tea time 3 彼女が彼を選んだワケ(2)
なお「カトルカールが、実は優しい心根を隠している」などというオチなど当然ない。彼はこれ以上ないほどに見たまま聞いたままの性格である。
さて。
セレスは、カトルカールが己と婚約している際も、自分への不満を周囲に漏らしている事を知っていた。が、彼は全く同じ内容を、本人を目の前にしても繰り返すので、陰口には至らなかったことも事実だ。
陰でこそこそ悪口を叩き、本人の前では良い顔をする。本音と建て前は別物といった王城の空気の中にあって、彼はある意味異質だった。
要するに、思ったことが直ぐに言葉に出るのである。
隠し事をすることができないのだ、カトルカールは。考えようによっては、馬鹿正直ということなのだろう。
その裏表のない、馬鹿みたいに正直な魂を、当時のセレスは「ある意味」好ましく思っていたのだ。美点だと思っていたと言っても過言ではない。
――何をとち狂っていたのか。
だから彼が、
「君の婚約者に立候補したいんだけど」
という婚約の申し出と共に、
「もちろん分かっているとは思うが、君の魅力に惹かれた、なんてことはないんだからな。君の地位が魅力的なだけだ」
と、普通ならば「こんな侮辱的な事を言われて、一体誰がその申し出を受けるのか」というような内容の付け加えがあっても、気にはならなかった。セレスにとっては利害が一致していることこそが大事であり、そうして請われるままに申し出を受けたのである。
婚約を解消した今でも、セレスがカトルカールに抱く感情は、昔と変わりない。ただ、一つだけ思い知ったことがあるだけだ。
(ずっと一緒にいると鬱陶しい)
一つ大きくため息をする。すると再びチョークが飛んできた。
こういったやり取りにもすっかり慣れてしまったセレスは、今度は軽く体を捻って避ける。ちっと舌打ちする音が前方から聞こえた。
「全く……私の素晴らしい発表を聞いていないとは何事だ。元第1王女で今は凡人のセレス殿」
ははは、と乾いた嘲笑を浮かべるカトルカールと。
「いいえ、しっかり聞いていたわよ。元第1王女の婚約者で、現国王とは不仲で地位も危ういカトルカール殿」
うふふ、と白々しい作り笑いを浮かべるセレスと。
二人きりの講義室に、異質な笑い声が交錯する。
なお、たまたま廊下を通りがかった研究生らが「絶対にこいつらと関わるまい」と視線を伏せ、耳を塞ぎながら足早に歩き去って行っていることを、睨み合う二人は全く知らなかった。
☆
やがて、ようやくカトルカールの与太講義から解放されたセレスは、廊下に出るなり、凝った肩をほぐすため大きく伸びをし、深呼吸をした。そして自室へ戻るための道のりを歩きながら思索に耽る。
今更ながら、ふと沸き上がる疑問があった。
「私って、もしかして嗜虐趣味……?」
と独白を漏らすと、
「もしかしなくても、立派な嗜虐趣味だよ」
と、思いもがけず返る言葉があった。
吃驚はしたものの、彼――キルシュが神出鬼没であるのは、いつものことだ。セレスは直ぐに気を取り直し、相手を振り返った。
「やけに自信満々に言うわね」
若干言葉に険を含ませる。というのも、自分自身で認識するのはともかくとして、他人から「セレスは嗜虐趣味」と汚名を着せられるのは、この上なく不名誉であるからだ。
しかしキルシュは鼻でせせら笑った。
「わざと風を起こして浮遊の結界を吹き飛ばし自分の身を危険にさらす。これが嗜虐趣味と言わずして何と言うんだ?」
その途端、セレスは言葉を失った。
キルシュは、数日前の一件について述べているのだ。セレスが塔のてっぺんから飛び降りた一件を。
あの時セレスは、自身の結界の力及びレアの魔術を頼みに、あのような暴挙に出た。しかし、それだけでは目的を達成できないことも知悉していた。そのため、もう一枚、別の結界符を懐に潜ませていたのだ。風を吹かせる結界を。
セレスの身に危害が及ばなければ、キルシュは拳を収めないだろう。けれど、セレスとレアの魔力が正常に作動すれば、セレスは無事に地面に着地してしまう。
そこで「怪我はするだろうが死にはしない高さ」で、風を吹かせる結界を発動させ浮遊の結界を飛ばし、わざと再落下したのだ。
まさか気付かれるとは思ってもいなかったが、その目算は甘かったらしい。
「やっぱり気付いてた?」
「当たり前だろう」
キルシュは半眼でセレスを見やった。
「ついでに、君の趣味が悪いこともよく知っている」
その言葉に刺を感じる。しかも、先ほど以上に不名誉なことを言われているような気もする。セレスは全身全霊でキルシュの言葉を否定した。
「いや、別に私、カトルカールを異性として好きってわけじゃないからね?」
するとキルシュは小馬鹿にしたような口調で、
「当たり前だ」
と言い捨て、更に続けた。
「そんな馬鹿な事態になっていたら、どんな手を使ってでも阻止していたよ?」
君の記憶を改竄するとか、カトルカールを亡き者にするとかね。
物騒な言葉を繰り出すキルシュの口調は軽く、どことなく楽しげだ。そんな彼の姿を見れば誰もが、子供の他愛もない冗談だと受け取るだろう。しかしセレスは違う。
もし、そのような事態になっていたならば、彼は間違いなく、そのいずれかの手段を使っていたはずだ。
何という危険人物だと思いながらも、セレスはふと考える。もし、いつかセレスが、カトルカールとは正反対の、非の打ち所のない人間に恋してしまったならば、彼はどうするのだろうか、と。
(って、そんな事、考える必要なんてないんだけど)
セレスは軽く頭を振った。この先、自分が恋をすることなどない。ゆえに可能性のないことを仮定するのは無駄なことである。
一瞬浮かんだ疑問を思考の外へと追いやったセレスは、少し前を歩くキルシュと肩を並べるため、小走りに足を進めた。




