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8 恋と打算と結婚と(2)

 誇らしげに連判状――このたった一枚の紙切れのおかげで、ノエルは人生設計を台無しにされたわけだが――を掲げる父親は、用件が済んだはずであるにもかかわらず、まだこの場に残っていた。


「……」

「……」


 二人はしばし沈黙する。父親は満面の笑み。ノエルは不審に眉を歪め。同じ沈黙でも、二人の表情は対照的である。

 やがて、父親の不気味な沈黙に痺れを切らせたノエルは、腕を組みつつ声をかけた。


「なあ」

「なんだい、息子よ」


 父親の無駄に爽やかな返答に苛々しつつ、ノエルは続ける。


「一つ、聞いていいか?」


 彼には、疑問に思うことがあった。つまり、


「そもそも、それは……自分の考えなのか?」


ということである。

 確かにノエルは腹をくくった。とはいえ、この展開があまりに突飛すぎるため、疑問は山積している。第一、自分の父親は凡庸で派閥争いなどに縁のない人種のはずだ。それが突然派閥入りしようなどと一念発起した契機は一体何だったのかと。

 すると、間髪入れず答えが返ってきた。


「いや、上役の」

「……」


 予想に違わぬ返答に、驚きを通り越して呆れてしまう。つまり、こういう事だ。ノエルの父は、上役の言葉を鵜呑みにして、この決断を下した、と。否、もしかすると上役の「命令」だったのかもしれない。


 いずれにせよ。


 この家が斜陽であるのも無理はない、と改めて認識せざるを得ないノエルであった。頭痛に加えて目眩まで催す。

 そんな息子の苦悩も知らず、ノエルの父親は相変わらず呑気な様子で付け加えた。


「息子さんによろしく、と言われたぞ」


と。

 その瞬間、


(ああ、なるほど)


と彼は霧が晴れるように全てを理解した。

 その言葉は、今までに行った父親との頭の痛い遣り取りの中で、唯一すとんと疑問なく胸に落ちた言葉となった。

 どうやら先程までの衝撃的展開に、ノエルの思考は飽和気味だったらしい。こんな簡単なことに今の今まで気付かなかったとは。


 ノエルは王立学院首席である。それは、彼が有望株であることを意味する。即ち、旧王妃派が目を付けているのはノエルの父親ではない。ノエル自身だったのだ。

 全くはた迷惑な話である。しかし、青田買いまがいの行為に及んでまで自分の力を高く評価している旧王妃派の面々に対し、悪い気がしなかったのも事実である。


 発想など、転換してしまえば良い。

 セレスティーナ王女の王位継承確率が低いというのならば、その可能性を上げれば良いだけの話だ。


(そのためにはまず、何としてでも王女本人と接触をしなければ)


 手の甲を顎に当て、考え込もうとしたその時、


「それで、だ」


と再び邪魔が入った。


「……まだ何かあるのか」


 最早いかなる新事実が相手の口から飛び出ようと、驚くこともあるまい、とたかを括っていたノエルだったが、


「早速、王女を庭園に招いている」


という父親の言葉に、再び絶句した。


「!?」


 いくら凋落気味の王女といえど、下級役人であるノエルの父親にとって雲上人であることに変わりはない。言葉を交わす機会など、あるはずもないのだ。


(あまりの不遇に、ついに妄想を口走るように……)


 我が父親ながら不憫だと思いつつも、父親を現実の世界へ引き戻すのは息子である自分の役目だと考えたノエルは、


「いつ父上に、王女と直接話す機会があったんだ?」


とやんわり妄想を訂正させようと試みる。

 一方、そんな機会があるわけがないと決めつけている息子に不服を抱いたのだろうか、ノエルの父親は不満げに答えを返した。


「いや、王女の方から話しかけてくださったのだ」


 口を尖らせつつも、自分に間違いはないという脈絡のない自信に満ち溢れた口調であった。それに気圧され、逆にノエルが狼狽えてしまう。


「そんなわけが……」


 ない、となお言い募ろうとするノエルに、父親は痺れを切らせたらしい。にこり、と満面の笑みを浮かべた後、


「いいから行ってこい!」


と、どんとノエルの背中を押した。そのためノエルは足を踏み出さざるを得なくなり、彼はそうして、半信半疑ながらも王女が待つという庭園へと向かったのである。







 王女セレスティーナ。


 失踪した正妃の一人娘であり、長子が王位を継ぐ慣習のあるシュトーレンにおいては、王位継承権第一位の存在である。

 しかしながら、彼女の母親である正妃は前述のとおり逐電し、彼女の父親である王は美しい寵姫に情をかけ、長女の存在になど目にもくれぬ有様である。

 それどころか、長女セレスティーナの王位継承権を剥奪し寵姫の娘に王位を継がせようと水面下で動いているという、まことしやかな噂まで飛び交う始末だ。


 そのような状況にあって、子供が真っ直ぐ純粋に育って行くということは、奇跡に近い。そして奇跡というものは、頻繁に起こることではない。

 果たして、セレスティーナという少女は奇跡も起こらぬままに、すくすくと一癖ある醒めた性格を形成していったようである。


 ――人づてに聞いた話では、とりつく島のない娘だということだ。


(どう攻略すべきか)


 普段、人の気を惹こうなどと考えるまでもなく、勝手に人が彼の元へやって来るような環境にあったノエルには「王女の気を惹く作戦」を組み立てる事が、意外と難問であった。

 しかも彼の家の庭園面積などたかが知れているわけであり、ろくな考えも閃かぬ内に、彼は目的である人物を視認した。


 そこには一人の少女が佇立していた。


 背中を向けている。花を眺めているのだろうか。

 確かに体型や髪の長さ、その色は、王女のものと同様である。しかし、それで即本人であると確信したわけではない。ノエルはまだ疑っていたのだ。父親が誰かに担がれている可能性を。


 もう少し距離を詰めてから、声をかけようと考えたノエルは、一歩足を踏み出した。丁度運んだ足の下に小枝が落ちており、ぱきり、と枯れた枝が折れる音が微かに響く。


 それにいち早く反応したのは、少女の方だった。


 勢いよく振り返り、少女はノエルを直視する。

 目が合った。その瞬間、彼は驚きをもって即座に理解した。


(本人だ……)


と。


 目の前の人物が真に王女セレスティーナだと確認したのならば、彼が今すべき事はただ一つだ。王族に対して礼をとるため、膝を折り頭を下げた。その姿勢のまま相手の言葉を待つこと数秒の後、声が聞こえた。


「ノエル、ね? 初めまして。どうぞ顔を上げてください」


 頭から振ってくる声は、とても十に満たない少女のものとは思えぬ大人びた口調で紡がれる言葉に従いノエルが顔を上げると、再び目が合った。

 少女は穏やかな笑みを浮かべている。それは「隙がない」と思わせる、一見完璧な笑顔であった。

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