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部下にクーデターを起こされて王女から侍女に成り下がったんですけど  作者: しののめ


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8 恋と打算と結婚と(1)

 ある小さな国の小さなお城に、可哀想なお姫さまが一人、住んでいました。

 お姫様の母親は、お付きの騎士と道ならぬ恋に落ち、駆け落ちしてしまいました。

 お姫様の父親は、お姫様のお母様を疎み、別の女の人を寵姫に据え、可愛がるのは寵姫の娘たちばかり。

 お姫様はいつも独りぼっちで、毎日寂しい思いをしていました。ですが、傷があまりにひどいと麻痺して痛みを感じなくなってしまうのと同じように、寂しさもあまりに深すぎると、悲しみを感じなくなってしまうのです。




--------------------------




 少女と初めて言葉を交わしたのは、彼が十歳の時だった。

 彼女を初めて見た時、なんて虚ろな目をしているのだろうと、そう思ったことを、よく覚えている。







 ノエルの生家は、かつて――貴族制度が廃止されるまでは――由緒ある家柄だった。聞くところによれば、王城で権勢をほしいままにしていた時期もあったらしい。

 しかし、それはあくまでノエルが生まれる随分以前の話であり、今はしがない下級役人である父が家長を務める、普通より少しばかり裕福といった程度の家柄だ。


 毎日毎日、上役にぺこぺこ頭を下げている、何ともうだつの上がらぬ父親を見て育ったノエルは、子供心に誓っていた。決して、ああはなるまい、と。その第一歩として、首席卒業者は漏れなく将来が約束されるという王立学院に首席で入学し、十歳になった今も首席を維持している次第である。


 そんなある日。


 その父が、いつになく浮かれた様子で家に帰ってきた。


 ……子供心に、何かとてつもなく嫌な予感がした。何の脈絡もないそれは、恐らく野生の勘と呼ばれるものだったのだろう。


 玄関で靴を脱ぎ捨てながら、子供のように廊下を駆けてきたノエルの父親は、息子に出くわすなり、その肩を掴み、開口一番こう言った。


「ここは賭に出ようと思う」


と。全く、何の脈絡もなく。

 当然、それだけの情報で父親の言わんとする事を理解できるはずもない。ノエルは、父親の戯言など相手にするつもりはさらさらなかったが、一応社交辞令として、事務的に応対する。


「……何の話だよ?」


 するとノエルの父親は、やはりかつて無い程生き生きとした目で、こう宣言した。


「我々は、旧王妃派につく」


と。

 その言葉を聞いた瞬間。


 ノエルの中で時が止まった。


 我が耳を疑うどころの話ではない。ノエルは思わず声を荒げた。


「今の時代は、寵姫派だろう!?」


 それは今や、シュトーレン国の一般常識である。王妃が逐電した今、旧王妃派に有利な要素は数少ない。そのためノエルの中には「旧王妃派を支持する」という選択肢が存在していなかった。

 ちなみに政界の縮図である学院内も「旧王妃派」と「寵姫派」に二分されている。ノエル自身はまだどちらにも属さず静観しているが、最近「寵姫派」が幅を利かせていることは肌で感じていた。そろそろ身の振り方を決め、寵姫派の面子との交流を開始すべきかと考えていた最中でもある。


 ノエルの頭の中には既に、将来の構想があった。それが、父親の爆弾発言のお陰で、がらがらと音を立てて崩れ去って行く。

 さらに、


(だいたい親父、まだ出世欲があったのか……)


という驚愕の真実にも打ちのめされた。これは、ノエルが父親の本音を見抜けなかったがゆえの悲劇である。もし、ノエルがそれに気付いていたのならば、あらかじめ「いずれ寵姫派につく」旨を伝えていたはずだ。

 これは己の段取りミスである。一角の政治家を目指すのならば、父親が浅はかなことも、計算に入れて行動しなければならなかったのだ。


「だから私は『賭けに出る』と言っただろう?」


 賢いといってもまだまだ子供だな、とでも言いたげな浅はかな父親の訳知り顔がノエルの勘に障ったが、そこをぐっと堪え、次なる相手の言葉を待つ。たとえどのような衝撃的事実を告げられようと、平静を保てるように心を落ち着けて。

 そして相手は続けた。


「寵姫派は既に席が埋まっている。我らが入り込む余地はない」


 その内容は、一見正しいようで大きな間違いがある。すぐさまそれに気付いたノエルはぼそりとそれを指摘した。


「いや、旧王妃派にもないって」


 いくら凋落気味とはいえ、「旧王妃派」が政界の二大派閥の一であることに違いはない。唯一「旧王妃派」が「寵姫派」に勝る要素である、セレスティーナ第一王女の勤勉さに一縷の望みをかけている有力者も少なからず存在し、ノエルの父親のような凡夫がつけいる隙など、ありはしない。


(なんて安易な……)


 それがどれ程分の悪い賭けか本当に分かっているのだろうかと、ノエルは危ぶむ。何はともあれ、考えなしの決意を翻させるのが先決と考え、ノエルは頭痛に額を押さえながら言った。


「考え直すことは……」


 しかしそれは、儚い抵抗だったらしい。ノエルの言葉に対し、父親は意気揚々と一枚の紙切れを掲げてみせた。


 ――過去最大級に、嫌な予感がした。


「ここに連判状がある」


 得意げに鼻を鳴らす父親の手から、その紙切れを引ったくるようにして奪い取る。目を凝らし、穴が空く程見つめる。しかし何度見ても内容が変わるはずもない。


 明瞭な署名と印が並ぶ一枚の紙。そこには旧王妃派の面々の名が連綿と並んでいた。落日の旧王妃派と侮っていたが、なかなかどうして、そうそうたる面子である。

 それは「旧王妃派」として王女セレスティーナを次期王位継承者として擁立するという誓いである。名を連ねた者は一心同体。目的のために尽力し、裏切りは許さない。そのような鋼の意思が、その一枚の紙切れの中に込められていた。


 それは逃れられぬ結束の証。


 思わず破り去りたい衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢する。そのようなことをすれば、この連判状の面子にどのような報復をされるか、知れたものではない。

 認めたくないことであり、納得のいかぬ展開であったが。


(腹を決めるしかない)


 そして今日この日、ノエルを取り巻く状況は一変したのである。

 最早「旧王妃派」につくしか政界で生き延びる術はないと、ノエルはそう悟らざるを得なかったのである。

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