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tea time 4 拝啓 お姉さまへ

 クーデターが起こる以前は、いつも可愛げのない態度を取っていた。


 一例を挙げるならば、姉であるセレスティーナが、婚約者のカトルカールと歩いていた場面を回想してみることにする。


 セレスティーナとカトルカール。彼らの姿を見るにつけても、腹立たしかった。すれ違う際、ぎっと睨み付けると、視線に気付いたセレスティーナが、ふとこちらに視線を向ける。そして視線の主――パントジェーヌの姿を認め、苦笑するような表情を浮かべた。


 けれど、それだけだ。お互いに、必要以上の干渉はしない。

 そもそもパントジェーヌは寵姫派で、セレスティーナは旧王妃派だ。交わす言葉などあろうはずもない。


「……」


 姉であるセレスティーナは、すっと自然に目を逸らす。そのまま婚約者と肩を並べて、歩き去って行った。

 パントジェーヌはそっと振り向き、過ぎ行く二つの背中を見送る。眉間にしわが寄っているのが自分でも分かった。


 と、その時。


 不意に頭をぐいと掴まれ、横を向かされた。それと同時に声が頭上から降ってくる。


「どうして、そんなに睨むのかな、君は」


 仮にも王女に対して頭を鷲掴みし、あまつさえ無理矢理横を向かせ、気安い口調で話しかける。自分に対してこのような真似をする人間を、パントジェーヌは一人しか知らなかった。


「ブラン……」


 この青年の名はブランという。ノエルの腹心の部下であるため、当然旧王妃派だ。パントジェーヌにとって、敵の陣営の人間ということになる。

 しかし、パントジェーヌとブランは親しかった。彼が気安く話しかけるのも、それをパントジェーヌが許しているからだ。


(何だか話しやすいのよね)


 昔、うっかり内心を悟られてしまったせいかもしれない。彼は、誰も知り得ないパントジェーヌの心を知っていた。


(言い方を変えれば、弱みを握られているとも言うけれど)


 ものは言いようである。


「結構感じ悪いよ? すごく性格が悪そうだ」


 ブランは、にこにこしながら、ずけずけと物を言う。

 普段から物腰も柔らか、低姿勢で丁寧な言葉遣いの紳士。誰に対しても、大層外面の良い男だ。

 だからこそ、彼は自分にだけ本性を見せていると、少しだけ自惚れている。互いに親しい存在だと認識している。そのため、うっかり本音がだだ漏れだ。


「だけど私、許せないの」


 くっと拳を握りしめる。そして一気に言い放った。


「なんで! よりにもよって! あの聡明なセレスお姉さまが! あんな! バカ男と! 婚約なんかしたりしたのか!!」


 そう。許せなかったのだ。その事実が。




 ――物心着いた頃から、パントジェーヌの周りには、心にもないおべっかを使う人間で溢れかえっていた。


 身分の低い女から生まれたレアよりも美しいと。

 愚かな正妃から生まれたセレスティーナより聡明だと。


 そんな美辞麗句について、何も疑わずに「心地よいもの」と受け止められれば良かった。きっとそちらの方が幸せだっただろう。けれどパントジェーヌは事実を事実として冷静に見極める目を持っていた。


 自分はレアほど美しくないし、セレスティーナほど聡明ではない。

 自分は卑下するつもりはないが、それでも彼女たちより自分が優れているとは到底思えなかったのだ。


 つまり周囲の者達は、自分に対して心にもない虚言ばかりを並べ立てているのだと、パントジェーヌは早くに気付いてしまったのである。


 そして父親の度量についても然りだ。

 父親は愚王だ。王たる器ではない、と。それを冷静に見抜いてしまったのだ。だからこそ。


(いつか私もあんな風になるのだろうか……)


 父親や己の無能をごまかして、地位だけに頼り、他者を虐げながら生きる道を歩んでしまうのだろうか、と不安になる。そんな自分を想像すると、気が塞いだ。


(姉様のようになれればいいのだけれど)


 同母姉妹であるミモザは、父親がろくでもない人間だと十分理解した上で、


「だけど誰一人として味方がいなかったら、お父様、可哀想でしょう?」


ときっぱり言ってのけた。


「私はどうも、ダメな人に弱いみたい」


 そして「私には優しいお父様だもの」と困ったように笑った姉は、ある意味四姉妹一強かだ。でも、父親を尊敬できない自分は、ああはなれないとも思った。

 そんな迷いに満ちた多感な時期に、パントジェーヌはセレスティーナと出会ったのだ。


 母親が違うというだけで、パントジェーヌとセレスティーナの間には接点がなかった。姉妹でありながら、遠い人だった。


 社交場で初めて見たその人は、特別に綺麗というほどの人ではなかったけれど。特別目を惹くという程の人ではなかったけれど。

 並み居る寵姫派の佞臣たちの慇懃無礼な嫌味を前に、背中をしゃんと伸ばして凛として対応していた。決して負けていなかった。そんな毅然とした姉の姿を、とても……そう、とても素敵だと思ったのだ。


 自分もああいう風になりたいと、そう思った。あの姿を目指したいと。

 その日から、パントジェーヌにとってセレスティーナは憧れの人となったのだ。







 そうして今に至る。


 パントジェーヌは心から一番上の姉を尊敬していたのだ。

 だからこそ、何度でも訴えたい。


「あんなのと婚約するなんて許せなかったのよーっ!!」


 かわいさ余って憎さ百倍とでも言うのだろうか。なまじ憧れていただけに、沸々と沸き上がる怒りも尋常ではなかった。


 カトルカールという男は、上から見ても下から見ても、横から見ても、ダメな男の典型だ。セレスティーナが彼との婚約を発表した時には、心ある者なら誰もが思ったはずだ。趣味が悪い、と。


「相変わらずパントジェーヌは、本当にお姉さん子なんだね」


 くすくすと知ったような顔をしてブランは笑う。若干その物知り顔が勘に障ったが、すぐに彼が言葉を継いだため、反論する間はなかった。


「けれど、政治的には悪い判断じゃなかったと思うよ。カトルカール本人は小者かもしれないが、あれでも名家の出だ。後ろ盾という観点から言えば、良い縁談だったんじゃないかな。だからこそ、旧王妃派だった私の主も黙認したんだよ」

「……ノエルに関しては、それだけが理由とは思えないのだけど」


 カトルカールであれば簡単に追い落とせるという打算もあったのだろう。見る人間が見れば、ノエルの想い人が誰かなど一目瞭然なのだから。


「まあ、そうかもしれないね」


 ブランが苦笑を漏らした。しかし、これ以上深く突っ込まれては主の名誉に関わるとでも考えたのだろう、彼はすっと話題を逸らした。


「カトルカールとセレスティーナ様はめでたく婚約を解消されたよ?」


 そう言ってパントジェーヌを見つめる。


「君も寵姫派の王女という楔から解き放たれた。そろそろ素直になってもいいような気もするけど」

「……」


 ブランの前向きな提案に、パントジェーヌは敢えて沈黙を保つ。是とも否とも答えることができなかった。

 何故なら、既にパントジェーヌ自身、セレスティーナに歩み寄るべく努力しようとしてはいるのだ。


 しかし、今日も今日とて、すれ違ったセレスティーナを条件反射で睨んでしまった。


(そんなに簡単じゃないのよ?)


 一度身に付いた長年の習慣は、そう簡単に断つことなどできないと身をもって知り、悶々と思い悩むパントジェーヌであった。

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