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部下にクーデターを起こされて王女から侍女に成り下がったんですけど  作者: しののめ


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10 日だまりと揺れる心(2)

 ここはバルコニーであり行き止まりであるため、どこかへ移動する前国王が、この場所に立ち寄る必要はないはずだ。

 そうであるにもかかわらず、わざわざ、ここまで足を運ぶということは、何か一言、言わずには気が済まないのだろう。


(本当にしつこいな)


 うんざりしたキルシュは、セレスを連れて空間転移でもしようかと考えたところで、ふと、ある種の違和感を覚えて、魔力の構築を中断する。


(……)


 それを探るためには、前王をもう少し接近させる必要があるため、かなり不本意であるが、相手が近付いてくるのを待った。

 やがて前王は、キルシュの前で立ち止まると、


「またお前か」


と自分から近付いておきながら、そう毒づいた。しかしキルシュの目的はこの男の相手をすることではないので、ただ沈黙を返すのみだ。

 反応しないキルシュの態度に、馬鹿にされたと感じたのだろうか、前王は目を吊り上げながら嫌味を重ねてくる。


「我が娘たちならまだしも、一体セレスティーナなんぞの、どこが良いのやら。趣味の悪いことだ」


 セレスティーナも血を分けた実の娘であるにもかかわらず、彼女を「自分の娘」から除外するところが、嫌みったらしい。

 敢えて挑発しているのだろうが、その神経が、キルシュには理解不能である。気に入らなければ、関わらなければ良いのに、と。


(……暇なんだろうな)


 軟禁状態の彼は、恐らく時間を持てあましているのだろう。また、今まで湯水のように使っていた金も当然ながら使用できず、鬱憤が溜まっているに違いない。

 自業自得で、これっぽっちも同情はしない。それどころか、


(もう少し厳しく監視するべきじゃないのか……)


とさえ感じる。というのも、前王の体から妙な魔力の気配を感じるからだ。

 ただ、魔力の質を探った結果「この男が魔法を使おうとしている」のではなく「誰かが、この男に魔力で干渉している」ことが分かり、同時に自分とセレスの身に実害がないことを確信したので、キルシュは取りあえず放っておくことにした。


 なお、そんなことを考えている間も、キルシュは黙り通しており、王のことは綺麗に無視している状態である。

 そのように、一切相手にしないキルシュに、前王は悪態をつきながらも、元の道へときびすを返す。そこに至って、キルシュははじめて前王に声をかけた。


「セレスに下手なちょっかいをかけたら、今度こそは殺すよ?」


 キルシュ自身は、別段このうだつの上がらない元国王に、どのような感情も抱いてはいない。しかしセレスに害を為すならば、話は別だ。


 かつてセレスは、できるだけ殺生は控えるように、とキルシュに告げた。


 もちろんキルシュは契約関係を結ぶ代償として、彼女の望みは極力叶えるようにしている。が、あくまで「極力」だ。契約者であるセレスの言葉を守らなくとも、キルシュに何か不利益があるわけではない。

 つまり「殺すな」というセレスの言葉を、いつでも反故にすることができる、ということだ。


「……っ!」


 キルシュの言葉がただの脅しでないことを察したのだろう、前王は、一瞬びくりと肩を震わせたが、それだけだ。形勢不利と悟ったのだろう、彼は振り向くことなく、その場を去った。







 前王の姿が完全に消え去った後、キルシュはおもむろに、セレスの対面に腰掛けた。肘をつきながら、彼女をじっと見つめる。そして。


「起きてるんだろう?」


 狸寝入りをしているセレスに声をかける。

 するとセレスは相変わらず伏せた格好のままだが、


「なんだか修羅場だったから、思わず寝たふりしちゃった」


という、くぐもった声をキルシュに返してきた。

 どうやら、あの男が来た時から、目を覚ましていたらしい。先ほどは、随分と無防備になったと感じたが、それでも敵の気配にはいまだ敏感なようだ。


 キルシュは軽く指を鳴らした。すると、テーブルの上にコーヒーセット一式が出現する。香ばしい匂いに釣られたセレスが、ようやく顔を上げた。そして口を開く。


「もういいのに」

「何が?」


 主語のないセレスの台詞にキルシュが首を傾げると、彼女は続けた。


「お父様のこと」


 つまり彼女は、自分は気にしていないからキルシュも前王のことは構う必要ない、と暗に告げているわけだが。


「そうかな?」


 少なくともキルシュには、そうは見えなかった。


「君は無関心を装っているつもりかもしれないけれど、僕には分かる」


 そしてキルシュが確信している事実を指摘する。


「君は、あの男が側にいると、微かに緊張する」

「そんなことは」


 案の定、ムキになって反論しようとするセレスの唇を、キルシュは己の人差し指で押さえた。そして真っ直ぐに見つめ、断言する。


「君のことで、僕が間違えることはないよ」


 すると、セレスは驚いたように目を見開いた後、少し困ったような表情で、こう応じた。


「それは……まあ、トラウマがあるし」


 実の親に殺されかけるなんて、滅多にない体験をさせてもらったわけだし、と言うおどけた口調は、逆に彼女が子供の頃に受けた心の傷の深さを物語っているように思う。

 そういう姿を見るのが、とても……そう、とても、もどかしい。


「どうしてなんだろうね」


 キルシュは溜め息と共に疑問を吐き出した。


「昔は……そうでもなかった」

「……?」


 セレスが不思議そうに首を傾ける。しかし、不思議なのはキルシュも同じだった。


「君が、ヤツから受けた傷は、時間が経てばそれなりに治ると分かっていたし、それでいいと思っていた」


 別段、自分から積極的に彼女の傷を癒やそうだとか考えることはなかった。……まあ、諦めの悪い前王および寵姫派から物理的に彼女を守る必要があったので、そこまで気が回らなかったという状況もあるのだが。


「でも、どうしてかな、時を経るごとに、苛々するんだ」


 眉間に皺が寄るのが、自分でも分かる。


「君の傷が、完全に塞がりきっていないことに」


 そもそも「契約」という側面から考えれば、彼女が傷つこうが傷つくまいが、キルシュに何か影響があるわけではない。しかし何故だろう、彼女が心穏やかに暮らせないと、自分が居心地悪く感じるのだ。


「確かに、あれはトラウマになってるし、多分、一生忘れることはできない。でも、そんなこと、本当にもう、どうでもいいの」


 苛々と指でテーブルを叩くキルシュの手の上にセレスの手がそっと重ねられ、宥めるように包み込まれた。


「私、ずっと前にも言ったよね」


 そして彼女は、柔らかく微笑んだ。


「キルシュがいるから、寂しくないって」


 彼女の微笑みとその言葉が染みこむように胸に広がる。


「そうだね」


 こうやって、彼女に必要とされていることを再確認すると、いつも心が安らかに凪ぐ。これもきっと、契約により魔力が二人の間を通っており、関係性の安定を必要といているがゆえだろう。

 だからこそ。


「その契約がある限り、たとえ世界中の全てが敵になったとしても、僕だけは君の味方でいるよ」


 何度でもその言葉を繰り返す。


「だからね、セレス」


 その契約は互いを縛る枷であり、互いを繋ぐ絆でもあるから。


「僕との契約を、大切にして」

「うん。……ずっと大事にする」


 ためらい一つない彼女の返事に、安堵する。

 そうしてキルシュは改めて心に誓うのだ。

 面倒なことは大嫌いだが、この穏やかな安寧の日々を守るためなら、何だってしてみせると。

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