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ご機嫌如何?

「……そうだ、ついでだしギルドエンブレムもあの絵師に描いてもらうか」


 湖に浮かぶ小さないかだの上で縦横無尽に筆を動かす絵師の仕事振りを、感心しながら眺めているうちにそんな考えがふと思い浮かんだ。

 ギルドエンブレムはプレイヤーの身分証代わりともいえるもので、一度作ればギルドメンバーの装備品や旗、体にシールやタトゥーとして貼り付けることが出来る。


「たしか【朱雀】の人たちのエンブレムは鳳凰だったっけ。うちのデザインはどうするの?」


 俺と同じように遠眼鏡で絵師の手捌きを見つめているエイミーが聞いた。


「何か思い浮かぶか? なければ絵師におまかせっていうのも出来たと思うけど」


「う~む……」


 エイミーは唸ったっきり返事をしなくなった。


 ギルド名のモチーフになった物でもあればエンブレムも作りやすいのだろうが、メンバーの名前の頭文字を取った【ミケル】から連想されるものはないし中々難しい。


「あ、私思いつきましたよ」


 リルが踵を地面に引きずって線を引き始めた。しばらく線の行く末を見守っていると、やがて正面にMと書かれたバッジの付いたどこかで見覚えのある帽子が現れた。


「これマリオじゃん。【ミケル】要素は?」


「ルイージのが好きでしたか? 【ミケル】のMをイメージしたつもりだったんですが」


「版権的にダメだろ」


 リルはしょぼんとして地面のマリオ帽子を土で払って消した。


「ねぇねぇ、これはどう?」


 エイミーが自分の手帳を開いて俺に差し出した。ページの隅っこに、両手を合わせキラキラと目を輝かす翼の生えたリスが描かれている。……コレは何なんだろう。強いて題名を付けるとしたら「天に召される寸前のリス」といったところだろうか。


「ミケル→ミカエル→天使っていう連想で翼描いたんだけど、ダメかな?」


「あー翼っていうのはいいかもな、アイコンとして分かりやすいし。何ならアルファベットのMに翼生やせばいいんじゃないか?」


「いいかも!」


「確かサンプルイラストの段階なら気に入るまでやり直しさせてくれましたよね。一先ずそれで注文してみましょう」


 俺が連絡を取りたいことを伝えるために口笛を吹くと、湖の上でいかだに乗っている絵師が手帳を取り出した。俺が地域チャットのページに適当な書き込みをすれば、向こうからのコンタクトが入る。後は個人チャットの頁でギルドエンブレムの制作依頼、料金の相談を済ませ草案を送れば契約は完了。


「急ぎじゃないから納期は気にしないでゆっくり描いてくださいとお願いした。俺たちの草案に加えて向こうで思いついたデザインがあれば参考に出してくれるってさ。それで料金は――」


「ケイ! 湖にもう一人誰かいる!」


 遠眼鏡を覗いたままエイミーが鋭く声を発した。すぐさま俺も湖を注視する。


 鍛え上げられた上腕二頭筋を使って怒涛の勢いでクロールするマッチョメンが絵師のいかだを横切っていた。いかだが波に揺られ、絵師が慌てて手帳とスケッチブックを落とさないように掴んだ。

 俺たちが領地を奪ったばかりだからなのだろうが今日は客人が多い。


「今度こそ敵ですか?」


 リルが両手のダガーを擦り合わせてシャッシャッと刃切れのよい音を鳴らしている。


「あの筋肉に水泳速度……間違いない。あれは田中さんだ」

 

「田中さん?」


 "田中さん"はこちらに上陸するとズンズンと足音を立てながら猛然と走り出した。

 走りながら田中さんの視線が一度グルリと左から右へと動き、俺たち三人を捕捉する。


「こっち来てるよ……」


 エイミーもわなわなと杖を取り出し構えた。


「攻撃許可。……それぞれ一発ずつな」


 待ってましたと言わんばかりにリルが前へ飛び出した。〈ダッシュ〉から〈カマイタチ〉ですれ違いざま田中さんの脇腹を抉った。

 田中さんは出血する脇腹に左手を添え自己治癒しながらリルを無視して走り続ける。

 エイミーの〈セラフィムトレーネ〉の詠唱が完了すると同時に俺は〈ファイヤーボール〉を放った。エイミーはさっきの練習でコツを掴んでいたのか、そのレーザーが見事田中さんの右足を射抜いているのがファイヤーボールの着弾より先に見えた。


「……やったか?」


 結果は分かりきっているのだが、ついお決まりの台詞を吐いてみたくなる。

 

「まだ生きてます!」


 リルが声を上げた。モクモクと立ち込めるファイヤーボールの爆煙を掻き分け、田中さんは依然といやむしろ勢いを増して走る。エイミーは目前に迫る田中さんに怯え俺の後ろに隠れた。田中さんは走りながら姿勢を屈め見開いた目で俺の方を直視しながら真っすぐに突っ込んでくる。俺は田中さんとぶつかる直前エイミーの手を取りすっと体を横にずらした。


「……あれ?」


 田中さんはそのまま直進し、ギルド領地の防壁へ突進した。めり込むように壁へ何度かタックルした後、その壁に張り付いたままジャンプしたりしゃがんだり奇妙な行動を繰り返している。


「何かあの人怖いんだけど……」


 エイミーが違う種類の恐怖を覚えながら、俺の背中からひょいと顔を出して田中さんの奇行を見ていた。


 田中さんは匍匐して壁に頭を擦りつけ、また近くにあった石ころを壁に投げつけ、さらに黒色火薬で出来た手投げ爆弾を投げつけて壁を傷つけると満足そうに頷き、手投げ爆弾を口に含んで自害した。

 その場には田中さんのサイズに見合ったデカめの棺がポンと現れる。


「……何だったんですかこの人は」

 

 リルも何が何やら分からないという顔で唖然としていた。


「一度くらい聞いたことないか? "バグ採り(キャッチャー)の田中さん"のこと」


 リルとエイミーは首を傾げた。


「ゲーム開始時からこの世界のバグを探すことだけに心血を注いでる変わり者だよ。あの人はどこのギルドにも所属してないプレイヤーで殆ど誰とも口を利かずソロでプレイしてるらしいが、その癖ステータスがやたら高いからGM(ゲームマスター)の一人なんじゃないかって噂も立ってる。……これも信じるか信じないかはあなた次第って類いの都市伝説だけどな。俺も田中さんに遭遇したのはこれで三度目だし詳細は分からん」


「へえぇ、色んな人がいるんだねー。……それはそれとしてさ、私今日のことで思ったんだけど――」


 エイミーが一拍置いた言葉の続きをリルが引き継ぐ。


「――湖側の壁、早急に作った方がいいですね」


 二人ともやや疲れた表情でそう呟いた。


 


 



 


 

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