14 精霊界の困った人々(1)
「……で?」
この上なく不機嫌そうなキルシュの声が、セレスティーナの部屋の空気を寒々しいものに変えている。絶対零度の冷ややかなオーラを隠すことなく垂れ流しにしたままキルシュは、更に言葉を継いだ。
「僕たちは華麗に別れの挨拶をしたと思ったんだけど、どうして君は、まだ、ここにいるんだい?」
その言葉が向けられた先にいるのは、先日セレスティーナの元に現れた、キルシュの知己であるファーである。
セレスティーナの対面に座っている彼は、冷気を放っているキルシュとは対照的に、ソファにゆったりと腰を下ろして随分とくつろいだ様子だった。
「いえ、やっぱり折角外国に来たのですから、物見遊山でもしようかな、と」
とぼけた調子でそう告げたファーは、そのまま辺りをキョロキョロと見回しながらも、
「他国のお城に泊まるというのも、なかなかない経験ですからね」
と興奮気味だ。
しかし。
「誰も泊めるなんて言ってないんだけど……」
聞き捨てならない言葉に、セレスティーナは取りあえず突っ込みを入れてみた。
実は、ファーをここに連れてきたのはセレスティーナ自身である。
……あの日、キルシュの言うように彼とは「華麗に」別れたはずだった。
が、なにぶん精霊という存在はどこか浮き世離れしているため、町中で妙なトラブルに巻き込まれなければいいけれど、と思っていたところ、夜頃になって案の定、
「ごろつきに絡まれていた人を保護したのですが、セレスティーナ様のお知り合いとのことですので連れてきました」
と、城下町を警備する旧王妃派の役人に連れて来られたのが彼だったのである。
そして城に保護したついでに、数少ないキルシュの知己であることだし、ちょっとお茶でもいかが、と誘いはしたが、それ以上のことは言っていないはずだ。
……精霊の世界とやらは、お茶に誘われること、イコールお泊まりすることなのだろうか。摩訶不思議かつ理解不能である。
しかし、今更追い出すのも大人げないので、一泊できる部屋を準備するつもりだが、折角の機会なので、もう少し話を聞いてみたいと思う。
「ねえ、ファー」
「何でしょうか?」
首を傾げるファーに、セレスティーナはテーブルの上のマカロンを勧めながら、改めて疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「ファーって、キルシュの幼なじみみたいなものなの?」
キルシュと「幼なじみ」という言葉が、何ともしっくり来ないような気もしたが意外にも、
「まあ、そんなところでしょうか」
とファーは、セレスティーナの言葉に同意した。
「ということは、子供の頃から一緒にいたのね」
そう思うと感慨深い。今も子供の姿をしているが、多分、キルシュにも人並みに子供の時代があったはずだ。……多分。
となると。
「キルシュの子供の頃の話とか、聞きたいかも」
正直なところ、キルシュが元気に走り回っている姿など想像もできないが、もしそうなら面白いな、と思ったのだが。
「キルシュ様の子供の頃、ですか……」
ふとファーが遠くに目をやる。
窓の外の景色を眺めながら、在りし日のキルシュの姿を思い出しているのだろうか、頭を捻ったり、眉を寄せたり、うーんと唸ったりした後、一つ頷いた。
彼なりの結論を導き出したようだ。
「良くも悪くも、こんな感じです」
結構時間をかけて考え込んでいた割には、肩すかしな回答である。しかし続く、
「性格は良くもなく、悪くもなく。ただただ怠惰でした」
というファーの言葉を聞けば、セレスティーナも納得せざるを得なかった。
「本当に、今と変わらないわね」
その様子が容易に想像できてしまって、セレスティーナはうんうんと頷きながら同意する。
そんな二人のやりとりが、いたくお気に召さなかったらしい。キルシュが半眼になって、
「君たちは僕に喧嘩を売っているのかい?」
と文句を垂れてきたが、その声自体には棘はないので、本気で怒っているわけではないだろう。
ファーもまた、セレスティーナと同じ感想を抱いたのだろう、キルシュの抗議を黙殺し、ゆっくりと続けた。
「リンツァーという国のことは、セレスティーナ様も、既にご存じですよね」
問われ、セレスティーナは少し考えた後、慎重に答えた。
「とてつもない魔力を持つ人たちの国だって言われているけど」
伝説に片足を踏み入れた、謎めく不思議の国。魔法を嗜む者なら、誰もが憧れるその存在。
ただ、皆が想像するほど、その世界が美しいものではないことを、セレスティーナはキルシュを通して既に知っている。
セレスティーナの言葉の裏に潜む微妙なニュアンスをかぎ取ったファーは、軽く苦笑して静かに告げた。
「つまらない国ですよ」
そしてゆっくりと目を伏せる。
「本当に、つまらない」
そう溜め息を零すように繰り返し呟いた後、ファーは静かに目を閉じた。




