毒を起こしてもおかしくない濃度だ。


(かく言う俺でも……長居はできんな)


 この魔力濃度は異常だし、それが地上に漏れないようにしている処置の徹底ぶりも尋常ではない。

 やはり、この先に何かがあるのだ。

 亡きザームエル・レーヴェニヒが、ユリウスに最後に出した問題。


『〈楔の塔〉の、四つめの……』


 その謎の答えが、この先にあるのだ。

 ところどころある分かれ道を、しっかり記憶しつつ、ユリウスは廊下を歩く。

 おそらくあの分かれ道は、別の出口に繋がっているのだろう。少なくとも第一の塔〈白煙〉の地下には、必ず繋がっているはずだ。


(……おそらく、首座塔主達はその出口を使って、この地下に出入りしているのだろう)


 やがて、灯りに照らされる前方に、金属製の扉が見えた。

 厳重な鍵、そして封印術式。これを開けるのは、一筋縄ではいかないだろう。

 ユリウスが扉に火を近づけ、封印術式を観察しようとしたその時、


「誰かいるのかしら?」


 扉の向こう側から声がした。静かで落ち着きのある少女の声だ。

 ユリウスは困惑した。

 たとえば、この向こう側に誰かが閉じ込められているのなら、怖い人が来たと不安がったり、あるいは誰かが助けに来たと期待を滲ませたりするのではないだろうか。

 それなのに、扉の向こう側から聞こえる声は、あまりにも落ち着いていたのだ。

 さながら、女主人のように。


「…………」


 ユリウスはどう返事をするか悩んだ。少女が何者か分からない以上、こちらの情報は極力伏せたい。


「もしかして、ティア? 迎えに来てくれたの?」


 先ほどの落ち着いた声から一転、少女らしいはしゃいだ声がした。


(どういうことだ。ティアを知っているのか?)


 セビル達が地下の調査をしていたのは、セビルが首座塔主の弱みを握り、〈楔の塔〉の実権を握るため──セビルはそう言っていたが、どうやら本当に事情があるのはティアの方だったらしい。

 ここまで来たら、少しでも情報が欲しい。ユリウスは意を決して口を開いた。


「……お前は、ティアの知り合いか?」


「まぁ、嬉しいわ。あなたはティアを知っているのね。わたしの可愛い小鳥は元気? 今日も素敵な歌を歌っているのかしら」


 敵意のない無邪気な声。それがこの状況では殊更不気味だ。


「お前は何者だ。名前は? メビウス首座塔主達が、お前をここに閉じ込めたのか? ティアとはどういう関係だ?」


「まぁ、質問が多いのね」


 嫌な流れだ。「悪い大人に捕まってるの。ここから出して!」と言われたなら、まだ分かる。だが少女からは、そういう空気を全く感じないのだ。

 ユリウスは唾を飲み、訊ねた。


「なら、一つだけ訊く。お前は、ザームエル・レーヴェニヒを知っているか」


「まぁ! ザームエルのお知り合い? 懐かしい名前ね」


 心臓の鼓動が速くなる。おそらく自分は今、ザームエル追放の真実に近づいている。

 この少女が鍵を握っているのだ。


「声音で分かるわ。あなたはザームエルを慕っている……そう」


 扉の向こう側から気配を感じた。なんとなく、少女が扉にもたれているような、そんな気がする。

 少女の声が歌うように囁いた。


「ザームエル──優しいけれど優しくない、善にも悪にもなれなかった半端者。彼が中途半端になったのは、きっとあなたがいたからね(、、、、、、、、、)


 一瞬、心臓にナイフを突きつけられたような気がした。


「……どういう意味だ」


 問う声が掠れる。息が苦しい。


「極悪魔術師ザームエルには息子がいた。とても優秀で愛しい息子。だからこそ……ザームエルは歳の近いわたしを重ねてしまった。可哀想な子ども(わたし)を放っておけなかった」


 その時、バチン! という音がした。同時に首の後ろに痛みが走る。雷撃の魔術だ。


「ギャッ……ぁ……ぁ……」


 うつ伏せに地面に倒れるユリウスの顔の横に、何かが降り立つ。

 栗毛をふんわりとまとめ、帽子を被った少女人形だ。その手には、精緻な金属細工の造花のブーケ。

 あのブーケも魔導具か。

 人形は滑るような足取りで、その主人のもとに向かう。


「あぁ、困ったな、困ったな、どうしよう……まさかこんな所にユリウス君が入り込んでくるなんて……どうしよう……」


 人形を抱き上げたのは、モジャモジャの茶髪に頼りなげな顔の中年──アルムスター。


 今更ユリウスは、己の間抜けさに気がついた。

 ユリウスが小屋の外にいる時、アルムスターはこう言った。


『あぁ、オイルが……うん、ごめんね、今綺麗な着替えを持ってくるからね』


 それを聞いたから、ユリウスは室内に侵入したのだ。

 だが、テーブルの人形はオイルで汚れてなどいなかったではないか。オイルが零れた痕跡も、服を脱がされた人形もなかった。

 あの独り言は、ユリウスを誘き寄せるための罠だったのだ。

 アルムスターが人形を、ユリウスの前にかざした。造花のブーケが発光し、雷撃がユリウスに放たれる。

 床の上で痙攣しながら、ユリウスは何か少しでも情報を手に入れなくてはと考えた。

 目の前にあるのは金属製の扉。雷撃に照らされ、刻まれた封印術式が見える。


(この扉の封印は、近代魔術や魔導具の類じゃない)


 これは、ロスヴィータが扱う古典魔術──旧時代の技術だ。

 その時、ユリウスの頭に天啓のように一つの考えがよぎった。


 水晶の内包物を示す、〈白煙〉、〈金の針〉、〈水泡〉、そして、四つめの〈庭園〉。

 これが、ザームエルが出した問題『〈楔の塔〉の、四つめの……』の答えだと思っていた。


(だが、それだけではないとしたら?)


 ザームエルが出す問題は、二段仕込みになっていることが多々あった。一つ目の答えに辿り着いたところで、一度立ち止まって掘り下げると、別の答えが見えてくる。


(〈楔の塔〉にある、四番目……そうだ、聖女が来た時期とザームエルが塔主を勤めていた時期は一致する)


 自分はとんでもない見落としをしていたのだ。

 つまり、ザームエルが言っていた四番目とは……。


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