そうだ、ダンジョンに行こう 『海廊庭園』
「建築に必要な素材を全部自分たちで採取する必要はないんだ。マーケットに行けば他プレイヤーが出品したアイテムが買えるようになってるからな。……とはいえギルドとしては貧乏な部類だから素材を買い占めるなら金策する必要がある」
俺は鞄から水筒を取り出し、喉を水で潤した。
「……そうですね。それならこの辺りでダンジョンに行ってみてはどうでしょうか? エイミーのレベル上げも兼ねられますし」
リルが思案してから口を開いた。
「いいね」
俺は物欲しそうにしているエイミーに水筒を放り投げた。
「プリーストだとソロで狩りするのシンドイし……助かる~!」
エイミーが水筒の口に唇を当てる。リルが軽く咳払いをした。
「エイミーのレベルいくつでしたっけ?」
「三十八!」
「三十八ね……エイミー『海廊庭園』クリアしてるか?」
「トリントのダンジョンだよね。まだ行ったことないや」
「ならそこ潜るか。たまに人気高いマーメイド装備落ちるから、金策にもなるし」
「おヘソ丸出しの防具でしょ? デザインカワイイから人気あるのも納得だな~自分で着るのは恥ずかしいけど」
「そうと決まれば早速行くか。トリントの店でポーション仕入れてから突入しよう」
俺が片手の人差し指と親指を丸めて咥え指笛を吹くと、トウザイテイオーがペット小屋から駆けて来た。マウントにもステータスがあり、プレイヤー同様にレベルアップもする。普段はペット小屋で栄養の豊富な牧草を食べさせているが、用のあるときは指笛で呼べばどこからでも駆けつけさせられる。
エイミーは見よう見まねで片手で人差し指と親指で輪っかを作り、口に咥えて息を吹きかけた。
「ヒュー……。フー…フー!」
口から洩れた息の音しか聞こえていない。
「こっちならどうですか?」
リルが両手でピースサインを作り、指先を舌の裏に付けて軽く息を吹きかけると甲高い笛の音が綺麗に鳴り響いた。
エイミーも懸命にそれを真似しつつ、指の角度や本数を変えたりしているが一向にそれらしき音の鳴る気配はない。この様子だと習得できるようになるまで時間が掛かりそうだ。
「まあ今日は近くにいるしそのまま連れて来ればいい。トリント着いたらエイミ―用の呼び笛買っとくよ」
* * *
俺たちはトリントで買い物を済ませた後、街の背面に流れる巨大な滝の麓へ下った。
滝の麓にある木の桟橋の先に、握りこぶし程の赤い玉がふわふわと浮かんでいる。この玉に触れれば自動的にダンジョン内部までテレポートさせられるようになっている。
「準備いいか?」
「はい」
「おっけー!」
リルとエイミーが頷いた。
三人で手を伸ばし赤い玉に触れる。目の前が眩い光に包まれた。
【システム】(海廊庭園へ入場しました)
俺たちの目の前を小魚の大群が横切る。魚のカーテンが晴れると、巨大な赤い鳥居が見えた。その奥には和風の庭園が広がっている。どこか浦島太郎に出て来る竜宮城を彷彿とさせるステージだ。
「!? 私水泳スキル低いから溺れちゃう……」
エイミーはここが水中だということに気付き慌てて手をバタバタと上下に動かした。口を開くたびに丸い気泡が水中へ漏れ出している。
「ここは溺れない仕様になってます、ちゃんと呼吸出来るはずですよ。安心して」
「……あれ、ホントだ。それに水の中なのに歩けるようになってるね」
落ち着きを取り戻したエイミーが全員に〈プロテクト〉を付与した。
周りの風景を見渡しながら鳥居の下をくぐろうとした辺りで、脇にあったサンゴ礁の中に潜んでいた魚人たちが待ってましたとばかりに這い出てきた。が、手に持った槍を一度も振るうことなくリルの一閃で瞬殺される。
「チャチャっと行っちゃうか。トレイン頼めるか? リル」
「御意」
リルが庭園の奥に駆けて行った。
「トレインとはなんぞ?」
エイミーが首を傾げた。
「MOBのフォーカスを集めて引き寄せること。ダンジョン内に他のプレイヤー来てたら危ないけど、鳥居の下の魚人が生きてたってことは先客はいないとみていい」
「ほうほう?」
しばらくの間、俺とエイミーはその場に座り込み、悠々と泳ぐ周りの小魚たちを眺めていた。ちょうどエイミーが一匹の色違いの小魚を見つけたとき、庭園からドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
リルが角を曲がり姿を現す。それに続いて魚人、目の付いて無い鰐、クラゲモドキやら海洋モンスターのフルコースが迫っていた。
「わお……。このダンジョンの敵全部引っ張て来たのね」
エイミーがそう言いながら、その場にドーム状のバリアを築いた。
鋭利な牙がリルの足首を掠めたところで、リルが一気にジャンプする。リルが俺たちの横に着地したのと同時に、仕掛けておいた魔法陣が発動した。魚人たちの足に踏まれたそれは、一斉に光の玉を打ち上げる。魚人の眼の高さまで浮かんだ光の玉は、まばゆい光を放って爆発した。
「お疲れリル。ダメージは?」
「少しだけ」
「エイミー回復してやってくれ」
「ほいほい」
エイミーがリルにヒールを掛けた。
「これで道中の粗方敵は倒したはずだから、あとはボス部屋に直行するだけだな」
魚人たちのいた場所には魚人の槍、ブーツ、牙などのドロップ品がごろごろと転がっていた。レアアイテムは見当たらなかったが、金に余裕が無いので全て回収した。
「そういえばエイミーはどんな風に育成する予定なんだ? 同じプリーストでも、回復重視の奴もいれば多少攻撃も出来るように強化する奴もいるけど」
「うーん……特に考えてなかった。今んとこ回復量と体力上げるようにしてるかな。プリーストって集団戦とかになると、真っ先に狙われて死んじゃうこと多いから、ワンパターンになりがちなんだよね」
「ならオススメのプレイスタイルがあるぞ。案外気に入るかも」
「教えて~! ……ってもうボスか。後でね」
半透明の壁が立ちはだかっている。そこから先の景色は、蜃気楼のようにゆらゆらと歪んでいるように見えた。
「んじゃ入るぞー」
壁に手を添えると、吸い込まれるように中へ通された。
「ニンゲン……ユルサナイ」
赤い目をした巨大な人魚姫が、尻尾をうねらせながら襲い掛かってくる。
「ねえ」
エイミーが俺の袖を引っ張った。
「何だ?」
「誰がタンクするの?」
「ケイは紙装甲ですし、私も装備が貧弱ですから……ここは構成を考えると……」
俺とリルの視線がエイミーに向いた。
「え」
「悪い……今回だけタンクになってくれ。すぐ終わるから」
「しょうがないにゃぁ。……でも火力無いからすぐターゲット外されちゃうと思うけど」
「三、四発攻撃受けてくれればその間に終わらせる。適当にあの人魚姫煽って、最初の攻撃だけ耐えてくれ」
「え、煽るって口で? え?」
「任せた。とにかく自分だけ回復してればいいから。赤ポーション全部渡しとく」
エイミーが戸惑いながらも前に出た。人魚姫と対峙する。
「人魚姫って言う割には、年食いすぎじゃない?」
「……」
咆哮と共に、人魚姫がエイミーを槍で薙ぎ払った。エイミーが赤ポーションを頭から被る。
俺は側面からライトニングボルトを連打し、リルは尻尾を乱舞で切り刻んでいた。
人魚姫がエイミーを左手で掴んだ。
「エイミー! もがけばその攻撃は回避出来る」
エイミーがジタバタと暴れるが、人魚姫の手の中から逃れられない。人魚姫がエイミーを串刺しにしようと、右手の槍を大きく引いた。
「リル、そろそろ……」
「分かってます」
リルの執拗な攻撃が実を結び、人魚姫の尻尾が切断された。人魚姫が金切り声をあげる。その隙にエイミーが脱出に成功した。
「イヤッ何これ……気持ち悪っ」
喜ぶのもつかの間、エイミーの足が触手に絡めとられている。人魚姫が瀕死になったことにより小型の触手モンスターが増殖し始めた。
「早くっ早くっもうムリ~~!」
エイミーの体力も限界が近いだろう。エイミーに絡みつく触手の吸盤から、毒性を持つ大量の粘液が分泌されていた。尻尾の部位破壊も出来たことだし、もう用事は済んだ。終わらせよう。〈疾風迅雷〉を自身に付与してから〈ブリューナク〉を召喚する。雑魚mobの触手潜り抜け、人魚姫の背中に一気に跳躍、ブリューナクを縦に振り下ろした。
人魚姫が悲鳴を上げて倒れると、周りのイソギンチャクも消滅した。陽気な音楽と共に、ダンジョンの出口に繋がるポータルと宝箱が現れた。
「エイミー怪我はない?」
粘液まみれのエイミーを介抱する。
「ギリギリ生きてる……。んっ、このネバネバ甘くておいしい……」
エイミーが人差し指に付いた粘液を舐めた。
「それ毒あるからな。……まぁいいか」
「冒険者様! 助けて頂いてありがとうございます!」
先ほどまでの狂暴さを失い、人間サイズまで縮んでいた人魚姫が感謝の言葉を述べた。目は青く澄んでいる。
「実は私はトリントの王女だったのですが、教団に攫われてしまい……闇魔法による洗脳の所業であんな姿になっていたのです。操られていたとはいえご無礼をお許しください……」
「いいよ。おっ! エイミー! プリースト用のマーメイド装備の胴出たぞー」
「ホント? 早速着替えちゃお……あ、ネバネバついてるから帰ってからにする」
人魚姫がまだ何か言っている。
「ここから西に行くとウィルミルという街があります。そこの教会を訪ねて――」
「ではもう出ましょうか。それとエイミー……もしよければその……」
リルがエイミーの指をチラチラ見ていた。
「あっリルも食べたいの? ……どうぞ」
エイミーが差し出した小指を遠慮がちに舌で触れた。
「失礼。……甘い」
「でしょ? ケイも食べる?」
「俺は甘いの苦手なんだ。南の海にいる触手モンスターは苦い粘液出すらしいからそいつに捕まったら味見させてくれ。それじゃあダンジョン出るぞーお疲れー」
俺たちは現れたポータルに触れた。外界への転送が始まる。
「……話聞けや」
残った人魚姫が静かにキレた。




